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百話奇談Ⅱ ―眠らぬ町の怪―【コミカライズしました】  作者: 冬野ゆな


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Tips1 月の男

 ぼくが月と知り合うことになったのは、Oさんの紹介による。

 月といっても空に浮かんでいる天体のことではなく、月と書いてユエと名乗る男のことである。


「名前に月が入っていてね」


 そんな気取った理由であるらしい。

 怪談収集において、Oさん――もとい、ここは敬意を表してO氏というべきか――にはずいぶんと世話になったが、これまでの十話もO氏から聞き及んだ怪談である。

 ユエにそんな成果を見せると、すぐにぼくの遊び心にも気が付いた。

 しかも読んですぐにである。

 それどころか「これはいいねえ! さてはきみは心霊スポットに遊びで行くタイプだな?」と笑い出したのである。

 褒められているのか貶されているのかよくわからない。


 ちなみに一つだけ断っておくと、最初はユエのこともきちんとイニシャルにしようとしたのだが、名を出して良いとお墨付きを貰ってしまった。良い意味で相当な奇人である。


 さて先ほどのユエの名前の件だが、続きがある。


「昔はちゃんとツキと発音していたが、大陸のほうじゃ月をユエというそうじゃないか。ツキよりユエのほうが言いやすいだろう。こりゃいいやと変えたのさ」


 飄々として笑うさまは、これから怪談を語ろうという人間の空気ではなかった。

 ユエはぼくの名前に関しても、初対面で勝手に弄った。


「それで、平太郎君。きみは怪談を探していると言ったね?」

「ええ、まあ、そうですけど。ぼくの名前は――」

「きみの名前が平野浩太朗なのは心得ているよ! だから平太郎君だ。稲生平太郎みたいでいいだろう?」


 ――とまあ、こういう感じで本人だけでもネタがつきないのだ。


 稲生平太郎とは、「稲生物怪録」なる物語の実在の主人公である。肝試しに訪れた屋敷で現れた化け物どもをものともせず、最後に魔王のひとりから勇気をたたえられた……という人物だ。

 果たしてぼくに稲生平太郎と名乗れるほど勇気があるかはともかく、彼との付き合いの中ではぼくは平太郎ということになってしまった。

 下手なことを言って、せっかくの情報提供者の機嫌を損ねたくなかったのもある。


 だが世見町にはこうした変わり者が山のようにいる。

 何しろ日本の一大歓楽街。

 全国的なチェーン店と怪しげな風俗店とが渾然一体として混じり合い、ヤクザと中国マフィアがしのぎを削る場所。様々な事情を抱えてこの世界へ飛び込まねばならなかった人々と、そんな人々で遊ぼうとへらへらやってくる一般人をカモにする場所。遊び方を知っているか知らないかでずいぶんと扱いの変わるところ。


 今でこそアングラ的な空気はだいぶ薄まっているが、それでもまだ、夕方にもなればキャッチが中心部の怪しげなキャバクラへ誘おうとするし、朝になればぼったくりキャバクラで身ぐるみ剥がされて転がっている酔っ払いの姿が見受けられる。


 そんな町で、怪談にも精通しているというユエは、変人には違いない。

 だがそれほどでなければ町にいられないのも事実だろう。


「で、だ。名前と言えばこんな話があるんだ。聞きたくないかい?」


 心を見透かしたように、ユエは面白そうに口の端をあげた。

 ぼくはイエスと答えてペンとノートを出すしかなかった。

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