Tips3 鬼王シネマの七不思議
「七不思議なんてものはどこにでもあるものさ」
ユエは酒の中で踊る炭酸の小さな泡を見ながら言った。
ぼくが集めた鬼王シネマの七不思議を聞き終えたあとのことだった。
「そうですね。有名なのは学校の七不思議ですか」
「ああ、そうだね。学校の怪談――だがあくまで怪談の意味で使われてるのなんて、一つの形式にすぎない。本来は怪談だけじゃなくて、不思議な現象や言い伝えをひとまとめにしたものだよ」
「でも、世界の七不思議とかあるじゃないですか」
ぼくが言うと、ユエは口を開けて笑った。
「ははははっ! それこそ意訳に過ぎないのさ、平太郎君」
笑ってから、ユエは酒を口に含んだ。上品だが、豪快な飲み方だ。
「あれは不思議といってもオカルト的な意味ではぜんぜんないんだ。同じく七不思議と訳してしまったから、誤解が広がっているだけだよ。大体、どこが怪しげだっていうんだい? コロッセウムにしたって万里の長城にしたって、当時の素晴しい建築物に過ぎない」
「それは……」
ユエに改めてそう言われると、どうにも納得してしまう。
「まあだから、きみが聞きたいのはオカルト的な意味でのそれだろう」
「え、ええまあ……」
「でもねきみ、本所七不思議を見てみたまえ。全部を言えるかい? 言えない? そう、まあ仕方ないな。有名なのは『おいてけ堀』だな。町人たちが魚を釣っていたら、堀の中から『おいてけ~』と聞こえて逃げ帰ると、捕まえたはずの魚が一匹もいなかったという……。あれ、実は不思議自体は九つあるんだよ」
それならどうして七不思議なんだと尋ねたが、ユエはそっけなく「知らないよ」と言い放った。ぼくはため息をつく。
「……それじゃあ話を戻しますけど、鬼王シネマの七不思議は実際にあったわけでしょう」
「あのな平太郎君。七不思議なんていうのは本来、説明のつかない不思議な現象や伝承をひとまとめにしたものに過ぎないんだ。それが転じて、怪奇談になった。それだけのことだよ」
ユエはカウンターの向こうに新しい酒を頼んだ。
しかもさっきまで飲んでいたのとはまったく違うものだ。
チャンポンでもするつもりか。
酒がカウンターに置かれてから、再びユエは話し出す。
「まあでも一応きみ好みの説明もすると、仏教なんかだと七はすべてを満たす数字だった。人が死んだら初七日とか、その七倍の四十九日に色々とやるだろう? 西洋圏にいたってはラッキーセブンを筆頭に、聖書では七は完全数だし、七つの大罪や七大天使もそうだな。それ以外でも一週間は七日だ。七個で一組の概念なんて探せばいくらでも出てくるよ。春秋の七草に、海も七海。サイコロの向かい合った面はどれも七だ」
「……でも、それ以上の理由は無いと?」
「きみの言いたいことはわかるよ――平太郎君。きみは七という数字に意味を見いだそうとしている。けれど、何らかの意味を付与されているのは他の数字でも同じなのさ」
ユエはにやにやと笑った。
どう書いたものかとぼくが頭を掻いていると、ユエは少しだけ身を乗り出した。
「そもそも、大事なのは七という数字そのものじゃない」
「数字じゃない?」
「そう。時代を重ねるごとに、七不思議は七不思議というだけで怪異として認識されるようになった。そうすると、どうなるか?」
ユエはなんでもないことのように、つまみのピーナッツを口に入れる。
「七不思議なんていう怪談のあるところには、それだけ怪異も集まるものさ。何しろ、怖い話をすれば寄ってくるとまで言われているんだからね。七不思議なんていう明確な怪異が存在していれば、人々は面白おかしく口にする……」
ユエはそこで言葉を置く。ピーナッツを砕く音がした。
「そうすると、誰もが知る七不思議という確固たる怪異が存在している時点で、そこは特異な場所になる。怪異が寄ってくる。七不思議とは怪異の要なのさ」
「……そんなものですか?」
「ああ、そうさ。七不思議の存在は、新たな怪異を生み出す。ちょうど天映では、鬼王シネマ自体が怪異として語られるようになったようにね。あれは一種の昇華だよ。七不思議を中心に、怪異が百鬼夜行を繰り広げ、百物語となって語られた末に、新たな脅威となって現れたんだ。早いところ皆、忘れたほうがいいと思うね。取り込まれないうちに」
ユエは笑いながら言った。
まるで取り込まれることが確定事項のように、いかにも楽しげに言うものだから――本当に怪異が存在しているような気分になってくる。
「まあ、面白い説ではありますね」
「…………そうだろう? 存分に書きたまえよ!」
ユエは意味ありげに笑った。




