第二十一夜 天映シネマの警備員
お化けや幽霊は怖いものである。
正体が知れないというのもあるし、死んでしまった人という意味でもそうだ。
だが野垣さんは、いい幽霊もいると断言する。
それというのも、こういうことがあったからだ。
野垣さんは天映シネマで警備員をやっている。
天映シネマは映画会社の天映が作ったもので、かつての鬼王シネマの跡地に出来たものだ。最新の映画技術を導入した最先端の映画館である。スタイリッシュで近未来的な内装も手伝って、評判はいい。
天映のオープンを皮切りに、町は新たに移り変わりつつある。老朽化が進んでいた鬼王シネマもかつては発展の象徴であったので、世見町に映画館は欠かせないということだろう。
話を戻すと、彼の仕事は、映画の盗撮、スリや置き引きなど突発的な事態が起こった時にも対応することだ。
そんな仕事のひとつに、映画のハシゴをしている人間を捕まえるというのがある。
今の映画館は複数のスクリーンを擁している。観客は受付で開いている席を指定してそこに座ることになるが、一旦チケットを買って中に入ってしまうと実はどの部屋にも入れてしまう。それを利用して、スクリーンを渡り歩いて金を払わないまま映画を見る不届き者がいるのだ。
その日、野垣さんは同僚の一人と連れだって、真っ暗な映画館の中にそろそろと入っていった。
目的の女は端っこの目立たない席に座っている。
女は映画館では有名で、人のいない時間帯にやってきては他の人たちに紛れて部屋に入って暇を潰していた。金を浮かせて見ていたのだから、これはこれでたちが悪い。
そっと声をかけると、女は二人のほうを見たまま素直に従った。
だが廊下に出た瞬間、突然奇声をあげてダッシュで逃走したのだ。
「待て!」
野垣さんは慌てて後を追った。
他の客を押しのけながら女は入り口に向かって逃げていく。しかし向こうは一般人。すぐに追いつくと思われたが、思いの他観客たちがいて、その間を駆け抜けていくのは骨が折れた。
角を曲がって受付近くのところでようやく人だかりを見つけると、女が喚いていた。
いったい何事かと周りに集う人たちをかき分ける。
「離せ! 離せ! 私に触るなあーっ、ああーっ」
女は床に転がってじたばたと喚いていたが、それは異様な光景だった。
腕を背中に回して、誰かに抑えつけられているかのように振る舞っているのだ。
だが女を抑えつけているのも、誰かが捕まえたような気配はまったくない。
野垣さんも同僚も一瞬呆気にとられたが、そのまますぐに取り押さえた。
多少の混乱はあったものの、女はすぐに確保された。
女が誰に対して触るなと言っていたのかはわからなかった。
あとで近くにいた人たちに話を聞くと、ちょっと古臭い感じの老人の警備員が急に走ってきて、女をあっという間に捕まえたのだという。
気が付いたら二人が来ていたので離れたが、件の老警備員はいつの間にかいなくなっていたという。連絡のためにどこかへ行ったのかぐらいに思っていたし、女のほうが目立っていたので、あまりはっきりは覚えていないという。
他の警備員に尋ねても、老人の警備員は今のところいないという話だった。
外見が老人に見えていたのだとしても、それらしい人物はいなかった。
「そういえば、鬼王シネマも色々と出るって噂がありましたよね。七不思議とか聞いた気がします。もしかすると当時の警備員の幽霊が、今も不届きな奴を捕まえてくれてるのかもしれません」
同僚は笑いながら言ったが、野垣さんは少し納得してしまった。
だから、幽霊にはいい奴もいる。
それが野垣さんの言い分なのである。




