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百話奇談Ⅱ ―眠らぬ町の怪―【コミカライズしました】  作者: 冬野ゆな


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第十七夜 居酒屋の男

 これは若手芸人の桂馬という男が体験した話だ。

 芸人が怪談を話すネット番組では十八番になっているので、そこそこ有名である。


 桂馬がまだ東京に出てきたばかりの出来事。

 芸人を目指したはいいものの、舞台に立てればいいほうというくらいで、テレビなんてずっと先のようだった。若手の芸人にしろ役者にしろ、バイトをしながら舞台に出るなんて珍しくもないことだ。顔を知られるようになっても、バイトをしないと食いつなげないなんて人もたくさんいる。


 まあそういうわけで、舞台の入らない深夜帯で、且つできるだけ多くの人間観察ができそうな場所を選んだ。

 場所は世見町にある居酒屋。

 大衆向けのチェーン店で、名前を聞いたことがある人も多い。


 場末の大衆居酒屋みたいな常連さんもおらず、むしろ老若男女いろいろな人がやってくる。もちろん愛用者はいるので、頻繁に店に来ると「あっ、この人こないだも来てたな」みたいなことがわかってくる。

 だがそれでなくても、ちょっと目立つお客さんというのはいるものだ。


 例えば見た目。

 ゴスロリっぽい服の女の子は、一人いるだけで目を引く。

 髪の毛を赤や銀に染めてるパンクロック系の人たちとか。

 スリッパや靴下をガムテープで補強してるような小汚いおじさんだとか。


 それから行動。

 べろんべろんに酔っ払って、隣のボックス席で用を足そうとして大騒ぎになったおじさんや、倒れたまま進もうとして床を這いずってる人。

 そういう人たちというのは見た目がスーツでも案外記憶に残る。


 それで、ある日。

 いつものように店内を行き来していると、トイレの前に一人の男性客が見えた。

 客が多い時はトイレの外で並んでいる人なんて結構な頻度でいるのだが。


 ――うわっ、なんだこいつ。気持ちわるっ。


 瞬間的にそう思ってしまうくらいだった。

 それというのも、その人の顔が真っ青で、思い詰めたような顔をしていたからだ。


 このまま自殺でもするんじゃないだろうか、というぐらい暗い顔だったのだ。


 まあでも、飲み過ぎて気分が悪いということも考えられる。気になってちらちら見ていたが、やがてトイレのドアがスッと開いて、中から別の客が出てくると、そのまま入れ違いにすうーっとトイレの中へ入っていった。

 まあ、何かあれば他の客が騒ぐだろう――それぐらいに思っていた。


 実際、その後は特に何か騒ぎがあるわけでもなかった。

 それでまあ、その日のことは変な客がいたなぐらいで忘れてしまった。


 それからまた何日かすると、今度はその人がボックス席に座っているのが見えた。


 ――うわっ、あの人や。


 驚くのと同時に、桂馬は少しだけ安心した。

 他に二人のおじさんがいて、わいわい話し合っているのだから。

 なんだ、ちゃんと連れがいるんじゃないか。そりゃまあ世の中色んな人がいるから、青白い顔の人だっているだろう。病気がちとか鬱とかではなく、元からそういう顔の人。

 だが失礼ではあるものの、ちょっと気持ち悪いなという感覚は抜けなかった。


 でもそれからまた数日もすると、その人が来ている。席に座っていたり、トイレの前にいたりと様々だが、ふと妙なことに気が付いた。

 お客さんなのだから店に出入りする瞬間というのがあるはずだが、その人は突然店にいて、いつの間にかいなくなっているのだ。

 奇妙な違和感を覚えた。


 そしてふっと後ろを見て、もう一度確認する。

 すると、急にぞっとした。


 毎回、同じ席にいる。


 しかも同席しているのは毎回違う人たちだ。その人だけ俯いたように座っていて、よく見るとその人の前にだけ飲み物が置いていない。同席している人たちはその人のことなんかいないように話をしている……。


 ――えっ、えっ……何だあの人!?


 気付いてしまうと、急に頭が真っ白になった。

 だが、今はバイト中だ。これでは仕事にならない。休憩時間はまだ後。どうしようどうしようと思った末に、一度トイレに行くことにした。そこで一旦落ち着こうと。

 トイレに入って用を足し、手を洗って気を引き締めて外へ出た。


 扉を開けた瞬間。


 その男がそこに立っていた。


 ――怖っ!


 叫び出したい気持ちを抑え、気にしない振りをして歩き出す。

 なんとか横を通り過ぎようとしたとき、その男がゆっくりと桂馬のほうを向いた。

 男は確かにこう言ったのだ。


「……私のこと、見えてますよね?」


 ……そのチェーン店は今でもまだ、世見町にある。

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