第2話 魔法のすゝめ
「前回言った通り、魔法を顕界させる為には己の魔力を血管に通すイメージで体に循環させる必要があります」
そう言って魔法指導者のシーナ=フォン=ベルベリットは、掌を上に向ける。
すると直ぐに淡い緑色の光がシーナの手のひらに集まった。
あまりの美しさに、ソランも見入る。
シーナ=フォン=ベルベリットはアルステラ王国直属の魔法指導者で魔法師団長だ。
年は若く、35才くらいでたれ目の、おっとりとした美人。
魔法師団の制服である青い袖付きのマントの中に着た動きやすそうな白い服は彼女の豊満な胸をこれでもかと強調している。
「できたら、その循環させた魔力をこのように集めます。さぁ、ソラン君もやってみて!
初めはなかなかできないと思うけど繰り返し練習するのが大切よ。体中に流れを作るイメージで。」
「んっ!」
ソランが掌に意識を集中させる。
すると体の中によく分からない何かの『流れ』を感じた。更にソランはその『流れ』を掌に集めるよう意識する。
……が、何か起こる気配は無い。
「駄目だ、出来ない」
もう一度、掌に意識を集中させる。再び血流の様な『流れ』を感じる。今度は先程とは違い、より確かな感覚だ。そのまま掌に意識を持っていくと、『流れ』が掌に集まっていくのがハッキリと分かった。
これならいける。これを、外へと放出するイメージで、ゆっくりと、ゆっくりと...
「んっ!!」
掌が少し引っ張られる様な感覚がする。直後、ソランの掌が淡い緑色に光った。ソランは魔力を練ることに成功したのだ。
「なにか流れのようなものを感じはしたが、これが魔力の流れなのか?」
「1日でできるなんて...え、ええ。その流れが魔力の流れで合っています。次はイメージをもっと固めて、実際に魔法を発現させてみましょう。」
シーナは集めた魔力を小さな炎に変えた
「『灯火』の魔法は手のひらに小さな炎を灯すイメージです。
頭の中だけでは、完璧にイメージ固めるのは難しいから、詠唱もしてみましょう。
呪文は、『魔力よ集え、炎となりて我らを導け』です」
促されるがままにソランは頭に小さな炎が燃え上がる様子を浮かべた。先程の様に魔力が身体に流れる感覚がした。それをそのまま、掌に持っていく。次は放出させず、掌に留めるイメージで。
「魔力よ集え、炎となりて我らを導け・・・『灯火』」
・・・呪文を詠唱した。確かに魔力の流れが外へ出る感覚はあったが、その流れが火種になる事は無かった。ソランは魔法を発現させる事が出来なかったのだ。
「駄目か……」
「私もそうだったけど、始めはなかなか難しいから、焦らずゆっくり練習しましょう。
大丈夫。そう心配することじゃないですよ」
「……分かった」
「それと、毎日魔力を練る練習をしてみてください。慣れてきたら、魔力を広範囲に広げる練習もしてみてください。これは後に教える『魔力察知』に繋がるからです。それに魔力の制度を上げれば、魔法を発現させることが出来るようになるかもしれませんし。」
城の書庫で見たが、人間族は魔力適正は低いがどんな人でも下位魔法の初級なら1~2週間程で使えることが出来る。
ソランは魔力の流れは感じることが出来るが、魔法を使える兆しは一向にない。
俺は、魔法すら使えることが出来ないのではないか。
そんな考えが頭を過る。
「これで今日は終わりにします。
今日教えたことをちゃんと復讐するんですよ」
そんな大きな不安を抱え、自分の部屋へと戻るのだった。
「シーナ、ソランはどうだ?」
偶然シーナが通りかかったので、アトラはソランの魔法上達具合について聞いた
「姫様。ソラン君ですか?うーん。理解して魔力を練ることは出来てるんですが、実際にやってみると出来ないんですよ。見た感じかなりの魔力量があるはずなんですけど。」
「そうか······ソランが魔法を使うことは出来るのか?」
「それが分からないんですよね。ちゃんと魔力を練ることもできているし、外へ放出させることもできている。でもそこまでなんです。」
「そういう事なんだ?」
「いざ魔法を発現させようとすると今までの魔力が嘘の様に霧散するんです。まるで何か外側から力がかかっているかのように。それにあの子、なんか焦っている気がするんです。どう焦っているかまでは分からないんですが、それも関係しているように思えます。」
リョーダンの心配が、アトラの心配が確信へと変わった。
ソランは、強くなることに焦っている。
魔法を習い初めて1ヶ月経つ。進歩出来ているとは言い難い。
もう誰も失う訳にはいかないのだろう。
だから力を求める。強くなることを求める。
「でも、あの子を見ていると貴方のことを思い出すのよ。」
「私の事?」
アトラは剣術の才はあったが、魔法の才はあまりなかった。
魔法を初めて9年経つ今でも使えるのは中位の身体強化魔法だけだ。
魔法ついては位があり、下から
下位魔法
↓
中位魔法
↓
上位魔法
↓
王級魔法
↓
帝級魔法
↓
皇級魔法
↓
神代魔法
だが、神代魔法だけは神が顕現していた時代の神の魔法なので、厳密には別物だ。
また、術師にも階級があり、
魔法使い(上位、中位、下位)
↓
魔導師
↓
王級魔導士
↓
帝級魔導士
↓
皇級魔導士
↓
賢者
↓
魔導賢者
となっている
「あの子、すっごい頑張っているんですよ。」
「ソランもソランなりに、か。」
ソランなりに努力しているのか。
強さを求めたのに裏目に出てしまう、か。
何と度し難い世界なのだろう。
「そういえば、もう1ヶ月経ちますけどソランくんは陛下と顔合わせしたのですか?」
「丁度今日会談から戻ってくる頃だ。
これから父に会いに行こうと思う」
「そうですか。ソランくんを見た陛下は何と仰るのですかね。」
「そうだな。怒られないといいが。」
「あの陛下の事ですから、ソラン君も脅かしにかかるに決まっています。」
「シーナにそう言ってもらえるのなら大丈夫そうだ」
「姫様。」
シーナは柔らかい笑みを、真剣なものに戻し、アトラに向き直った。アトラも首をかしげながらシーナの方を向く。
「アトラ姫様。どうか、どうかソラン君をしっかりと見てあげてください。あの子は誰かに頼ることを知らないと感じました。姫様は、ソラン君が頼れるよう、近くにいてあげてください。」
「ああ。そのために、私も精進しなくてはな。」
ぐぅぅ、とシーナのおなかが鳴る。今は午後2時ごろ、急遽ソランの授業を入れてしまったがために、シーナの食事はまだ終わっていない。先程の空気は何処へやら、完全に毒気を抜かれた二人は、暫くの間廊下の中心で小さく笑い合った。
「ソラン、居るか?」
誰かが扉を叩いている。
扉をを開けたそこにはアトラがいた。
「ソラン、これから父に会いに行く。一緒に来てくれ」
「アトラのお父さんに?」
「あぁ、アルステラ王国の国王に会いに行くのだ」
国王に会いに行く?
……そうか、アトラはこの国の王女だったな。
あの戦争のあとこの城の人達には良くしてもらっているが城主には会ったことがない。
そう思うと少しだけ緊張するな。
そんなソランの心配をアトラは感じ取ったのか、
「まあそんなに思い詰めることではない……と言いたいが私も少し緊張していてな。
しかし、ソランが居れば私は大丈夫だと思える」
「そ、そんなに期待されても」
突然向けられたアトラの期待の目に、ソランはたじろいでしまう。
するとアトラは小さく笑いながら
「期待していると言いたい訳ではない。君が居れば私の心が落ち着くと言いたいのだ」
「なんか釈然としないな」
「何を言う。気のせいだ。」
アトラは優しく微笑んだ。
...何故だろうか、うまく言いくるめられた様な気がする。
「また後で迎えに来る。ジャスレイとレリカに準備は頼んだからそろそろ来るだろう。」
「じゃあ、また後で」
「そうだな。また後で」
アトラは白銀の鎧の肩口から伸びているマントを軽く翻し、ソランの部屋を後にした。
入れ違うように使用人とメイドのジャスレイとレリカが入ってくる。
「ソラン様、お召し物の準備をいたします。此方へ」
ジャズレイン=リガルドリガンは60歳くらいの白髪の老人で、黒い制服が、彼の老人とは思えない背筋の良さを強調している。
「ソラン様、此方に飲み物をご用意しておきますので、お着替えが終わりましたらお飲みください」
ソランの緊張を少しでも解そうと、机の上に水を置きながら此方に向かって微笑むレリカ=シンルード。
彼女は、ロングスカートのメイド服に白いエプロンを掛けている30歳くらいの女性だ。
長い黒髪を三つ編みにして、銀色の髪留めで止めている。
この城に来て1ヶ月。ソラン生活で変わったのは、剣術や魔法を習い始めた事だけではない。
使用人やメイドに世話をされたり、豪華な料理が出てきたりなど、奴隷だった頃から360度変わったのだ。
毎日綺麗な服、ふかふかの大きなベッド。
自由に使える広々とした部屋に、とても美味しく豪勢な料理。
始めは、奴隷であった頃には縁が無かった為に驚き、戸惑ったが、1ヶ月経った今では完全にとは言わないが慣れてきた。
「ソラン様、此方の服で宜しいでしょうか」
ジャスレインが純白の服を見せてくる。
その服は、白を基調とし、左肩から二の腕にかけてが赤い装飾がなされているのが特徴的だ。
ズボンは黒を基調としていて、脛の半分から下あたりから裾にかけての白がアクセントになっている。
「こういう時、どんな服を着れば良いか判らないから、これでいいと思う」
「左様ですか。では、着付けさせて頂きます」
手慣れた手つきでソランに服を着せていくジャスレイン。
着替えること約五分。襟から裾まで、きっちりと整えられた純白の衣服は、ソランの黒髪、赤目と相まってとても映えている。
これだけ綺麗に整えられると、なんか緊張が増すな。大丈夫であってほしいが。
硬直している、ソランの隣で、脱いだ服を片付けているレリカ。
「大丈夫ですよ。陛下はとても寛大な方ですから。心配する必要はありませんよ」
と、優しく微笑んだ。
大丈夫というのなら、大丈夫か。
メイドのレリカが嘘をつくとは思えない。
レリカの優しい言葉もあって、ソランの緊張は次第に消えていった。
「ソラン、私だ、アトラだ。準備できたか?そろそろ行くぞ。」
軽快なノックの音と共に、アトラの声が響く。
遂に、この国の国王に会うのか。
「分かった、今行く」
ジャスレインとレリカの温かい対応によって小さくなった不安と、ミリアとの夢を胸に抱え、自分の部屋を開いた。
◇◆◇
国王との謁見広場へ向かう道の途中、アトラに国王について聞く事にした。
「アトラのお父さんは、どんな人なんだ?
ジャスレイやレリカからは寛大で優しい人だと聞いたが」
「あぁ、確かに父上は優しいお方だ。
ただ、少しばかり変わって言うというか、心が子供というか」
アトラが、浮かない表情をしている。
「会って大丈夫か?
それに、お父さんの事、少し酷く言っていないか?」
思わず聞いてしまったソラン。
それに対しアトラは、真剣な面持ちになって、
「否、少しも誇張はしていない。
酷くも言っていないし、多少良く言っているかもしれないが・・・・・・」
そ、それでよく言っているのか・・・・・・
その国王、本当に大丈夫か?さっきから、心配で堪らないのだが。
アトラが鍛錬でしか見た事のない、嫌、鍛錬でも見た事のない位真剣な面持ちをしている為、ソランの不安が再度膨らんでいった。
「しかし、いざという時には一国を動かし、敵国を倒すこともできる位頼りになる人だ。
私の一番憧れている人だ。」
さっきの真剣な顔が、嘘の様に自慢げな顔で、胸を張り語るアトラ。
話を聞いていく程、この国の国王という人物が、どんどん良くわからなくなっていく。
先程から、何度も言っているが、本当に大丈夫なのだろうか。
この国のもう本当によく分からなくなってきた国王に、頭を悩ませていると、この廊下を丁度右に曲がって少し進んだその先、国王の謁見室から、
「ギヤャャャアアアァァァ!!!」
思わず耳を塞いでしまう程、大きな兵士の奇声が聞こえてきた。
「・・・・・・」
「・・・・・・アトラのお父さん、というか国王陛下、本当に大丈夫なの?」
ずっと心の中だけで留めておいた本心を、うっかり出してしまった。
思わずアトラのほうを見ると、アトラは立ち止まり、俯いている。
少しプルプルと震えている気がする。
「やはりソランもそう思うか?
姉様たちの『普通』という考え方はおかしいと!?」
「う、うん」
あまりの迫力に、先の言葉を理解することなく頷いてしまった。
「そうだ!父上は変わっているのだ!それも、危ない程に!」
...なんか、アトラから黒い何かが出ている気がする。
そんなに大変なのだろうか。アトラのお父さん。
ジャスレイさんとレリカさんに小さくしてもらった緊張が、止まるところを知らず膨れ上がっていく。
そんなこんなで謁見室の扉の前に来る。
途中、物凄い形相で向かって来る兵士とすれ違ったが・・・・・・
「ここに、アトラのお父さんが・・・・・・」
重たく軋む扉が、ゆっくりと今開かれた。
自分で書いていて思った。
この国の国王、大丈夫かな?
作者である僕ですら大丈夫かと思わせるアルステラ王国の国王。
その実態は!?
次回もお楽しみに!