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百話奇談Ⅱ ―眠らぬ町の怪―【コミカライズしました】  作者: 冬野ゆな


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第四十九夜 病室の前の女性

「それ、”らいく”さんって読むらしいですよ」


 頼久と書いて”らいく”。思わずヨリヒサと読んでしまいそうだが、ライクが正しく、しかもれっきとした名字だ。そんな変わった名字でなくとも、女性スタッフのほとんどが彼の名を覚えた。

 その日、看護師を含めた――特に女性スタッフは色めきだっていた。何しろその日に入院が決まった患者さんが、かなりの美丈夫――まあ言ってしまえばイケメンだったからだ。病室では入院着を着ていたが、それでも美貌は衰えない。

 担当の看護師たちはかなりうきうきと彼の世話を焼いた。


「なんだろう、ホストの人とか?」

「ええ? それはないでしょ。ホストって優しいけど、顔はそこそこの人も多いわよ」

「なんで知ってるの、そんなこと……」

「新人の舞台俳優さんとかだと、結構あれくらいのイケメンはいそうだと思うけど」


 そんな噂が飛び交ったくらいだ。

 何しろ普段は若い人でも青白い顔をしている人が多いし(病院なのだから当たり前なのだが)、老人はぼんやりとしている。反対に、自分を一番に優先せよとばかりにあれこれ命じたり、女性の体は触ってやるくらいがちょうどいいと勘違いしている不届き者もいる。

 もちろんそうでない人たちもたくさんいるのだが、「問題児」というのはどこにでもいるし、そういう人たちのほうが目立つのが実情だ。


 そんな中で、頼久がにこやかに笑えばさわやかな風が吹いたようだった。特に女性に対する扱いも悪くなかったのがポイントが高い。

 彼は足の骨折で運び込まれてきたのだが、初日からその能力を遺憾なく発揮していた。


「すみません、ご迷惑をかけます」


 こんな人がいままでいたのか、というくらいの甘いボイスで囁かれると、看護師たちは思わずドキリとしたものだ。

 中には往診した中年の男の医者までもが「頼久君だっけ、俳優みたいな顔だよね。ドキドキした」などと笑い混じりに言い出す始末で、あっという間に彼の存在はスタッフに知れ渡った。普段は他の階で働いているスタッフも、そんなに言うなら一度見てみたいと言う始末で、折に触れて彼を覗きに来る者まで出てきた。


 そんな頼久だが、不思議なことに大多数のスタッフは見舞いの人間が来ているのを見たことがなかった。

 一人の看護師がそんなことを言い出すと、もう一人が首をかしげた。


「ええ? 来てるわよ、女性が一人。年齢は同じくらいかしらね。寡黙な人だったから気付かないのかも」


 彼女によると、その甘いマスクで患者もスタッフも魅了する頼久だが、それに比べてずいぶんと大人しそうな女性だったという。服装も地味めで、どことなく暗い。最初に見た時はまさか頼久の見舞客だとは思いもしなかった。


「私服だったし、誰かのお見舞いかしらと思って軽く挨拶したら、頼久さんの病室を指さしたから……彼のお見舞い客だってわかったの。奥さんなのかしら?」


 誰かが口に出すと、残念そうな声があがる。


「え~ッ、友達だといいなあ」

「いいなあ、って、相手は患者さんでしょ」

「でも格好いいじゃないですか」

「そりゃあねえ」

「友達って言うけど、普通に恋人かもしれないじゃないの。いるでしょ、そういうカップル」


 などと言い合っていたが、結局真相はわからない。

 するうちに、ジャンケンで負けた者がそれとなく聞いてみようなどということになった。興味が無いスタッフまで巻き込まれ、結局最後までジャンケンに負け続けた一人が尋ねてみることになってしまった。


「そういえば、先日、女性の方がお見舞いにいらっしゃってましたね。お友達ですか?」


 しかし尋ねてみても、当の頼久は首をかしげた。


「いや、こんな格好じゃあどうも気恥ずかしくて……友達には誰にも教えてないはずですけど」


 こんな有様だったのである。

 こうなると目撃された女性はますます謎めいてくる。そのうちにそれらしい女性を見たというスタッフも増えてきていたのだ。ところが、見るのはいつも病室の外の廊下であり、会釈はしてくれるけども言葉は交わしたことがない。

 もしかしたらストーカーではないか、とまで噂が立った。

 何しろ雰囲気は暗く、じっと思い詰めたような表情で病室の前に突っ立っているのを目撃されたこともある。


「もし今度見たら、それとなく尋ねたほうがいいのかも」


 ところが女性のほうもそれで何か勘付いたのか、誰かが見つけても足早に立ち去ってしまうことが多くなった。ぱっと一瞬だけ目を離した隙にいなくなってしまうこともあった。

 そもそも、友達ですかとしか聞いていないので、奥さんや姉妹の可能性もある。下手に騒動に発展させても、まさかスタッフの勘違いでした等と言えない。


 スタッフが不思議に思っていたころ、頼久の病室を二人のスーツ姿の男が訪ねてきた。友人というには物々しい雰囲気を纏った彼らは、病室に着くなり頼久さん(正しくはちゃんとフルネームで尋ねたが)ですね、と確認をとった。


「はい、そうですが……失礼ですが、あなた方は?」


 頼久が言うと、彼らは懐から手帳を取り出した。


「頼久知子さん――あなたの奥さんのことでちょっとお話が聞きたいんですがね。……お時間、よろしいですね?」


 警視庁の刑事たちだった。


 それからはあっという間に話が進んだ。

 あとからスタッフが聞いた話だが、なんでも頼久は外面は良いが内面はとんでもないタイプで、奥さんを日常的に虐待していたらしい。つまるところ、DVだ。特に精神面での束縛が強いタイプだったそうだ。

 ところがある日、間違って奥さんを殺してしまった。焦った頼久は、自宅の中を無茶苦茶にしたあげくに二階から自ら飛び降りて、「変な男に押し入られた、自分は命からがら逃げ出した、まだ妻が部屋にいる」と助けを求めた。

 頼久は足を骨折し入院する運びとなったが、当然のごとく疑いの目を向けられたのだ。


 その話はあっという間にスタッフに伝わった。

 それなら、たびたび目撃されたいた女性は『こいつが私を殺した犯人だ』と指摘していた奥さんの幽霊だったのか……と噂になった。

 悪いことはできないものである。


 ところが、この話にはちょっとした後日談がある。

 テレビ番組などでこの事件が報道された折、殺害された奥さんの写真――といってもやや若い頃のものだが――が出た。それによると、その見た目はあの時病室の前にいた女性とは似ても似つかなかったというのだ。


 それなら、病室の前にいた女性は誰なのか。

 病院スタッフは、誰とも無く忙しさにかまけてこの話を話題にするのをやめた。


 その謎は、今も解き明かされていない。

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