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百話奇談Ⅱ ―眠らぬ町の怪―【コミカライズしました】  作者: 冬野ゆな


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第四十七夜 ナースコール

 横山は運ばれてきた患者を見送った。 


「酔っ払いの喧嘩ですって」


 救急担当のスタッフにその後のことを任せると、横山はもう一人の同僚を伴って持ち場に戻る。


「なんでも、喧嘩中に滅多刺しにされたとか」

「ああ、それで警察の人も来てたのね」


 ちらりと見たが、酷い出血だった。

 果たして生きているのだろうかと思うほどに。どこかで血か、あるいは血の混じった吐瀉物を吐いたのか、口元は何度か血を拭われた跡がある。衣服は真っ赤だったし、救急車の中でも呼びかけに反応しなかったらしい。


「もしかしたらヤクザ関係かもねえ」

「あー、それだと怖いですねえ」

「まあ、そういう感じの人がついてきてないから、普通に運が悪い人かも」


 こういうことを世間話にできてしまう程度に、ここ世見町の病院ではそんなことは日常茶飯事だった。もはや飽きかけているくらいには。

 ナースセンターに戻ると、一人で待っていた同僚が声をかけてくる。


「あ、お帰りなさい。こっちは割と静かで――」

「しっ! その言葉を言わない。それ言った瞬間に大体何か起きるんだから」

「あー、そうでしたね」


 どこでもそうだろうが、「今日は何も起きない」ことを口にした途端に急に何か起こり出す、というのはままあることだ。特にナースセンターでは禁句とされていた。


「さっきの患者さん、もう長くなさそうですね」

「そうね、救急車の中でもう意識が無かったっていうし……どうかしらね」


 などと話をしていると、ついにナースコールが鳴った。


「ああほら、そんな事言ってるから」


 どこからかしらと思ったが、病室からするナースコールとは違う。点灯している場所の文字を見ると、横山は動かしかけた手が止まってしまった。


 ――え、霊安室?


 確かに霊安室のランプがついている。

 霊安室にも、遺族からの連絡用としてナースコールが設置されている。病室からのものとは違い、電話に出ることができるものだ。ほとんど鳴ることはないのだが、念のためだ。


「ちょっと、どこからなの?」

「あ、あの……今、霊安室って」


 横山が言うと、同僚達はサッと顔を引き締めた。

 変ねえ、と誰かが言う。


「だって霊安室って今は誰もいらっしゃらないはずじゃあ……」

「……無視しなさい」


 看護師たちの中で、一番年長の看護師がぽつりと言った。

 誰もが無言になる中、それに従った。


「いい? 誰もいないってわかってるなら、霊安室から鳴ってもとっては駄目」


 その言い方があまりに恐ろしかったので、横山を含めた看護師は黙ったまま頷いた。それからまたしばらくすると、他の夜勤のナースたちの動きが激しくなった。


「そういえば、さっきの患者さん。亡くなったみたいですよ。結局間に合わなかったみたいで」

「あら、そうなんですか」

「ええ。遺体のほうはもう霊安室に移動したとか」

「なんだ。それじゃあ、もしかすると知り合いの方が来ていたのかもしれませんね」


 いささか、ホッとした空気が漂う。

 それじゃあ、さっきのナースコールにあんなに緊張感を持つこともなかったのだ。何らかの用事があってかけてきたに違いない。そうなると、またかけてくるか、もしくは近くの看護師に用件は告げているかもしれない。

 ちらりと年長の看護師を見ると、彼女もどこかホッとした顔をしていた。横山は少しだけ「人騒がせな」と思ったが、こういう仕事をしているとどうもそういう話題に敏感になってしまうのは仕方が無いと思い直した。

 そのときだ。

 もう一度ナースコールが鳴った。

 慌ててどこからのコールかを見る。

 霊安室だった。

 もうさっきのように恐ろしくはない。むしろ、霊安室にいる人のほうこそ、ナースコールが通じなくて恐ろしかったことだろう。なんと言い訳しようかと思いながら受話器を耳に当てる。


「はい、こちらナースセンターです」

『ごぼっ、ぼぼぼあ、ごぼぼっ』

「……え」


 口の中に水か何かを吹くんで話しているような声だった。横山はそれが、口に含まれた血であると直感的にわかってしまった。

 受話器を耳に当てたまま立ち尽くしていると、再びその声のようなものがした。


『ごぼっ、ごぼぼっ……がばっ』


 横山は勢いよく受話器を置いた。


「ねえ、今、霊安室に誰か……来てる?」


 尋ねたが、誰もこたえられなかった。

 唯一年長の看護師だけが口を開いた。


「まだ、わかってないのよ」


 何が、とは聞けなかった。

 その後も何度かナースコールは鳴り続けたが、いつしか音はしなくなった。

 しばらくしてからナースコールが再び鳴った時にはどきりとしたが、ごく普通の病室からだった。

 面倒だが、今はそれがひどくありがたかった。

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