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百話奇談Ⅱ ―眠らぬ町の怪―【コミカライズしました】  作者: 冬野ゆな


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第九十一夜 もうひとつの鬼王駅

 美川は通勤に電車を使っている。

 学生の頃から利用していた線は、いまや生活に欠かせないものになっている。大学生になって東京に出てきて、そのまま就職までこぎついたので、ほぼ同じ線を使っていた。


 ――走ればギリギリ間に合う……!


 ヒールが痛いが、そんなことを言っている場合じゃない。

 なにしろ電車を逃せば、二日連続で会社に泊まり込むことになるのだ。


 会社の繁忙期だったこともあり、終電間近なのは当たり前。ギリギリになってようやく乗り込むこともあれば、仕方なく会社に泊まり込むこともザラだった。スマホで新聞を読みながら、自分の会社がブラックかどうかを自問自答できるような余裕は無かった。


 だがそれでも帰れただけマシ――という状況だった。

 目の前で電車が到着したのを見ると、すぐさま飛び乗った。

 後ろでプシュウとドアが閉まる音がし、本当にギリギリだったことを痛感する。ふらふらと美川はほとんど誰もいない電車の椅子に座った。

 連日の疲れもあってか、座った途端にどっと疲れが全身を駆け巡った。カバンを膝の上に置き、ふうっとため息をついたのも束の間。美川は迫り来る睡魔に勝てず、そのまま眠り込んでしまったのだ。


 ふっと目を覚ましたときには、ここがどこなのかわからないほどぐっすりと眠ってしまっていた。


 ――やばっ。寝てた?


 ここはどこだろう、とあたりを見回す。

 さすがに誰かに聞くのも気恥ずかしくて、案内が流れるのを待った。


『次はあ、鬼王駅、鬼王駅……』


 まずいな、と思った。

 鬼王駅のひとつ手前で降りるはずだったのだ。


 だがここからならリカバーできる。もしかしたら一駅戻ることもできるかもしれない。無かったら歩いて帰るだけだ。少しきついがやるしかない。タクシーはお金がかかるから。


 駅につくと、急いで電車から降りる。

 ところが、きょろきょろと見回したホームには誰もいない。


 ――あ、しまった。


 さては最終電車は行ってしまった後だったか。

 なにしろここは鬼王駅、人がいない訳がないのだ。ため息をつくように戻ろうとしたが、既に電車は発車してしまっていた。

 仕方なく階段を探してホームから出る。

 そこにも人はいなかった。


 ――おかしいな?


 自分が知っている鬼王駅と違うのだ。

 上に上がるとすぐに改札が見えたのだが、まずその改札からして見覚えがない。そもそも最近では公衆電話は撤去されているはずなのに、隅のほうに一台、ぽつんと置いてある。その近くにはチラシを入れた台が置いてあり、ほんの気なしに一枚、手に取った。

 鬼王美術館で、ヨーロッパに渡った日本の和服や浮世絵の展示をやるということが書いてある。

 手に取ってしまったからには、戻すことも憚られてバッグの中に詰め込んだ。


 ――そんなことしてる場合じゃない。


 そもそも鬼王駅はもっと広くて、終わらない開発工事と迷宮のような構造になっていたはずだ。もともとは複数あった線の駅を乗り換えしやすいようにひとつに統合しようというもので、少し離れた場所にある線を除いて増築が繰り返された結果でもある。繁華街でもある世見町に隣接した鬼王駅は、今やダンジョンと化してきている――はずなのだが、ここはずいぶんと整然としている。

 なにより、人が誰もいない。


 ――違う鬼王駅なの?


 だが、違う線に乗ったはずはない。

 鬼王駅には何度か来ているはずだし、いくら東京の駅と線路がごちゃごちゃしているからといって違う線に乗ったなんてことはない。


 ――もしかして、夜だと反対側に出ちゃうとか……?


 いくら何度か来ているといっても、全体を把握しているわけじゃない。自分の知らない出口があってもおかしくないのだ。

 焦りを感じたまま、誰もいない改札をうろうろとする。

 改札は無事に通過することができたが、やっぱりどこか――というより大幅に違う気がする。人がいないからかとも思ったが、そうではない。


 美川がひとまず外へ出られないかと歩いていると、向こうのほうから人影が歩いてくるのに気が付いた。

 良かった、人がいた。

 美川は思わず足早に駆け寄る。


 男は清掃員のような格好で、美川を見かけると胡乱げな表情を向けてきた。


「あのっ、すいません。ここって駅名はなんですか?」

「は? ここは、鬼王駅だけど」

「エッ……?」


 そんなはずはない。

 なにしろここは鬼王駅とは似ても似つかない。


「あ、あのう。ここって何線の鬼王駅なんですかね。眠ってたらここの駅だったので……普段と違う場所から出ちゃったのかな……」


 なおも清掃員に尋ねようとすると、彼はハッとしたようにまじまじと美川を見つめた。


「お前……」

「えっ?」

「なんでここにいるんだ!?」

「えっ? えっ、なんですか!?」


 清掃員の手が伸び、美川はびくりとして後ずさった。

 だが清掃員の手は否応なくその肩を掴む。その手があまりに強かったので、美川は身をよじった。


「いやっ!」


 美川が振りほどくと、目の前に驚いた顔の駅員が二人いた。


「……えっ?」


 気が付いたときには、美川は座り込んでいた。


「お姉さん、大丈夫? 酔ってない?」

「夜中は危険だから、ここで寝ちゃダメだよ」


 どうやら鬼王駅の構内で座り込んでいたところを見つかったらしい。

 慌てて見回すと、そこは自分のよく知っている鬼王駅だった。

 迷わないようにと覚えたルートもそのままで、駅員に礼を言って――というよりぺこぺこと頭を下げて駅を出たときには、目の前に並んだタクシーの列と、終電を逃がした酔っ払いが視界に入り込んだ。


 ――あれは夢だったの?


 あとから知ったところによると、夢は都市伝説のいくつかに酷似している気がした。

 変な時空に迷い込んでおじさんに「なんでここにいるんだ」と聞かれるとか、見知らぬ駅にたどり着いて出られなくなってどうこう……とかいうものだ。

 きっと疲れたからこんな夢を見たんだろう。


 だがあの日、美川が持ち帰ったチラシに関しては説明がつかない。

 確かに鬼王美術館は存在するが、チラシの期間での展示はまったく違うものだったし、そもそも住所がでたらめだった。そんなものがチラシとして置いてあるわけないし、悪戯にしては何枚もあったし手が込んでいる。


 果たして捨てても良いものか、美川は未だに悩んでいる。

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