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百話奇談Ⅱ ―眠らぬ町の怪―【コミカライズしました】  作者: 冬野ゆな


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第十八夜 孤独な家

 世見町の住宅街には、昭和の頃からある古い家がぽつぽつと建っている。

 大通りのすぐ裏手にそういう家があったりするのだから、初めて見た人は驚くだろう。これはそんな家のひとつの話だ。


 武下はこのあたりを担当する郵便配達員だ。

 当然、その家も担当範囲の中だった。


 東京の歓楽街の近くにある住宅街、と聞いたイメージからはずいぶんとほど遠い。昔ながらの木造の日本家屋というだけでなく、屋根はやや傾いている。外側の木は腐りかけているのか真っ黒になっていて、それらを支えるのは貼り付けられたトタン板だ。トタン板はあちこちに修復用としても使われていて、いつかこのまま崩れるのではないかと不安になるほどのものである。

 塀の内側には巨大な木が剪定もされないまま道路にはみ出していて、そのはみ出した下にも枯れかけた植物のプランターや鉢が所狭しと植えられている。


 不気味だった。

 いっそ、そこだけ世界が違って見える。

 昔懐かしい昭和の光景が、老いに勝てずに平成の世で朽ち果てていく。

 そんな現実を突きつけられているようだった。


 とはいえ、不気味だが仕事は仕事。

 意外かもしれないが、住人の老婆とは挨拶もしたことがある。


「こんにちは! 郵便でーす」


 武下はいつもにこやかに対応した。


 老婆はぶつぶつと何かいいながら武下を見ていたが、それ以上でも以下でもなかった。頭はぼさぼさでクシも入れられておらず、いつも足を引きずり、近づくと尿の臭いがした。東京都心とは思えぬような服装で、ぼたぼたと水のしたたり落ちる如雨露で、名前すらわからぬ植物に水をやっていた。

 少なくとも郵便を運ぶという間柄である以上、下手に刺激しても無駄だと思っていたのだ。郵便は決して多くなかった。郵便物が途絶えることも珍しくなかったし、その間は老婆を見かけない日もままあった。


 その日も、久々にその家のポストに手紙を投函しようとしていた。土地活用のダイレクトメールだが、老婆が読んでいるかは怪しい。姿は見えなかったので、ポストの差し入れ口へと手紙を入れたそのときだ。

 急にガラス戸のほうから、”バン!”という音が響いた。

 びっくりして顔をあげると、ガラス戸にぼんやりと人影が映っている。


 なんだ、そこに人がいたのか。

 一瞬呆けてしまったものの、気を取り直して視線を戻した瞬間。


 バンバンバンバン!


 ……と、今度は急に激しくガラス戸が叩かれ始めた。

 思わず尻込みする。

 ガラス戸を叩く手だけがくっきりと見えるさまは、朝方とはいえ不気味だった。それどころか、中から誰かを呼ぶような声が聞こえる。


「おお~い……おおお~い……!」


 バンバンバンバン!


「おおおお~い……おおお~い……!」


 バンバンバンバン!


 ……とまあ、こういうわけだ。

 さすがに驚いて、武下は声をあげた。


「あのう、だ、大丈夫ですか?」


 朝早いこともあって、やや控えめだが声をかける。

 ガラス戸は相変わらず叩かれ続け、バンバンとガラス戸を叩く音だけが響いている。


 ――ど、どうしようか。


 とはいえ、本当におかしなことが起こっているなら、警察に任せたほうがいい。

 そもそも自分はこのあとまだ配達があるのだ。


 武下は若干の恐怖を覚えながら、スマホに手をかけた。


「すいません、今、郵便配達で来てるんですが、その、家の人が何かあったみたいで」


 その頃には、ガラス戸を叩く手は鳴り止んでいた。


 近くの派出所の人間が二人ほどやってきてくれて、名前を叫びながら無理矢理扉をこじ開けた。

 むっとした臭いが漂ってくる。最初は何のにおいなのかわからなかったが、中へ突入する警察官に続いて入ろうとすると、すぐに制止された。どうしてだろうと考えていると、それが腐臭であることに気が付いた。

 急にばたばたと動き出す警察官の奥をなんとか見ようとすると、玄関先には老婆が倒れていた。

 何故か、扉からは距離がある場所だった。


 玄関に入った警察官は口と鼻を抑えて、もう一人は武下を抑えままどこかに連絡を始めた。にわかに緊張感が漂い始め、それからはあれよあれよという間に、武下は事情聴取を受けることになっていた。

 あとで聞くと、死後二週間が経っていたらしい。


 数日もすると、家はどこからかやってきた親戚によって、早々に業者の手が入った。あっという間に解体されてしまい、今では空き地が広がっている。局にある区域別の住人カードからも、老婆の名は元から無かったかのように消されていた。

 最初から何も無かったかのように、そこだけぽっかりと空いている。


 事情聴取に応じたあとで、ふと言われた一言を今でも覚えている。


「……たまにあるんですよ、こういうことは」


 そう言った警察官は、それ以上何も追求しなかった。

 武下は、あの孤独な老婆が化けて出てまでなぜ自分に助けを求めたのか、今でも考えてしまうという。

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