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寄り道推奨下校 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おおっと、あの行列は校外学習をする生徒たちかな? 見るに小学校の一、二年生といったところか。

 懐かしいねえ、あの頃は理科の授業とかで、学校外の動植物を調べに行ったりしたもんだ。けれど、こうして車を運転する身からすると、はらはらして仕方ない。いつ道路に飛び出すんじゃないか、とね。引率の先生も、心配とストレスではらはらしているところじゃないかな?

 何かと組織っていう奴は、集団行動しなければいけないことが多い。特に学校という未熟で成長途上な生命体である、子供がたくさん集まる所じゃ、管理ひとつとってもかなりの負担だろう。子供らの安全と安心を守るには、先生方ばかりじゃなく、地域のサポートが必要不可欠だ。

 その中で生まれた学校の方策について、ひとつ、面白い話を聞いたのだけど、耳に入れておかないかい?


 私の甥が小学6年生で、学校が登校班を実施していた時期のこと。朝の集合場所は、近所の公民館前だったらしい。

 公民館のすぐ横には、倉庫スペースが併設されていた。その壁の一方には、明かりと空気を採り入れる用の穴が上部に空いている。それと正反対の裏側に、道路に面して、出入りに使われるであろう、アルミ製のドアが設置されていたらしい。

 窓の空き方がまた、挑戦的。地面からおよそ四、五メートル上部に、縦が十センチ、横三センチほどの、ガラスが張っていない穴が三つでかたまって一組。それが三組の、合計九個が間隔を保ちつつ並んでいるんだ。

 

 これが、的当てゲームに転用できないはずなかった。甥はそばの地面に転がっている小石たちを拾うと、その窓を狙って投げ始めたんだ。

 しぼられたターゲット。そのわずかな空間へあやまたずに投げ込むコントロールと力加減。それらを即席で研究、試行を繰り返すことができるというのが、非常に楽しかったと甥は語っていた。

 だが、彼とて悪いことをしている自覚がなかったわけじゃなく、他の子がやってきた時点で中止。次の日へ持ち越したそうだ。

 

 そして、集団登校期間が終わる数日前の朝。いつものように甥は、倉庫の窓の中に石を投げこんでいた。すでに四連続で穴へ放り込んでおり、いざ五投目にかかろうといった時に。


「そういうこと、しちゃいけないよ」


 背後から、若い男の声がかかる。びくっと肩をすくませて振り返ったけど、背後には誰もおらず、公民館の中や周囲の民家から顔を出している人もいなかったそうだ。不意に鳥肌が立ってきた甥は、みんなが集まるまで大人しくしていたという。

 だが学校に着くと、本来の予定にない、急な朝礼の始まりが先生の口から告げられる。

 内容は、集団登校及び集団下校期間の延長と徹底。そして保護者の方々による、通学路の見守り運動の開始だった。


 甥は驚く。これまで集団登校はともかく、集団下校については呼びかけが為されるだけで、実際はほぼ自由な帰り方をみんながしていた。

 それがこれからは、先生たちの監視下で一斉下校させられる。校長先生の話によると「通り魔事件が発生したから、その予防のため」とのこと。

 しかし、甥たちの周りでそのようなうわさ話をしている者は、今の今まで一人もいなかったんだ。

 何かおかしい。隠している。憶測は色々とあったけど、お達しのあった通り、帰る時間が重なるクラスと学年で下校の班が組まれて、どんどん校門の外へ追いやられていく。

 甥も例外ではなく、帰るルートがほぼ同じである三人を交えた、四人グループで帰宅を促された。けれども、その帰り道さえも、おかしな行程を踏むことになる。

 

 一人目は家が近いこともあり、出発からおよそ三分足らずですぐに別れた。ところが、二人目の家が近づいてきたところで、横断旗を持って曲がり角に立っていた保護者が、その子の家とは反対方向へ進むように指示を出してきたんだ。

 明らかな遠回りに、その子も甥たちも反発したんだが、立っている保護者は頑として譲らない。しかもここから見える位置に、新手の保護者も立っていて、逃げられそうにない。仕方なく、誘導に従った。

 その次の保護者からも遠回りを強いられ、繰り返すこと三回。ようやく彼は自宅にたどり着く。それ以降の甥ともう一人は、すんなりと帰宅できたとのこと。

 

「まるで、お神輿が通るようなルートだね」


 下校班のひとりが、ぽつりと漏らす。

 確かに何度か参加したお祭りのお神輿も、色々なところを回るせいか、中継点に近づいてもまっすぐにそこへ向かうことはない。そういえば意識してみると、自分たちが歩かされているのは、お神輿が通るルートだったような覚えがあったらしいんだ。


 奇妙な迂回は続く。次の日には、一番家が近い子が、自宅の近辺をぐるぐる回され、その次の日には、初日に甥と最後まで一緒だった子が、徹底的に焦らされた。

 残るは甥のみ。面々はもはや、遠距離旅行への覚悟を固めていたそうだ。

 予想通りにことは進む。しょっぱなから、全員が帰る方向とは反対の道を示され、別学区の領域一歩手前で、うろつくルートを指示された。

「だるい」「かったるい」と、時には口にし、時には態度に出して、だらけるムードむんむんのまま、たらたらと道中を進む甥たち。おとといも、昨日も実践した嫌悪感満載の姿勢だ。

 自分たちを見かける保護者達に不快感を覚えさせ、「もういいよ」と見放させることで、まっすぐに帰る口実を取り付けるという策だった。が、これが功を奏したことは今まで一度もなく、悪あがきのようなものだった、というのは甥の談。

 

 そうしてたっぷり30分をかけた迂回路。本来なら、全員が家に帰りついている時間が経っても、甥たちは変わらぬ四人組のままで、あの公民館近辺まで来ていた。登校時にも大人たちが並ぶようになってしまい、石投げはここ数日間、行うことができずにいる。

 今、一同が近づいていくのは、件の倉庫の裏側方面から。保護者同士の間隔は、すでに五メートル前後に狭まっており、他方に比べてガードが強固になっているのは明白だったらしい。

「気のせいさ」と他の三人も交えて、相変わらずの退屈ムーブを続けていた甥だったが、いよいよ倉庫のドアがはっきり見える箇所まで近づいて、息を呑んだ。


 倉庫の入口が開いている。片開きのアルミ戸は、そのノブを壁にこすりつけんばかりに全開。完全に内部をさらけ出していた。けれど、詰まっているであろう肝心の中身に関しては、段ボールひとつ入っていないように見えた。

 唯一の例外が、ドアの縁からあふれ、こちらへ流れてくる赤い液体だ。血にしてはやけにさらさらと流れ、色のついた絵の具の水をこぼしたかのようだった。そいつの身体はすでに、倉庫外に敷き詰められた砂利の一部を染め、それを一筋の道として、甥たちが歩く歩道へ、軽くうねりながら向かってきている。

 両者間で壁になりそうなものは、目の粗い、白色のセーフティフェンス一枚だけ。なのに、甥をのぞく面々、および立っている保護者の誰も、その異状に気が付いていないようだった。

 

 甥は足を速める。このままのペースでは、フェンスを越えた水に触れられるのは間違いなかったからだ。だけどフェンスのすぐ後ろまで迫っていた水は、突然の方向転換。甥の足並みと並走するように、身体を伸ばし始める。

 更に加速をかけたが引き離せない。かといって勢いを少しでも緩めたら、並走する勢いのまま、どんどん軌跡が横へとぶれ始めて、フェンスに近づいてくるんだ。

「どうしたんだ!」と、後ろからとがめてくる、置いてけぼりを食らわせた三人のことは、すでに蚊帳の外。


 ――あの水に追いつかれたらやばい。触ったらやばい。

 

 そんな考えばかりが頭の中でぐるぐる回り出して、近づいてくる水の道を見ながら、駆け出そうとした矢先、甥は思い切り頭をぶつけてしまう。

 道路に立っていた保護者のひとりが、正面に立ちはだかってきたんだ。甥の近所に住んでいる、年老いたおじさんだった。


「見えるのか?」


 手短な言葉に、甥はすぐさま反応。伸びてくる水の先を指さした。もう、フェンスの下から染み出して、足元までの距離は一メートルもなくなっている。

 おじさんは持っている旗を広げつつ、甥の指さす先のアスファルトをゴリゴリと二回、一文字にひっかいた。それはまるで地面に線を描く時の動き。

 あの赤い水の足並みが、ひっかいた箇所を前にぴたりと止まった。その間におじさんは、甥と自分の周りを、同じように旗でアスファルトをこすり、ぐるっと囲んでしまう。

 甥を自分に抱き寄せ、「出るなよ」と告げてくるおじさん。その周囲を、先ほどのおじさんの旗の動きを追うように、うろうろとする赤い水の先端。名残惜しそうに何度か近寄っては遠ざかりを繰り返す。

 やがては、甥と並走していた時と同じくらいの勢いで、すでに十数メートル離れているドア目掛けて、後ずさっていったんだ。それに従い、濡れていたはずの砂利たち、赤い水の追跡の証は何事もなかったかのように、元の乾いた白色を取り戻していく。


 すっかり視界から赤い水が消えたのを確認し、甥は大きくため息をつく。他の三人の姿は、いずれも見えないか、すっかり小さくなっていた。あの声を掛けてきた直後に、保護者達が思い思いに帰ることを許したらしいんだ。

 赤い水についておじさんに尋ねてみた甥だが、詳しいことは教えてもらえない。ただ、学校から各家庭に連絡があり、お神輿が通るルートで子供たちを帰してほしいということ。そのうちの挙動がおかしい子がいれば話を聞き、その子と自分の周りの地面を、横断旗で囲うようにこすって、子供が落ち着くまで待て、と指示を出されたとのことだった。

 直後、おじさんと一緒に、恐る恐る倉庫のドアへ近づいていった甥だけど、ドアはすでにしっかり閉まっていた。後日、先に帰った三人へ尋ねても、彼らは口をそろえて、「倉庫のドアは開いていなかった」と証言したそうだよ。

 倉庫に石を投げ入れるのを諫めた誰かは、今でも見つかっていないとか。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何とも好奇心をくすぐられるタイトル! しかし、本来ならワクワクすることの多い寄り道ですが、それがいざ強制的となるとおもしろくない感じがしてしまうものかもしれませんね。イメージとのギャップがあ…
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