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百話奇談Ⅱ ―眠らぬ町の怪―【コミカライズしました】  作者: 冬野ゆな


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第六十三夜 視線

 若田部が世見にある居酒屋で働いていた頃の話だ。


 その居酒屋は四階建ての雑居ビルの三階にあり、各フロアごとに一軒ずつ別の店が入っていた。店は全国展開しているチェーン店で、おそらく名前を聞けば「ああ、あそこね」とわかる人も多いだろう場所だ。

 正面に面したところは客席になっていて、特に夜になると外から人の頭くらいは窓から見える。中からでも、窓際の席は外が見えていた。

 だが、たったひとつ。

 その居酒屋の右端の席――外から見れば左端だが――だけ、いつもブラインドを閉めていた。


「あのう、店長。前から気になってたんですけど」


 若田部は不思議そうな顔で、窓の一つを指さして尋ねたことがある。


「なんであの窓だけいつも外が見えないようにしてるんですか? せっかくの窓際の席なのに」


 ブラインドを操作するヒモも上のほうへと追いやられ、客が操作できないようにされている。


「ああ、あそこか。あそこ、隅っこだからあんまり景色が良くなくてな」


 店長はそう答えた。

 確かに隅っこの席は看板にも近いし、景色が良くないというのはわかる。

 下から見ると、ブラインドが下りているその場所だけ暗くなっているのもよくわかるのだ。しかし上下の階の似た場所は特に何もしておらず、視界を遮るような看板などもない。むしろ景色は良いほうではないかと思う。


 ――外じゃなくて、中から見るとわかるんかね。


 そもそもブラインドは他の窓には無い。右端の席だけ後から設置されていたようだ。加えて言うなら、たかだか居酒屋風情で「景色が悪い」もなにもないだろう。他の窓だって似たようなものだ。

 とはいえいつも閉まっているのだからどうしようもない。

 開店直前に店長が掃除をしているので、埃が溜まっていないのはいいことだと思うが。

 他のスタッフも「どうしてあそこだけ」と思っている人間がいたが、まあ店長がやることだからと、放置状態だった。


 それが、ある年のこと。

 社員の異動があり、若田部の勤める店も別の店長へと変わった。この店では世見町ならではのルールややり方もあったので、その頃にはバイトリーダーになっていた若田部がそれらを一通り教えた。


「あの窓は?」


 当然、閉められたブラインドについても質問がきた。


「なんかあそこだけ景色が悪いからって、前の店長が閉めちゃったんですよ」

「ふうん?」


 新しく店長になったSさんは、おもむろに近づいてブラインドを開けた。それからしばらく外の様子を眺め、ブラインドを上へと引き上げた。


「別に悪くないと思うし、取っちゃうか」


 Sさんの一言でそうなった。他のスタッフもそれで特に異存はなかった。

 他にもいくつかのやり方が変わったので、スタッフもそれにあわせてしばらくは四苦八苦することになった。

 そんなことがあって、しばらく経ったころ。時々、おかしなことが起こるようになった。


 いつものように件の席に案内したお客が、急に真っ青になって「席を変えてくれ」と言い出すことが多くなった。

 席に座っても、すぐに退出してしまうことがある。

 ひとつの席がそんな風だと、すぐに不安感が周りに広がった。若田部たちがどれほど努力しても、なんだか妙な席、というレッテルは消えなかった。そうなると客の入りも微妙になってきて、次第に売り上げも落ちていった。

 Sさんも焦ったのか、いろいろな企画を立ち上げた。

 しかし、他にも居酒屋はたくさんある。

 当然、ブラインドを下げたほうがいいんじゃないかという意見も出てきたが、Sさんは頑として聞き入れなかった。

 Sさんからすれば、「変な客が続いただけで、そんなことでブラインドを下げたくない」という思いが強すぎたんだろう。バイトもだんだんと今でいう”ブラック化”してきて、学生などは学業との両立ができなくなってきた。ある程度融通が利いていたシフトもめちゃくちゃになって、「休みは例外なく罰金」などというルールができはじめたあたりから、辞める人たちが続出した。


 Sさんはそれでも新たなバイトを雇い続けたが、若田部も隙を見てバイトを辞めた。

 それから一ヶ月くらいはSさんから「今日来られないか」「ヘルプに入れないか」とメールが来続けたが、新しいバイトが忙しいからと断った。

 一年ほど経ったあとに見に行くと、別の店に変わっていた。


 若田部は一度だけ客をつかまえて、何か不都合があったのかを尋ねたことがある。


「あの席、なんだか外からじっと見られている気がして……」


 客はそう言って言葉を濁した。


 若田部もいつだったか気になって例の席に座ってみたことがある。窓の外から何者かに見られているような気がして、落ち着かなかった。客の言うことを気にしてしまったのか、それとも本当に誰かに見られていたのか。

 それは今でもわからない。

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