第2話 翼を失った日
───ガラガラガラッ ガシャンッ!
牢屋の扉が開けられると同時に今日もまた、首に鎖をつけられ強引に引っ張られていく
次はどこだろう?どんな痛みが待っているのだろう?
そんな、先の見えない不安と恐怖で、少年はもう身も心もボロボロ、満身創痍だった
「オイ、乗れ」
兵士に急かされ、少年は死者奴隷輸送用の牢屋型馬車に乗り込んだ
流れ行く町並みを見ながら、ここにいってみたいな、ここで何かしてみたいな、等と「もし、自由になったら」と夢を描く
決して叶うことのない物だと彼自身気づいてはいるが、心の安定のためにも彼は、あらゆるものにも夢を描き続けた
「いくら足掻いたところで、なにもかもが、変わるわけじゃないか」
否、何も変わらない。
何も変われない。
今までも同じ、これからも同じことだ。
この、『世界』と言う名の縦穴の一番下に堕ちて3年。
縦穴の外から見える光を掴もうと足掻いてきた少年は、それが虚像だと気づいてしまったのだ
「翼をなくして飛べなくなった鳥は、一体どうするのだろうか?」
人間誰しも翼をもって生まれてくると聞いたことがある。
その翼があれば、人はどこへだっていけると。
しかしそれでも、翼にだって限界はあるはずだ。
少年は視線を灰色で薄暗い空へと視線を移し、呟いた
「俺の限界は、ここまでって事なのか?」
・・・違うな。
あの時、3年前にここに来たときに翼を失った。
だから俺は飛ぶことができないのだろう。
縦穴の最底辺で、外から来る光を眺め誰かが助けてくれるのを必死に鳴いて待ち続けている。
そこに光など存在しないのに・・・
「切り落とされた翼が、また戻ってくるだろうか。
誰か、助けてくれよ・・・」
そんな呟きは、馬車が急に止まった音で掻き消されるのだった
どうやら、目的地に着いたらしい。
牢屋の方に兵士が回ってくる
扉を明けると同時に首輪に鎖をつけられる
「おいガキ、とっとと行くぞ、付いてこい」
兵士に引かれるがまま、少年は兵士の後を追ってもう一つの牢屋の方へと歩いていく
少し歩いたところで突然、少年は前のめりになった
足に何か当たったな。
躓いたのか。
頭で理解するのは遅れたが、とっさに姿勢を戻すことはできた。
転んではいない。
「何やってんだよ、このガキがッ!真っ直ぐに歩くことも出来ねぇのか!」
直後、兵士は少年の鳩尾に蹴りを入れる
蹴りの威力は強く、少年を軽々と宙に浮かせ、後ろへと飛ばした
しかし、首に繋げられた鎖によって少年は引き戻された
少年の首には、とても大きな衝撃が走る
「グ、ウッ!ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」
鳩尾に入った蹴りにより、込み上げてきた何かがやがて限界を迎え逆流する
少年は胃の中にあったものすべてを地面に吐瀉した
「地面が汚れちまったじゃねぇか!死者奴隷のお前がこんなことしていいと思ってるのかッ!」
それを見ていた兵士は怒りに任せ、四つん這いになっている少年の背中に、鞭を叩きつけた
背中が腫れ、そして裂ける
「アァ゛ッ!」
痛い、痛い、痛い、痛い。
何度も何度も鞭を叩きつける
少年の背中は赤く晴れ上がり、裂け傷が幾筋にも入り、そこから血が溢れ出している
見るも無惨な背中になっていた
───バシィィィン!!!
最後にありったけの力を込めて振るった鞭は少年の背中に吸い込まれ、乾いた音を回りに響かせる
その音で、周りの奴隷達は兵士達の存在に気がついた
「いいか奴隷共ッ!少しでもヘマしたりボサッとしてみろッ!
直ぐにコイツと同じことやってやるぞ!
嫌なら働けッ!」
奴隷達に動揺が走る
ざわざわとざわめき声が上がり、その中に、あの兵士か、ハズレだったな、などと聞こえてくる
それを気にすることなく、兵士は剣を持つと
───シュパンッ!
右足に鋭い痛みが走る
痛みの走った右足を見やると太股から先が無く、血が溢れ出している
地面には無くなった右足が落ちている
痛い。
「ウアァァッッ!」
思わず仰向けに寝転がる
背中にはまだ、鞭によってできた傷跡が残っている
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
動こうとすると足に痛みが、そこから逃げようと仰向けになると背中に痛みが、少年は痛みから逃れることが出来ない
「こうなりたくなければ働けッ!
・・・術師!死ぬ前にこのガキ早く治せッ!
死んだら死者奴隷の意味が無くなる!」
「はいはい、全く、人使いの荒い人ですね」
馬車の中からもう一人、術師が降りてくる
術師は少年の腕を掴んで片足立ちさせると無くなった足に手をかざして魔法を唱える
「上級治癒魔法」
少年の右足が緑色の光に包まれ元に戻っていく
温かい。でもそれは直ぐに終わってしまう。
少年の足を回復させると、次に背中に手をかざす
「自動再生魔法」
少年の背中は黄色の光に包まれ回復していく
背中の傷はふさがり、腫れが引いていく
「私の力量では、子供の手足の再生が限界ですから、もう少し考えていただけると嬉しいんですが」
「貴様が鍛練すればよいだろう」
「ははは、ご冗談を」
そして、太陽が一番高いところを過ぎた頃
兵士が檻へとやって来た
時間か。
檻の扉を開け、首輪をつける
「時間だ。馬車に乗れ」
少年は鎖を引かれ、馬車に乗った
帰りの馬車で少年は一人、薄暗い星が光だした空を眺め涙を流していた
まだ、まだ続くのか。
いつまで続くのか。
終わりは来るのか。
「誰か・・・助けて・・・」
助けて、助けて。
声にならない叫びの行き着く先はどこへやら
見えない今、見えない未来。
いつの間にか自分の周りには何もなかった。
「本当に、本当に何もないんだな・・・」
自分の両手の平を眺めながらそう呟く
その小さな手には、涙が貯まっていた
「幸せに、なりたいな・・・」
それは、近くにあって遠くにある、とても難しい願いだった
───キィィィッ!
鈍い音を立てながら、グラム帝国のとある領地にある死者奴隷を収容しておく檻の扉が閉まる。少年が一人入るには大きすぎる位の檻を一周見回すと、無造作に置かれている最早ただの布切れと化した布団に入る。
この檻も、随分寂しくなったものだ。俺が来た時には10人ほどの同じ死者奴隷が居たはずだが、1、2週間に一人ずつ数が減っていき、俺が来て半年と経たずにこの檻の住人は俺だけになったんだったな。
「明日は西の地区に行く、いいな。」
そんな兵士の言葉を聞き届けると、少年は布団へと潜り込む。
俺にとって、寝る前のほんの少しばかり自由に過ごせるこの時間が一番好きだ。布団であった布の仄かな温もりに包まれると、心が落ち着く。まるで、いつか母に抱かれた時の様な...
「俺がここに来たのは、たしか3年前のこの日だったか」
少年はふと、すべてが地に堕ち、すべてを失った日を思い出した。
あの日から、俺は1歩も進めていないな。足掻くこともできずに、こんなところで3年も...
少年が覚えているのは、中級貴族の父と母が居た事。3年前に引き離されてしまったことだけだ。両親が居た頃にどんな遊びをして、どの様に生活していたかなどもう覚えていない。一つだけ分かることは、その生活がとても輝いていたという事だ。
3年前、少年は2歳。とある貴族のもとで暮らしていた。この国の貴族の子は3才になった誕生日に名付けの儀式が行われる。そして初めて貴族の子供として認められるのだ。
少年が3才になる1週間前。雨の降る夜の事だった。目が覚めてしまった少年がトイレから自室に戻ろうとした時のこと。
父と誰かの話す声が聞こえる。父上の書斎に来客が来たようだ。こんな時間に来る人なんているのかな。
少年は少しだけ開かれた父の書斎の扉から、中を覗き込む。
「すまないが貴方が一体何をおっしゃっているのか私には分からない。こんなもの、全部出鱈目ではないか」
「なかなか認めてはくれませんか。 貴方達がこの領地の税を横領したという証拠は在るのですぞ!」
「だからそんな事、私は知らないと言っているではないか!」
そこには少年の母親と父親、そしてもう1人、貴族の男が何かを言い合っていた。父親の手には、何らかの書類だ。その書類には、羊の印が湛えられている。
あれって... となりの領土の家紋、だよね。なぜ父上が?
「...それでは分かりました、証拠お持ちしましょう」
そう言うと貴族の男は扉の方を見て。
「オイッ!あれを持ってこい。」
と声を上げた。
少年はビックリして後ずさると、いつの間にか少年の後ろに立っていた背格好のいい大きな男にぶつかった。
「邪魔だ、そこをどけ」
大男はぶつかった少年を人にらみすると、少年を書斎へと蹴飛ばした。
「うわっっ」
「──!? 一体どうしたの!? ───さん、息子に一体何をするんです!」
少年はゴロゴロところがって書生の中で倒れたところを、母親に抱きとめられた。母親は子供を蹴られた怒りを込めて、貴族の男を見た。貴族の男はそんな少年の母親の視線をひらひらと手を振ってかわすと、少年を蹴飛ばした大男から、もう一つの書類をもらった。
「ここに領主に税金を悪用されたというお前の文官の報告書がある。これを見てまだしらばっくれるつもりかな?」
父親は報告書を奪い取ると隅々まで目を通した。文字通り、穴が開くほどに。
「なんということだ...」
父親は驚愕し膝から崩れ落ちた。そんな父親を、少年の母親は少年と共に父親に寄り添うようにして近づき、その書類に目を通した。その内容に、少年の母親もまた目を見開いている。
「というわけだ、お前と妻の極刑は免れまい。息子は国の奴隷として私が貰っていこう。コイツらを連れていけ」
大男が少年の腕をつかみ外へと連れていく。
「そんな、父上ッ!母上ッ!この人を止めてください。痛い!」
少年は必死に抵抗するが鍛え抜かれた大男の膂力に勝てることが出来ずに、引きずられていく。少年の両親は、それを黙ってみている事しか出来なかった。
「貴様、騙したな」
と苦虫を噛み潰したような表情で、貴族の男を睨みながら言った。それに対し貴族の男は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「私は何も騙していませんよ、フフフ、貴方の文官が裏切ったのでは」
「貴様ァ!!」
少年の父親が貴族の男に飛び掛かろうとするが、後ろに控えていた護衛に抑え込まれてしまう。
「そうですねぇ、貴方の息子さんは死者奴隷にでも堕とすといいでしょうかねぇ、フフフ。もう用は済みました。早く自分の領に戻って祝杯でも挙げましょうかねぇ」
貴族の男は笑いながら少年の家を後にした。
それから数日後、貴族の男が提出した証拠により、少年の父親と母親は宮廷裁判へ。判決は死刑。
残された少年は死者奴隷として一生グラム帝国で使役されることになった。そう、ここから少年の死者奴隷としての地獄の生活が始まるのだった。
───現在───
あの日から俺は何も変わっていない
この腐った世界を変えられる日は来るのだろうか・・・
少年は瞑想を終えると静かに眠りについた
アイデアが止まらないので短いペースでドンドン投稿していきます
これからもよろしくお願いします