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血濡レノ瞳  作者: 柊木 慧流
prologue 『死者奴隷』
1/16

prologue 死者奴隷 

《血濡レノ瞳》のプロローグ、闇控えめでまとめました。


二万字と長くなってしまいましたが、見ていただけると幸いです。

この回だけなんで、二万も書くのは。

─── ヒュゥゥゥゥゥゥ!!! コォォォォォォォ!!! ───


耳を裂くような風の音の中、紅く染まった空に一人の男が漂っていた。

その男に腕はなく、引き裂かれた灰色のローブがだらしなく垂れ下がり風に靡いている。



ボロボロの薄汚れた衣服を纏まとい、みすぼらしい身なりをしているが、頭には純白の環があり、誰もが崇めたくなるような神々しい光を放っている。


男は宙を漂いながらこの世界を見回す。

大地は大きく割れて宙に舞い、空は鮮やかな紅に染まり、そこには、黄色や緑、紫、橙などの光の線が走っている。

果たして、この世界を見たものはこの景色を混沌とした惨状ととるか、鮮やかなる終末ととるか。

どちらにしても「終わり」という答えに行きつくため些細な疑問ではあるが。


「争いのない世界に、とは言ったが・・・この有様か。

やっぱり俺たち人類には、早すぎた力みたいだな」


と自嘲気味に言った

たくさんの同胞達を失い、たくさんの希望を背負ってここまで来たというのに、蓋を開けてみればこの惨状だ。

自分たちの星、アーランドは生命が存在することのできない世界に変貌を遂げようとしている。

そんなことを考えていると突如、男の全身が強く光り出した


「おっと、もう時間か。まだやり終えていないことがあったな」


男が頭上にある光の環をちらりと見やると、その光がものすごい速度で同心円状に広がり、空を駆けていく。


「俺で200番目。様々な場所に飛ばされたNo.《ナンバーズ》の中では、俺が最後のはずだが... 予想が正しければもう一人いるはずだ」


目を閉じながらブツブツと何かを思案していた男は、ほんの少しだけその身をよじった。辛うじて肩に掛かっていたローブの右肩部分がずれる。さらけ出された肩には薄くアラビア数字で「200」と書かれていた。


「うーん... 俺の予想では失われた本当の自分オリジナル───No.201───がどこかにあるはずなんだが。失われたって言われているっだけあってそう簡単に...居た」


暫くの間、目を閉じていた男だったが、静かに瞼を開くと再度光の環を飛ばす。


「さて、これでよしと。もう後はお前だけだ。できる限りの情報は送ったが後はお前次第だからな。何とかやってくれよ」


身体を包み込んでいた光は更にその強さを増す。さらには男から周囲へと、その規模を増やしながら広がっていく。男はまた目を閉じた。この世界迄もを包み込みながら大きくなっていく光に身を任せ、たった一つ残された希望に全てを賭けながら。


誰もが争いなんてくだらない命の削り合いなんかせず、互いに笑い合って暮らすことが出来る。そんな世界にしたかった。残された希望はただ一つ、思いのほか小さくなってしまった本当の自分オリジナルを思い浮かべながら男は意識を手放した。



遂に生命が一つ残らずなくなってしまった世界で、残された光は、止まることなく辺り一面を白く染め上げていき───



──────────────────────────


「───!? ...一体? 夢? いつの間にか寝てしまったみたいだな」


どうやら少年は座ったまま寝てしまっていたようだ。ずきずきと痛む重たい体を動かし、辺りを見回す。何かがある訳じゃない。兵士、奴隷、物資、次の戦争に向けて様々な人、物が行き来しているだけだ。



「目が覚めたからと言って、何か変わっているわけではないか」


そんな至極当たり前なことを思いながら、今度は昨日の雨によってできた水たまりを覗き込み自分の姿を見た。緩く癖のある黒髪は無造作に伸ばされ、かつては深紅の輝きを放っていたであろう瞳もほとんど光がなく、うす暗い赤色になってしまっている。もう3年以上もまともなものを食べていない身体は痩せ細り、骨ばっている。


「この顔ももう何年も変わっていないな」


少年が水たまりから視線を外し、空を見上げたその時、右の脇腹に重たい衝撃、そして痛みが身体を貫いた。


「がはっ!!」


軽々と蹴り飛ばされる少年。衝撃で肺の空気をすべて吐き出してしまった。慌てて息を吸おうとするが、先程息を吐こうとしていたためにうまく吸うことが出来ず、口をパクパクとさせるだけだった。


死者奴隷スレいデッドの癖にこんなところで寝てんじゃねぇよ!」


そんな大声で辺りにいた者達の動きがとまり、視線がこちらへ向く。少年を蹴った兵士は、忌々しげに奴隷たちを一瞥すると、奴隷たちに向かって叫んだ。


「いいか! 少しでもサボってみろ、お前らはすぐにこいつと一緒になるからな!!」


それを聞いた奴隷たちは、すこしばかりどよめきが走った後、兵士の視線から逃れるように仕事へと戻っていく。


「術師! このガキ直しとけ」


「全く、毎日『モノ』を直させられるこっちの身にもなってくださいよ... おい、動くなよ。せっかく直してやってんだから。」


術師と呼ばれた男によって傷を治される少年。しかし、傷は治ってもこみ上げる吐き気は治らない。残された少年は、こみ上げる吐き気を抑えるように蹲っていた。


これが、少年の一日。

傷が増えては消え、死ぬこともできずに痛めつけられる日々。

最底辺で、蹲り光すら見ることの出来ない少年の一日。



「おい、早く乗れ」


兵士の言葉で、少年は馬車の角にある小さな牢に入った。 馬車は貨物用のため、中に人はおらず御者台に座る男だけがいた。流れ行く景色を眺めながら、自分が普通の市民であれば、と想像する。そんな夢、決して叶うものではないと彼自身気づいてはいるが、自我を失わないためにはあらゆる物に自分を当てはめて夢を描き続けた。

   

「幾ら夢を見たところで、それは現実じゃないよな」


そう、夢は夢だ。幾ら夢を大きくしようとも、延長しようとも、現実にはなり得ない。それは今までも同じ、これからも同じことだ。この『奴隷』と言う縦穴の中で、更に最底辺に落ちて3年。縦穴のその先に見える光を掴もうと足掻いてきたが、どうやらそれは只の幻覚だったようだ。


「翼をなくした鳥は、一体どんな最後を迎えるのだろうか」


人間、誰しも翼をもって生まれてくると聞いたことがある。人によって大なり小なりあるが、その翼があれば人はどこへだって行けると。人は今俺がいる『奴隷』と言う縦穴に殆ど落ちずに生活しているらしい。仮に落ちたとしても、翼があるから地に付くことはないだろう。


「俺に翼があれば、こんなところで苦しむことは無かったのだろうか」


···恐らくそうだろう。あの時、ここに来たときに翼なんて物は誰かに取られてしまった。だから俺は縦穴を抜け出すことが出来ないのだろう。人が軽々飛んで行けるところには、俺は歩かないといけない。この腕で登っていかなければいけない。


「結局、この世界は翼があって初めて成り立つんだろうな。···俺に翼を返してくれよ! 俺を助けて···」


そんな叫びは、御者台の男にすら届かない。助けてくれる者なんてもっての他だ。暫くすると、馬車が鈍い音を立てて止まる。


どうやら、目的地に着いたらしい。


兵士が少年を檻から引きずり下ろすと、重たい鉄の首輪を少年に着けた。


「ガキ、とっとと行くぞ。もたもたするな、付いてこい」



ああ、また始まる。肉を鞭で裂かれ、手足を切り落とされ、それでも尚死ぬことが出来ずに痛めつけられる一日が。


彼にとっては白と黒しか色のない世界のどこか遠くの方を眺めながら、少年はこれからまた始まるであろう拷問をも超える痛みに歯を食いしばる。少年にはもうそうする事しか出来ない。少年は兵士に引き摺られるがまま進んでいった。





◆◇◆





───キィィィッ!


鈍い音を立てながら、グラム帝国のとある領地にある死者奴隷(スレイデッド)を収容しておく檻の扉が閉まる。少年が一人入るには大きすぎる位の檻を一周見回すと、無造作に置かれている最早ただの布切れと化した布団に入る。


この檻も、随分寂しくなったものだ。俺が来た時には10人ほどの同じ死者奴隷スレイデッドが居たはずだが、1、2週間に一人ずつ数が減っていき、俺が来て半年と経たずにこの檻の住人は俺だけになったんだったな。


「明日は西の地区に行く、いいな。」


そんな兵士の言葉を聞き届けると、少年は布団へと潜り込む。


俺にとって、寝る前のほんの少しばかり自由に過ごせるこの時間が一番好きだ。布団であった布の仄かな温もりに包まれると、心が落ち着く。まるで、いつか母に抱かれた時の様な...


「俺がここに来たのは、たしか3年前のこの日だったか」


少年はふと、すべてが地に堕ち、すべてを失った日を思い出した。


あの日から、俺は1歩も進めていないな。足掻くこともできずに、こんなところで3年も...


少年が覚えているのは、中級貴族の父と母が居た事。3年前に引き離されてしまったことだけだ。両親が居た頃にどんな遊びをして、どの様に生活していたかなどもう覚えていない。一つだけ分かることは、その生活がとても輝いていたという事だ。


3年前、少年は2歳。とある貴族のもとで暮らしていた。この国の貴族の子は3才になった誕生日に名付けの儀式が行われる。そして初めて貴族の子供として認められるのだ。


少年が3才になる1週間前。雨の降る夜の事だった。目が覚めてしまった少年がトイレから自室に戻ろうとした時のこと。


父と誰かの話す声が聞こえる。父上の書斎に来客が来たようだ。こんな時間に来る人なんているのかな。


少年は少しだけ開かれた父の書斎の扉から、中を覗き込む。


「すまないが貴方が一体何をおっしゃっているのか私には分からない。こんなもの、全部出鱈目ではないか」


「なかなか認めてはくれませんか。 貴方達がこの領地の税を横領したという証拠は在るのですぞ!」


「だからそんな事、私は知らないと言っているではないか!」


そこには少年の母親と父親、そしてもう1人、貴族の男が何かを言い合っていた。父親の手には、何らかの書類だ。その書類には、羊の印が湛えられている。


あれって... となりの領土の家紋、だよね。なぜ父上が?


「...それでは分かりました、証拠お持ちしましょう」


そう言うと貴族の男は扉の方を見て。


「オイッ!あれを持ってこい。」


と声を上げた。


少年はビックリして後ずさると、いつの間にか少年の後ろに立っていた背格好のいい大きな男にぶつかった。


「邪魔だ、そこをどけ」


大男はぶつかった少年を人にらみすると、少年を書斎へと蹴飛ばした。


「うわっっ」


「──!? 一体どうしたの!? ───さん、息子に一体何をするんです!」


少年はゴロゴロところがって書生の中で倒れたところを、母親に抱きとめられた。母親は子供を蹴られた怒りを込めて、貴族の男を見た。貴族の男はそんな少年の母親の視線をひらひらと手を振ってかわすと、少年を蹴飛ばした大男から、もう一つの書類をもらった。


「ここに領主に税金を悪用されたというお前の文官の報告書がある。これを見てまだしらばっくれるつもりかな?」


父親は報告書を奪い取ると隅々まで目を通した。文字通り、穴が開くほどに。


「なんということだ...」


父親は驚愕し膝から崩れ落ちた。そんな父親を、少年の母親は少年と共に父親に寄り添うようにして近づき、その書類に目を通した。その内容に、少年の母親もまた目を見開いている。


「というわけだ、お前と妻の極刑は免れまい。息子は国の奴隷として私が貰っていこう。コイツらを連れていけ」


大男が少年の腕をつかみ外へと連れていく。


「そんな、父上ッ!母上ッ!この人を止めてください。痛い!」


少年は必死に抵抗するが鍛え抜かれた大男の膂力に勝てることが出来ずに、引きずられていく。少年の両親は、それを黙ってみている事しか出来なかった。


「貴様、騙したな」


と苦虫を噛み潰したような表情で、貴族の男を睨みながら言った。それに対し貴族の男は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


「私は何も騙していませんよ、フフフ、貴方の文官が裏切ったのでは」


「貴様ァ!!」


少年の父親が貴族の男に飛び掛かろうとするが、後ろに控えていた護衛に抑え込まれてしまう。


「そうですねぇ、貴方の息子さんは死者奴隷スレイデッドにでも堕とすといいでしょうかねぇ、フフフ。もう用は済みました。早く自分の領に戻って祝杯でも挙げましょうかねぇ」


貴族の男は笑いながら少年の家を後にした。


それから数日後、貴族の男が提出した証拠により、少年の父親と母親は宮廷裁判へ。判決は死刑。

残された少年は死者奴隷スレイデッドとして一生グラム帝国で使役されることになった。そう、ここから少年の死者奴隷スレイデッドとしての地獄の生活が始まるのだった。


そして現在に至る。


あの日から俺は何も変わっていない

この腐った世界を変えられる日は来るのだろうか・・・


少年は瞑想を終えると静かに眠りについた。





◇◆◇





「オイッ、時間だ!早く起きろ!」


ガンガンと檻の格子を叩く音で少年は目覚めた。申し訳程度に備え付けられている窓からは、太陽の光が差し込んでいる。


朝か。


少年はまだ開ききっていない目を擦りながら檻にもたれかかっている兵士を見た。あまり気長な性格ではないのだろう、貧乏ゆすりをしている。


「起きたか、30分後に出発だ飯食って準備しろ」


兵士が檻のある部屋から出て行くのをぼうっと眺めていた少年。小さく欠伸した後、檻の前に無造作に置かれた朝食のパンを咀嚼し始めた。


いつもと同じ味のしないパン。これも一体何日続くのだろうか。終わる日は来るのだろうか。


小さく千切り口へ運び、咀嚼。

小さく千切り口へ運び、咀嚼。

毎日毎日、変わらずそれを繰り返す。


「もっと辛い仕打ちを受けている死者奴隷スレイデッドもいるのだろうか。」


だとしたら、自分はまだ良い方だなんだ、幸せな方なんだ、と喜ぶべきなのか。どちらにせよ死者奴隷スレイデッドの時点で同じと思うべきか。


ふと、どこかに連れていかれた死者奴隷スレイデッドやここ以外にも居るであろう死者奴隷スレイデッドの事が頭に浮かんだが、少年にはその答えを出すことが出来なかった。

少年がパンを食べ終え、服を着替えたところで兵士が戻ってきた。


「昨日も言った通り、西の地区だ、行くぞ」


強引に鎖を引っ張った。


嗚呼、今日も色のない灰色の1日が始まるのか。おそらく一生変わることのない嬲られるだけの一日が。


もう、少年に希望などなかった。3年、良く持ったと言ってもいい少年の心も折れてしまいそうになっている。少年はまた兵士に引かれ、労働をしているであろう奴隷たちのもとへと向かうのだった。


「ここだ。入れ」


何度目だろうかも分からない程訪れたグラム帝国のとある領地の西区の作業場にある檻の前まで連れてこられた。何という事は無い城壁の陰でうす暗く、黒光りする無機質な鉄製の檻だ。ただ、今日は少年一人ではなかった。


「隣町の死者奴隷スレイデッドだ。せいぜい仲良くするんだな」


兵士はそう吐き捨てて部屋を出て行った。2人になった檻で、少年は同居人を見つめる。その同居人は少女だった。

磁器のような真っ白な肌に碧眼の瞳、緩くウェーブのかかった長い銀色の髪を持つ、まさに絵から飛び出したような美少女だ。しかし、死者奴隷スレイデッドという過酷な生活でその体は痩せ細り、薄汚れている。首には中心のくぼみに碧い石がはめ込まれた翼の片翼を模した形をしたペンダントがさげられていた。うす暗くてよくわからないが、竜の絵が彫られている。その身長は少年より、頭半分ほど大きかった。


「私はミリア、貴方の名前は?」


同居人───ミリアは優しく微笑んだ。


きれいな子だな。それに動きの端々に気品が見られる。死者奴隷スレイデッドとして連れてこられる前は貴族か何かだったのだろうか?だとしたら、どうして貴族であろうこの子が死者奴隷スレイデッドになってしっまったんだろうか。もしかしたら俺と同じように親が何かの策に嵌められて連れてこられてきたのかもしれないな。まぁ、考えても詮無きことか。


ミリアと名乗った少女をまじまじと見つめていると、


「名前は?貴方の名前は何て言うの、教えてくれる?」


「名前か。俺の名前・・・名前?」


少年は大きく首を傾げた。名前ってなんだ?死者奴隷スレイデッドに堕ちてから今まで、否、少年が生きてきた中でまともに自分の名を呼ばれたことがほとんどない。そのため、自分の名前など記憶にはなかった。


「そう、名前。貴方はいつもなんて呼ばれているの?」


「いつも呼ばれている名前か。・・・クソガキとか、お前・・・とか?」


少年が言うとなぜかミリアは少しだけ悲しそうな顔をした。しかし、それはすぐに微笑みへと変化した。


いつもの呼ばれ方を言っただけだが、何か彼女を悲しませることを言ってしまったのだろうか。


すると、少女が下から少年の顔を覗き込むようにして近づいた。


「・・・貴方、名前が分からないのね?」


少年は、うん、と小さく頷いた。するとミリアは、どうしましょう、と顎に手を当て考える。その光景がなんとも可愛らしく少年は見とれてしまう。少女は、よし、と手を打つと手を広げて言った。


「私が付けてあげるわ!そうね・・・」


付ける?俺に名前を?


状況がまったく飲み込めない。そんな少年を傍目に、少女は右頬に手を添えて考える。そんな行動すらもミリアが行うと、とても可愛らしい。つい、ぼーっと見入ってしまう。


...10分はたっただろうか。


中々動かない少女が不安になってくる。


......30分はたっただろうか。


なかなか動かない少女に、流石に心配になって声を掛けようと近づいたその時だった。


「そうだっ!」


いきなり立ち上がる少女にビックリした少年は後ろに尻餅をついた。


急にどうしたんだ?


「あっ、ごめんなさい!...でも、貴方の名前思い付いたわ。

貴方の名前は『ソラン』...どう?」


少年は目を丸くしてじっとミリアを見つめている。次から次へと起こる事象に、余計に少年の頭が混乱していく。


「貴方はソラン・・・気に入ってくれたかしら?」


少女のその一言で、少年は状況を把握しようとする思考を淵へと追いやると『ソラン』という名前に意識を向ける。少年は下を見つめ何かを確かめるように新たな名前を繰り返した。


「ソラン・・・ソラン・・・俺は・・・ソラン?」


「そう、貴方はソラン、私はミリア。よろしくね?」


「俺は、ソラン・・・ミリア、よろしく」


少年の言葉を聞いたミリアは、ニッコリ笑って


「そうね・・・じゃあ今日は何を話す?───」


───この日、この星にソランという名の少年が、誕生した。


自分の隣で楽しげに話すミリアを見つめながらソランは思う。


ミリアはどうしてこんなに笑っていられるんだろう?毎日、毎日痛めつけられているはずなのに。気がおかしくなるほど心も身体も痛いはずなのに。


その答えは目の前にいるミリアのみぞ知っている。ミリアに聞いてしまえば簡単なのだが、まだ、ソランには聞く勇気が持てないでいた。





◆◇◆





日が経つにつれ、俺への扱いはさらに酷くなっていく。なんかもうどうでもよくなってきたな。


このままこれが続けば近いうちにソランの心は限界を迎え壊れてしまうだろう。もしかしたらもう壊れてしまっているのかもしれない。ソランにはそれが解っていたが、3年間ほとんど変わることのなかった世界に少しだけ変化があった。

何の色もない灰色だった世界にほんの少しばかり、光が差したからだ。



───ガラガラガラッ ガシャンッ!



「あっ、ソラン!今日は何をお話する?」


そこには、綺麗な銀髪の可愛らしい女の子がニッコリと笑って座っていた。


同居人が増えた。ミリアという女の子だ。

彼女はどんな時でも俺の方を見て笑っている。どうしてあんな笑っていられるのだろうか?


ソランは何日か経った今でも聞く事が出来なかった。


「いつだったか、この領の東側に連れていかれたことがある」


「ねえねえ、そこには何があったの?」


「大きなライリール像があった」


「ライリールって、あの?」


ミリアとの会話は大体ソランがこれまで死者奴隷スレイデッドとして連れていかれたところで見た物事などだ。

この国の宗教はいくつかあるが一番信徒が多いのがこの星、アーランドを造り出したと言われる『創造神ライリール』を祀る『ライラ教』である。ミリアが信仰しているのは別の神との事だが、そういった話には興味があるようだ。


「正確には分からないが、とても大きかった」


「すごいなぁ、私も見てみたい!」


ミリアとの会話は楽しいし心が温かくなる。

腕や足を切られる痛みや恐怖を一時の間忘れることができる。

このままずっとミリアと話せていられたらどれだけ素敵だろう。胸を張って、俺は幸せだと言える。でもそれは、死者奴隷スレイデッドには、叶わぬ夢だ。

朝になれば、またあの痛みがやってくる。


ソランは邪念を振り払うように、気になっていたことを聞いた。


「ミリアはどこから来たんだ? どこの生まれなんだ?」


「私はアルステラ王国のおう…じゃなくて、中級貴族の生まれなの」


「悪い。なんか悪いことを聞いたな」


「ううん。大丈夫」


中級貴族か。俺と一緒だな。そういえば『おう』何とかって言っていた気がするが、あまりそういう事は聞かない方が良いのだろうか。


「ガキ共、生きてるか」


荒々しく檻を開けて、兵士が入ってきた。

いつもは薄汚れた革防具だけの兵士が、今日はなぜか鉄のフルプレートアーマーで身を包んでいる。


「今日はお前ら二人、同じ場所に行ってもらう。だからといって細かい場所は違うからな。死者奴隷スレイデッドが喜ぶんじゃねぇぞ。」


兵士に悟られないように下を向く二人。しかし、その顔は笑っていた。二人は顔を戻すと静かに立ち上がって兵士のもとへと行く。


ミリアと一緒か。途中ではぐれてしまうらしいけど、途中までは一緒か。いつもは一人だから、誰かが居るというのは、楽しみだな。


「グダグダしてんじゃねぇ!ちゃんと付いてこいッ!」


グイ、と二人の鎖を強く引く。そんなこんなで馬車の前につれてこられた二人。すると、ミリアが後ろから。


「やったね、私達、同じ馬車みたいだよ」


小さく、しかし弾んだ声で話しかけてきた。そんなミリアは何処か嬉しそうな面持ちた。


そんな嬉しそうなミリアの言葉を聞いたソランは、すこし軽くなっていた足取りが、さらに軽くなったのを感じた。

馬車に着けられている檻に入ると、続いてミリアも入って来た。檻は死者奴隷スレイデッド一人乗せる用のため、二人で乗るには少し狭い。

そのため、二人は身体をぴったり合わせるように、並んで座った。


「なんか、ごめんね」


申し訳なさそうに俯きながらミリアが急に謝って来た。


ミリアは謝る様なことなどしていないはずだ。どうしてそんなことを言うのだろうか。


「あっ、いや、悪い意味じゃなくてね。この檻って一人用で、ソラン専用だったってことでしょう?私は大きな檻で他の子たちと一緒だったから、そんなソランだけの物に私が入っちゃうなんて申し訳ないな、とおもって...」


そうか死者奴隷スレイデッドが一人だけで乗るのは此処だけなのか。他はどんな感じなのだろうか。


「そんな事は無い。今までずっと一人だったんだ。話し相手が居るのは助かる」


本当だ。ミリアと話している時だけは心が温かくなる。何というか、心臓のあたりが締め付けられるような感じになる。でも、不思議と嫌な思いはしない。


ふと、ソランは自分たちの乗っている貨物馬車を通り過ぎていく兵士たちの話を聞いた。


「なあ、また隣のルール王国へ戦争を仕掛けるらしいじゃねえか?」


「そもそも何で俺らは戦争してるんだ?」


「貴方はそんな事も知らないんですか? この世界には手にした者を神へと昇格させ万物の願いを叶える『星槍』というものがあります。それを巡って12の種族が戦っているんですよ」


「でもなんで人間族ヒューム同士で戦っているんですか」


「もし、我々が『星槍』を手に入れたときに巨大な勢力が幾つもあれば国家間での小競り合いが増えるからです」


「でもそんな事で人間族ヒュームが数を減らし合ったら他の種族に遅れをとるんじゃないか?」


「さぁ、頭の固い国王達の考える事なんて俺らには解んねぇよ」


俺もその『星槍』とやらを手に入れたら、この世界を変えることが出来るのだろうか。...それでも今の俺には一生変わる事の無い話か。


「ミリア、どうやら俺たちは戦争に連れていかれるようだ」


「なんか、ちょっと不気味だね」


「俺たちはこれから戦場へ行くんだ。向こうはもっと酷い状況だろう」


「私たち、どうなっちゃうのかな?」


「大丈夫、また戻ってこられる。でも、こんな生活続ける位なら死んだほうがマシか」


ソランがそう呟くと、突然ミリアが抱きついてきた。密着した身体から、小さな心臓の鼓動と体の仄かな熱が伝わってくる。


「ダメッ!ソランは死んじゃヤダッ!ソランは生きて、生きて幸せにならなきゃ!」


ソランはハっと気がついた。自分が言っていたことを、自分の身勝手さを。


俺は一体なんてことを言ってしまっていたんだ。俺は今まで一人だった。自分だけ死んでその苦痛をミリアに押し付けようとしていたじゃないか。


ソランは涙目でこちらを見上げるミリアを抱き締め返す。


「そうか、そうだな。俺にだって大切な物がやっと出来たんだ。まだ死ねない。」


死ぬわけにはいかないな。せっかくできた俺の『大切』だ。ミリアも俺も生きて、生きて帰る。


それから、ソランとミリアは道中で見つけたものについてたくさん話し合った。東区に入り暫くしたころ、ソラン達2人も載せている馬車の一団が、先頭から止まった。それに続いて後ろの馬車も止まり出す。


「オイッ女ッ!着いたぞ、降りろ。」


先頭の馬車からいつもの兵士がおりてきて、そう言った。ミリアは少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔を戻し立ち上がった。

それを見た兵士は乱暴にミリアの首に鎖を付ける。それを後ろにいた小柄な兵士が引っ張っていく。


「それじゃあまた帰りでだね」


「そうだな。またな」


ミリアと別れたあと、残った馬車一行は、とある大きなテントの後ろに馬を止めた。といっても、ミリアと別れてからすぐのところだ。ミリアとは、あまり離れていない。先程と同じように、先頭の馬車から兵士が降りてくる。少し違ったのは、一緒についてきたのが兵士ではなく術師だったことだ。


「お前はこっちに来てもらうぞ」


そう言って兵士はソランの首輪から伸びる鎖を思い切り引いた。急に首輪を引かれたことによってつんのめるソラン。首の後ろ、脊椎辺りに衝撃が走り、一瞬意識を失いかける。


「チッ、時間がねぇんだ、早くついてこい」


兵士は四つん這いになっているソランの腹を蹴る。食事もまともに食べれていない少年と常に鍛えられている兵士では力の差は歴然だ。ソランの身体は軽々と宙を舞う。


「ぐはっ」


ソランは無理矢理喉の奥からこみ上げてきたものを抑えると、何とか立ち上がった。


これ以上兵士の機嫌を損ねる前に、付いていくべきか。これ以上此処にいても痣が増えるだけか。


イライラしているらしく貧乏ゆすりをしている兵士を見やる。結局、逃げることはできないんだな、と自分の中で諦めを付けると兵士の後を追って付いていった。


ソランが連れてこられたそこは、戦場となっている平原から少し高い所にあり戦場を一望できた。ソランの眼下に見える戦場はまさに地獄と呼ぶにふさわしい有様だった。

服や物資が燃え焦げる臭い、辺りに転がる元は人であった骸たち、剣と剣がぶつかり合う甲高い音。全てがぐちゃぐちゃに混ざり合って混沌と化している。


ああ、俺はもうミリアに会うことも、今まで過ごしてきた床にも代えることが出来ないんだ。


ソランにそう思わせるには十分なものだった。そんな呆然と立ち尽くすソランの隣で魔法使いが兵士に話しかけた。


「しかしまあなんでこんなガキを連れて来たんです?足手まといになるだけでは?」


「囮にでもしようかと思ってな。さすがに敵とはいえ人だ。武器も持たない子供がこんなところに居たら気にならん訳ないだろう」


目を細め眼下に広がる戦場を見落としながら兵士の男はそう語った。

そのまま暫く時間が過ぎた。遠くから誰かの無造作な足音が聞こえてくる。その足音はどんどんこちらに近づいてきて、現れた姿は一人の兵士だった。


「申し上げまーすッ! 戦場の北側に、『戦姫』が現れました!!!」


『戦姫アトラティーナ』

ルール王国最強の剣士ソードテイマーである。若干12才にして流派『魔斬刀』の奥義を習得した若き秀才だ。その力は凄まじく、たった一人で戦況を変えられる程だ。


「何ッ!奴は北の大陸に行っているんじゃないのか!・・・分かった、俺が行く・・・」


ちなみにこの兵士は帝国で1、2を争う実力者で、この戦争の鍵を握っているらしい。話を聞くと兵士は急いで装備を準備して最前線へと出発した。

そんな状況を一人残されたソランは呆然と見ていた。だが、あることに気がつく。


ここに俺を気に止めている兵士たちはいない。今なら逃げられるのでは...いや、ミリアのもとへ行こう。ミリアも一緒に逃げるんだ。


首輪から伸びる鎖を引く者もいなくなったこの場所から、ソランはミリアのもとに走っていった。





◇◆◇





「ア"ァァァァ!!!!」


天幕の方から耳を裂くような甲高い叫び声が聞こえた。


この方向はミリアかッ!? 一体何が!


ソランはこの上ない不安を胸に、全力へ声の下へと駆けていった。


「ミリ───」


そう言おうとして、口を噤んだ。

ソランの目の前で10人程の大柄な兵士達が、ミリアを囲んでいる。

囲まれているせいでミリアは見えないが、集団から少し離れているここでさえ乾いたが聞こえてくる。


「せっかく使ってやってんだからよっ!しっかり働け!ガキッ!」


「ごめんなさい、ごめんな、がっ─────」


土下座にも近い体勢で謝るミリアを無慈悲にも兵士達は殴り続ける。

その光景に、底知れぬ憤りを覚えた。

身体の奥底から嘔吐感ではない、熱い何かが込み上げてくる。ソランには初めての感覚だった。


「クソッ!人を玩具のように・・・俺たちだって人間だろ。何だと思っているんだ」


兵士逹は全員、ミリアに夢中になって周りを気にしていないな。考えろ、俺にはできることがあるはずだ。翼のない俺にでも。考えろ、見つけ出せ、今を、変えろ!


そう、状況を把握したその時、鮮明にとある日の記憶がフラッシュバックした。


───短剣で敵を暗殺する時は、首の側面か心臓のある左胸を狙うといい。


ある日、見世物として連れていかれた兵士訓練場での話だ。

丁度あの時は、目の前で兵士達が訓練をしていたため、そんな話をしていた。

ここに兵士がいるという事は・・・

ソランは辺りを見渡した。


「あった」


ソランが近寄った壁際には、推測通り短剣が立て掛けられていた。何という事は無いただの短剣だ。

ソランはそれを、音の鳴らないよう静かに持ち上げた。それでもソランには長剣の様に感じられる。

込み上げてくる得体の知れない感情を、黒光りする短剣に込め、顔を上げた。


確かに重いが、俺がやらなければ...そう思えば、身体の奥底から力が沸き上がっていく気がする。


そして、素早く一人の兵士に近づいた。

大人と子供、身長差はあるが決して届かない訳ではない。

ソランは軽やかに飛び上がると兵士の口元を抑え、首に得物を突き立てた。


「ングッ!」


声にならない苦悶の声を上げると、兵士はダラリと後ろに倒れ込んだ。


意外とあっさりだったな。人を殺すことに何か感じるかと思ったが、そうでもなかったな。


そう思いながら他の兵士を見るが、ソランに気が付いている者は居ないようだ。

まだミリアの方を見て卑下た笑みを浮かべている。


「次!」


小さく呟くと、ソランは隣の兵士の後ろに立ち、短剣を構える。

今度は、後ろから心臓の位置を見据え、一思いに突き刺し。

こちらは、刺された心臓に手を当てると直ぐに崩れ落ちた。


「まだまだ!」


ソランは残りの兵士達を強い眼差しで見据える。

まだ気がついていない。

止まることはできない。進み続けるだけだ。

そうして、兵士が離れたところや後ろに出てきた隙を狙って心臓や首筋を刺していくこと3回


残りの兵士5人になるまで、よく気づかれなかったな。ミリアを助けるまでは気が抜けない。


ソランは感嘆のため息を吐く。


「オイッ!次のヤツ!」


「・・・」


「オイッ!次・・・って、どこへいった!?」


兵士の一人が異変に気付き、辺りを見回す。

そこには立っている兵士はおらず、息絶えた者達、返り血を浴び、汚れた薄暗い紅の瞳を持つウェーブのかかった髪の少年だけだった。


「テメェッッ!!!」


兵士は剣を掴もうとするが、そこに剣はない。


兵士たちの武器を遠離けておいてよかったな。


気付かれた時の事を考え、先にソランが剣を遠くに離しておいたのだ。

剣がない事にたじろぐ兵士達に、ソランはすかさず飛びかかる。


「グァッ!」


間髪入れず一番近い兵士を襲う。


「クソッ!ガキの癖のにっ、グハァ!」


「まだだァ!!!」


ソランは怒号を上げ、3人目の兵士の心臓に短剣を突き立てた。

兵士がソランの腕を掴み、心臓に刺さった短剣を抜こうとする。」


ミリアのために、ミリアを守るために、ミリアを返せッ!

こんなところでっ───


「負けて堪るかァッ!」


ソランは短剣を持つその手に、一層力を入れる。

鍛えられた大人とそうでない子供、その差は歴然だ。直ぐに短剣を抜かれてしまう。

しかし、抜けた瞬間に吹き出た血は、軽く致死量を越えていた。

ソランを殴ろうと拳を振り上げるが、限界を迎えたようで、振り上げた拳を痙攣させながらその場に崩れていった。


「ハァハァ、あと2人」


「ガキがァ!くたばりやがれッ!」


剣を取った兵士2人はソランを挟み込むような陣形を取る。


兵士は剣を構え、ソランの心臓めがけ突っ込んでくる。


挟まれた!? 何か、何かないのか?まだ死ねないんだ!


剣がソランの肌に触れる瞬間、ソランは咄嗟にしゃがみこんだ。死んだ、そう思った刹那、


「ウッ、グハッ!」


兵士の1人が血を吐いた。

驚きに顔を上げると、そこには交差する2本の剣がある。

俺は、助かったのか? でも一体?


よく見ると片方の剣の先端が一人の兵士の心臓を貫いていた。それは偶然か、身長が低いため視界から消えたようになったソラン。驚いた片方の兵士が手元が狂ったのだ。


「クッ、ガキがッ!死ねッ!」


邪魔だ、と言わんばかりに痙攣する兵士から剣を抜き取ると、ソランに斬りかかる。

しかし、日頃の鍛練の差、防戦一方になってしまう。


「まだっ、まだァァァ!」


唇を噛み締め、兵士に斬りかかろうとするがどうしても守るしか手がなくなってしまう。


やはり今まではミラクル、剣が弾かれるのも時間の問題か。


「だが、まだ───」


───バシィィィ!


遂に短剣が弾かれてしまった。

短剣が弾かれたせいで自分の腹を兵士に晒す体勢になってしまっている


此処までか、俺はミリアを...


そう覚悟を決め、再度目を閉じようとした瞬間、何かがソランの目の前に飛び込んできた。


「きゃっ!」


ソランが驚いて目を見開くと、そこには銀髪の華奢な体つきの少女───ミリアが立っていた。

背中から剣の刃先が突き出ている。


何が...分からない。これは、一体?


「なんで?」


口をついて出たのはそんな疑問だった。ソランにはこの一瞬が止まってしまったのでは?と錯覚する程ゆっくりに感じられた。

だがそれは、ミリアの声によってその速度を取り戻す。


「ソランっ、今よ...」


「い、今?」


「早く!」


ミリアは兵士の剣を心臓に押し込むと柄をきつく掴んだ。ミリアはこのまま兵士を話さないつもりのようだ。その間も剣とミリアの身体の境目からは際限なく赤黒い血があふれ続けていく。


「女がッ!離せ!」


「ソッ、ソラン...ソラン!」


その声にどこかを彷徨っていた意識が戻る。


俺は何を見ている、何故動かない。今だ。ヤツを、ヤツを殺さないと。


近くに落ちていた剣を掴むと走りだす。


「ハァァッッ!」


「ガキがァァ!」


「「うおおぉぉぉ!」」


ソランは剣を兵士に突き刺す。


「がぁ...!」


兵士はごぽりと血を吐くと短剣を引き抜こうと剣を掴む。


2度目の失態はしない...して堪るか!


「死ねェェェ!!!」


確実に仕留める。今抜かれてしまったら次はない。ソランは力の限り剣を押し込む。

どの位経っただろうか、兵士の手に力がなくなり剣が軽くなる。

ソランは軽くなった剣を離すと慌ててミリアに駆け寄った。


「ミリア!大丈夫か!」


否、大丈夫ではないのはミリアが視界に入った瞬間に理解していた。

深々と突き刺さった剣がミリアの命がもう長くないことををありありと物語っていたのだ。

ソランは急いでミリアに刺さった剣を力一杯引き抜く。


「あっ!」


剣が抜けたことによって空いた穴から大量の血が吹き出た。

ソランは近くにあった布でミリアの胸にできた大きな傷を押さえる。だが、その布も瞬く間に血で赤く染まってしまう。

ソランは、ミリアがもう助からない事を悟ると押さえる手を離し、落ちていたナイフを拾った。


「ミリアが死ぬのなら、俺も一緒に...」


喉元に軽く刃先を当てる。


ミリアがいないのなら、この世界にいる意味はない。何か変わるかもしれない。そう思ったところだった。期待した俺が馬鹿だったんだ。何も変わりはしない、増えてもまた減るだけだ。


そして少し離し助走をつける体勢をつくる。


じゃあもう終わりにしよう。今ならミリアと一緒だ。一人よりマシだろう。

俺は、疲れた...


「待っ、て...」


突然、ソランのナイフを持つその手に白い、華奢な手が重ねられた。

ソランは驚いてミリアの方を見る。


ミリアに身体を動かす力などもう残っていないはずなのに。どうして...?


「私は、だっ、だいじょ、うぶ...だから... ソ、ランはっ!...生きて、生きて自分の夢を、叶えて...」


ソランはいつかの時、ミリアに自分の夢を話したことがあった───


「ねえ、ソラン。貴方の夢を聞いてもいい?」


「俺の夢? そうだな、いつかこの人生を、世界を変えたい、か?」


「世界を変える?」


「ああ、変えるんだ。俺がこの手で。俺たちが苦しみ続けなくては世界を、笑って過ごせる世界に」


「いい夢じゃない。叶うといいね」


「まぁ死者奴隷スレイデッドだから到底無理な願いだが」


「ソランだったらできるよ」


「そうか?」


「うん。だって、ソランは優しくて強いもの」


───────────────────────


ソランは短剣を投げ捨て、ミリアを抱きかかえる。

そして、暗い表情で俯いた。


「俺に、夢を?」


そう問い返すソランのその声は、震えていた。


「...でき、る。よ。ソラン、なら...だって、優しくて強いもの」


いつかもそんなこと言われたな。


そんなデジャヴ感に、沸き上がる怒りや哀しみも何もかもが混ざり合い、泣き笑いという不格好な顔になった。


「は、ははは!そうだな。ミリアが言うなら出来るかもな」


「うん...大丈夫。私が...付いているもの。それに、ソラ、ン。初めて笑った」


そう微笑むとソランを抱き締める手をダラリと下げた。

その目に光はない。

遂に、ミリアのその命の炎が終わりを迎えたのだ。


地面が揺れ、二つに割れた兵士の身体が飛んでくる。

グラム帝国の前線が遂に限界を迎え、決壊したようだ。


「『戦姫』だっ!逃げ─グハァ!」


「クソッ、クソっ!」


「今だ!アルステラ軍、進め!」


「「「「「おぉぉぉぉ!!!」」」」」


そんな悲鳴と怒号がソラン達の周りを包み始めた。


「ミリア?...ミリア、起きろ。なあ、まだ逝っちゃ駄目だ...」


だが、ミリアはもう答えない。

押し下げられていく前線。ここも両軍が混ざり合い混沌と化していく。

しかしソランには、そんなことどうでも良かった。

ミリアを失った悲しさだけが、ソランの心を揺らし続ける。罅が入り、遂に...

遂にそれは、粉々に砕け散った。


「あぁぁぁぁ!!!」


「貴様!何者だ?」


敵兵が、ソランの素性を聞いてくる。


そんなこと、どうでもいい。もう、何も知らない、分からない。


ソランは、唯々泣いた。泣き続けた。何も頭に入ってこない程に。

そんな様子を見た敵兵は、


「奴隷か。アトラ様から、奴隷は殺すなという命が出されているからな。先に進むか」


そう言って立ち去っていった。

残るのは、大きな声を上げて泣く少年のみ。あっという間に前線は過ぎ去った。

ソランは泣いた。

泣いて、泣いて、泣き続けた。自分も分からなくなるほどに。

だからこそ、気付かなかった。ソランの頭に響いている声に。いや、ソランは無理矢理聞かなかった、無視したのだ。

涙も枯れて、ようやく落ち着いてきた頃、ソランは自分の状況を改めて確認する。


「俺を繋ぐ鎖は、もうないのか...」


此処には誰もいない。何もない。

ソランを縛り付ける物。ソランを痛め付ける者。その何もかもが。

それは今を生きる誰かには小さくて、過去に縛られたソランには大きな事だ。


俺を縛るものはもうどこにもない。俺が望んだ未来、叶わないと何時かに棄てた夢。でも、そこにはミリアはいない。


「俺は...どうすれば」


そこにミリアはいなかった。ミリアとなら、何処へでも行ける思った。でもいない。俺には、だえ一人居なくなった。分からない、見えない、此処に居たくない、早く死んでしまいたい。


「ミリア、俺は...どこへ行けばいい? どうすればいい?」


それに答える声はない。ないはずだった。


《大丈夫、ソランなら。君は強い。運命を引き寄せる力がある。だから、大丈夫。さあ、ソラン、一歩踏み出して》


それはミリアの声だった。否、少しだけ違う。ミリアの声なのだが、不思議とソランには沢山の人がしゃべっているように感じたのだ。


誰だ?...ミリア? でも、ほかにも誰かいるような...忘れちゃいけない何かが。


しかし、ソランにはそんなことよりももっと大きな事があった。暖かいのだ。背中が、心が。まるで誰かが背中を押しているように力が沸き上がってくる。


「ミリア?」


振り返るがそこには誰もいない。でも、ミリアが微笑んだような気がした。


「そうだ────」


一度崩れたものが重力を無視して浮き上がっていく。


「ここに居なくても、ミリアは此処にいる───」


それはかつての姿をかたどっていく。


───俺を縛る物はもうどこにもない。


───ならば、翼は無くともこの足でどこへだって行ける。


───この腐った世界を変える事も出来る。


───そう、変えるんだ。


「そうだッ、変えてやるッ! 俺は、俺はこの世界を這い上がる!」


ソランは座ったまま、冷たくなったミリアを抱え、吠える。


「そして、この腐った世界を変えて見せるッ!」


血で紅く汚れた姿で。


「皆が笑って過ごせる世界に!もう俺の様に悲しむ者がいないように!」


叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。


謳う、謳う、謳う。


祈る、祈る、祈る。


この世界の理不尽を。

この世界の不条理を。


「アアアァァッッ!!!!」


ソランは必死に叫んで、謳って、祈り続けた。

喉が張り裂ける位に。

声が枯れる位に。

そこに残るは静寂のみ。


「君、その意気込みは本当?それとも、ただの戯れ言?」


突如、どこからか声が聞こえてきた。

慌てて回りを見渡すがそこには誰もいない。


誰だ?いや、確かにここは戦場のど真ん中。誰かいてもおかしくは無いが...


「答えろ、本当か?」


刹那、『誰か』が降ってきた。


「早く答ろ、それは本当か?」


砂埃を避けるため手を前に出す。

やがて、砂埃が治まると、そこには白銀の鎧を着て長い剣を持った少女と、大きな斧を持った色黒で禿頭の筋骨隆々な男が立っていた。


「早く答えろ」


こいつらに嘘をついたら駄目だ!...だけど、身体が、動かない。声が出ない。


何故だかは分からないが、ソランは直感的にそう感じ、彼女たちを強い目つきで見つめる。

その真剣な眼差しに彼女は何かを感じたのか。


「どうやら本当そうだな。私はアトラティーナ=ルール=アルステラ、アルステラ王国の第3王女だ。アトラと呼んで構わない。

・・・君の名前はなんというんだ?」


「俺は・・・俺はソランだ」


「ソランか。じゃあソラン、唐突だが私に付いてきてはくれないか?」


ソランは驚きのあまり、首を傾げるしかない。


付いていく?何を言っているんだ?

俺になんの価値がある?今にも死にそうなどこにでもいる奴隷だ。何のメリットがある?


彼女の言葉の真意を確かめようとソランは、アトラの顔をじっと見つめる。


「ソランの夢を叶える手伝いをするんだ。その子の弔いにもなるだろう」 


「ミリアの弔い?」 


「そう、弔い。君を強くして『星槍』を手に入れる手助けをする。君の言い分だと、その決意はこの子との約束にあるんだろう?

その決意を叶えれば、この子の弔いにもなるのでは、と思ってな」


どうする俺?

急に現れた敵見方わからない奴の話を信用するのか?俺が付いていったとはいえ自分が無力なことは分かっている。確かに変えるといった。その心意気は本当だ。だが...


後ろに立っている大男が白銀の鎧を着た少女に何か耳打ちしている。


「(なぁ姫さん。この奴隷が抱いている少女ってミリアラナー様に似てないか?)」


「(確かにミリアといったな。もしかするかもしれない)」


「(そうだな……一度リーダ達に調べさせるか)」


「(頼む)」


大男が少女の耳から顔を遠ざけるとどこかへ走り去っていった。

再び少女の鋭い視線がこちらへ向いた。


あまり信用出来る様にはみえない。どうするべきだ?

...なにを迷っている。

ミリアの為にもやるって決めたんだ、答えは決まっている筈だ。


「お、お願い...」


「どうだ?一緒に来てはくれないか?」


「お願い、します・・・」


ソランは力強く彼女の手を取った。





◆◇◆





グラム帝国はアルステラ王国に敗れ破滅し、ルール王国は人間族ヒューム最大の国家となった。

グラム帝国が破滅したため死者奴隷スレイデッドから平民、いや、王族の下で生活することとなったソランはとある場所に立っていた。

そう、ミリアが死んだ戦争の最前線だった場所だ


「もう、1ヶ月が経ったんだな」


あれから1ヶ月。

たくさんの死体は片付けられ、静寂を取り戻しているが、ここでミリアが死んだという事実は何一つ変わっていない。

この最前線には戦争で亡くなった者の石碑が立てられている。

今、ソランの目の前にある石碑もその1つ、ミリアの物だ。

アトラがソランを思い立てたものだ。


「俺、死者奴隷スレイデッドじゃなくなったんだ、今はふつうの平民...以上、かな? ...それでも、夢に一歩近づいた」


優しく語るソラン。

しかし、その声に応える者はいない。


「ミリアと約束した、この世界を変えると...だから俺は止まらない。

いいや、止まれない。俺の為にも、ミリアの為にも」


ソランは決意の再確認と共に立ち上がり空を見た。

進み続けるだけだ。

ソランの胸には、確かな決意があった。


「だから、だからここで見ててくれ。夢のその先で、また会おう、ミリア... 先で待っていて」



そんな、決意を誓いに変えたソランの頭上には、数え切れない程の星が煌めき、滝の様に降る流れ星が漆黒の夜空を染めていた───




prologue ───完─── 1章へ続く




「次へ」のボタンを押すと、前回投稿したプロローグになります。

内容的にはこの話と大差ないので、今回の話の続きが見たい方は第1章へとお進みください。


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