第二十六夜 シネマ七不思議・無名のフィルム
鬼王シネマでは、閉館するまで映写機を使い続けていた。
現代ではデジタル技術に切り替えた映画館が多いため、フィルムと映写機を使っている映画館はぐっと数を減らしている。
デジタルに見慣れていると、フィルムを見た時に古臭いイメージを持つだろう。
だが今でもその古臭さに郷愁を抱いたり、懐かしさや浪漫を感じる人もいる。
矢島が映写技師だった頃、鬼王シネマではこんなことがあった。
「……あれ?」
保管室の整理をしていたとき、奇妙なフィルムを見つけた。
名前は書かれておらず、何の映画なのかわからない。
――こんなフィルムあったっけか。
昔は九十分程度の映画でも数本のフィルムが必要だった。だから複数あるのはおかしなことではないが、名前が書かれていないのは変だ。特に鬼王シネマではそのあたりは徹底されていて、どれがどの映画だったのかは必ずわかるようになっている。
それに、同じ映画は固めて置いてあるはずだし、無名のフィルムだけがそこにぽんと置かれているはずがない。
――もしかして何も入ってないのか?
だが、見てみるとフィルムには確かに中身がある。何かの映像が入っているのは間違いないが、それらしいタイトルや但し書きが無く、何の映画なのかわからない。
フィルムとしては古いものらしく、張ってあったタイトルが剥がれてしまった可能性はある。
――困ったな。一度見てみないと中身がわからない。
見たとして、果たしてなんの映画かわかるものだろうか。
数本ある内の一つだとすると、古い映画だとさすがにわからないかもしれない。だが、このまま放置しておくわけにもいくまい。
矢島はそれを別に取っておき、後で見てみることにした。
だがそのまま自分の仕事に戻ると、フィルムのことなどすっかり忘れていた。
それから矢島がこのことを思い出したのは、三日も後になってのことだった。フィルムは相変わらずそこにあり、偶々保管室に入った頃に再び見つけ出した。
――あー。そういえばすっかり忘れてた。
三日もあったのに自分の他に誰も触らなかったのだろうか。
どうも他の人間にも急ぐものではないと認識されたのだろう。その程度の認識のものだが、ちょうど客もいない時間だし、何の映画なのか確認しておくのもいいだろう。
矢島はスクリーンの電気を落とすと、いつものように映写機を回し始めた。
真っ暗なスクリーンに光が映し出される。
最初に入っている数字が減っていき、やがて映像に入った。
――……なんだ、これ?
どこかの町並みだというのは理解できた。妙に既視感のある町並みを見ていると、次第にわかった――いや、思い出すことができた。
どうやらこの世見町の近辺を歩きながら撮ったものらしい。古いフィルムのせいか妙に古びて見えるが、この景色は確かに世見町だ。
――このあたりもどこかで見たような……いや、これは。この映画館か!
古い時代のものかと思ったが、見たことのある景色が多い。ここ十年くらいで撮られたもののようだ。いったいどうしてそれがこんなに古いフィルムの中に入っているのだろう。疑問は湧いたが、面白くなってきてそのまま回し続ける。
やがてカメラの持ち主は映画館に近づいてきた。
もしかしたら、この映画館を残そうとした人が映したんだろうか。
――あれ、今の。
映画館の前に張られたポスターに一瞬目がいく。ポスターにも既視感がある。結構有名なシリーズもので、今やっている最新作のポスターだ。配置も見覚えがある。
――これ、超最近の奴じゃん……!
それどころかこの一週間近くで撮った可能性がある。
何しろ、一週間前にポスターの張り替えを偶然手伝ったのは自分だった。何度やっても丸まってしまって剥がれそうになっていたので手を貸したのだ。それが確か……今のポスターだ。
「……」
カメラは次第に映画館の入り口を通り、中に入ってくる。中には誰もいない。
切符売り場を通り抜け、ロビーへ続く扉を抜ける。物販カウンターをすり抜け、やがてスクリーンの扉の前に来た。
誰も手を貸していないのに、扉が開かれる。
ぎぃぃぃ。
妙にリアルな音が、すぐ近くで響いた気がした。
スクリーンの中は真っ暗だ。何かの映画をやっている。それを見た途端、矢島は血の気が引いた。
スクリーンには、今しがた映されている謎のフィルムの映像が流れていた。それをまた映すような形だから、鏡あわせをした鏡のように奥へ奥へ画面が続いている。気分が悪くなりそうだ。
だが、普通はそんなことは起こらない。
「……」
下に、いる。
今このスクリーンの下にいる。
やがて映像はゆっくりと、後ろを向き始めた。
「……!」
少しずつ上を向いている。
自分のほうを見ようとしているのだと気が付くと、矢島は硬直した。金縛りにあったように動けない。
映像は次第に上へ上へと向かって、やがて窓際に映る自分の服が――。
矢島は反射的に窓から離れると、慌てて映写機に飛びついて映画を中断させた。
酷い音が響き渡り、やがてぶつりとスクリーンから映像が途切れた。
全身は熱く、汗が噴き出し、心臓はドクドクと激しく動いていた。
矢島は謎のフィルムを無理矢理に外すと、そのまま保管室に放り込んだ。
それから数週間ほどして再び保管室を探してみたが、あの謎のフィルムは放り込んだところにも、どこにも見つからなかった。




