私は猫になりたい
突然だが、私は猫が大好きだ。
どのくらい好きかと言えば、タブレットで動画を見ながら寝落ちするのが最近のスタイルになりつつある。
一番好きな猫は足の短い猫……マンチカン。
キュートな足でテクテク歩きながら、カメラの方へ寄ってくる猫たん。
または複数でじゃれあいながら、視聴者を萌え死にさせてくる猫達。
あぁ、私も猫になりたい。
猫になって一緒に遊んでみたい!
神様! どうか私を猫にして!
そして幸せなキャットライフを!
……で、どうしてこうなった。
※
周囲から聞こえてくる獣達の声。
そして目の前の頑強そうな檻。んで……私のこの手(前足)のサイズ。
「ママー! とらさん!」
「あらー、ほんとねー、不満そうな顔が逆に可愛いわねー」
うっさいわ! ほっとけ!
あぁ、確かに猫になりたいって言ったけど!
確かに猫だけども……! 私、今……トラじゃん!
しかも世界最大級のシベリアトラ……。
あぁ、神様、貴方なんていい加減な性格してるの?
猫っちゃ猫だけども……!
「ママー、トラさんお腹空いてるの? 全然動かないー」
「そうかもしれないわねー。でも……生憎、ママは今飛騨牛のステーキ肉しか持ってないのよ」
ママさん?!
ここ動物園だよね?! 動物園にそんな物持ってくるもんなの?!
でもいいわ! くれ! 肉!
なんかお腹空いたし!
「あぁ、でも駄目よ。勝手に餌なんかあげたら飼育員さんに叱られてしまうわ」
いいんだって! ちっとも餌もってこない飼育員が悪いんだから!
そのまま親子の前にチョコンと鎮座してみる。
そのまま尻尾も振ってみる。
「ママー、トラさん可愛いー」
「そうねー、でもパンダさんの方が可愛いわよー」
「パンダさん!」
あぁ! 親子がパンダに取られた!
おのれ、パンダめ……私の客を取るとは……
「なんやお前、随分不満そうな態度やな」
その時、隣の檻から話しかけてくるパンダ。
ん?! パンダが喋った!
「何言うとるん。お前だって虎のくせに喋っとるやろ。ボケたんか?」
あぁ、そうか。動物同士だから会話できる……のか?
まあ良く分からんがそういう事だろう。人間だけ仲間外れだったという事か。
「なんやなんや、いつもの元気はどうしたんや。ほら、自分の名前言うてみい。ボケとらへんのなら答えれるやろ」
つーか……なんか中途半端な関西弁だな。
まあ、私の名前……なんだろ。一応メスみたいだし、可愛い系の名前がついてると思うけども……。
そのまま檻のスミっこを観察。するとそこに看板みたいのが見えた。
『シベリアトラのシベリーア! どうぞよろしく!』
ってー! おい! 名前考えた奴出てこいや! なんだシベリーアって!
絶対、コレデイイヤー的なノリで考えただろ!
「プクク……クク……ええ名前やないか。シベリーア……クク……」
おいパンダ! 笑うとるやないか!
って、私にも関西弁移っちゃったじゃないか!
「それはそうと、知ってるか? 最近作者スランプ気味やねん。この小説も大してプロットも組んでないから……ある意味ワシら自由や」
いや、しらんよ。
自由って言われても……檻の中なんもないし……。
あぁ、でもパンダの檻いいな。滑り台とかタイヤとか遊び道具一杯……
「こんなもんで遊べるかボケエ! ワシ何歳やと思うて……」
「パンダさーん! 滑り台! 滑り台滑ってー!」
むむ、女子高生のリクエストが来たぞ。
でもまあ、パンダ先輩はもうお歳だから、滑り台なんかで遊べないって言って……
ってー! むっちゃ滑ってるやん!
上手く滑れなくて転がってるし! 可愛いアピール満載やん!
「ハァ、ハァ……結構、ツライねん、コレ。でもまあお客さんが喜ぶなら……せなあかんやろ?」
意外に就業態度真面目だな、パンダ。
というか息切れ激しい……。
「人間っていう生きもんはな、可愛い言う自分が可愛いんや。せやから、適当でええんや。見とれ、タイヤにお尻がハマったポーズするだけで……」
むむ、確かに女子高生達は可愛いー! とか言いながらシャメ撮ってる。
適当でいいか……なら私も……
ってー! なんで私こんなスムーズに順応してるん?!
誰が人間喜ばせるための動物や! 私はマンチカンになりたいって神様に頼んだのに!
「おーい、シベリーアー、時間だぞー」
その時、私の檻の中に一人の飼育員のお兄さんが……。
って、凄いなこの人。良く虎の檻に入ってこれるな。
「お。トラショーの時間か。頑張ってこいや」
トラ……ショー? あぁ、トラのショーか。
なんだろ……火の輪くぐりとかやらせられるんかな……いやいや、サーカスじゃあるまいし……。
※
「はーい! よいこのみんなー! トラショー、始まるよー!」
周りがプールに囲まれたステージに連れてこられた私。
おお、ここさっきの檻より涼しくてイイ感じだな。床も冷たいし。ちょっと寝そべってよう……。
「はーい、みんなのアイドル! シベリアトラのシベリーア! こっちおいでー!」
あー、マジで気持ちい……ひんやり床が分厚い毛皮を貫通して体の芯まで……
「……? おーい、シベリーア?」
なんかずっとこのままここに置いてくれないかな……。
檻の中とか狭くてストレスが……
「シベリーア!」
うお! え、何?!
お姉さんに呼ばれ、私はトコトコと傍に。
「はーい、では……ごろーん!」
……?
何て?
「ちょっと、シベリーア! ゴローンだって、ゴローン!」
首を傾げる私。
そんなお姉さんと私の掛け合いに、会場は大爆笑。
あぁ、パンダの適当でええんやで……という言葉が染みてくる……。
「もう、ほら、シベリーア」
え、なにそのサイコロステーキみたいなの。
くれるん?
「ごろーん」
ゴローン……あぁ、転がればいいのか。
そのままゴローン、と転がる私。転がり過ぎてコロコロと……って、止まらねえ!
しかし会場は大盛り上がりだ!
なんてこった、今私……ウケてる! 転がるだけでこんなにウケるんだったら……いくらでも転がったるわぁ!
「ちょ、あぶない!」
え?
プグファ!
そのままプールに落ちる私。
会場はもうドッカンドッカン大爆笑。
「シベリーア! 大丈夫!?」
う、うむぅ。ん? なんか……体が浮いてる。
私、カナヅチの筈なのに! なんか泳げてる!
マジか、トラって泳げるのか! ちょっとクロールとかしてみよう!
「おぉ……すげえな、あの虎。クロールしてるよ」
「トラってクロールできるんだぁ」
うはははは! なんだコレきもちい!
「え、えーっと……シベリーアは、泳ぐのが大好きな……トラちゃんです……」
そう! 私こそ水の妖精シベリーア!
私の華麗な泳ぎを見よ! 人間ども……って、なんか……下から不穏な気配……。
そのまま私は下からの衝撃に突き上げられ、ステージへと戻される。
な、なにやつ!
「ちょっと、プログラム無視しないでちょうだい。プールに入るなんて無かったでしょ?」
お前は! シャチ! 海のギャング、シャチ!
「その呼び方あんまり好きじゃないのよね。私ギャングっていうよりアイドルだし」
ふむぅ、そうなんすね。
「それより早くブルブルして水弾きなさいよ。ブサイクになってるわ」
ブサイクって……。ブルブルって、こうか?
そのままブルブルと体を揺らして水を吹き飛ばす私。
むふぅ、フサフサになったぜ。
「ほら、司会のお姉さんが困ってるわ。助けてあげなさい」
助けるってどうやって……。
代わりにマイクパフォーマンスを私が?
「なんでよ。トラが急にそんな事したら怖すぎるわ。適当にお姉さんにジャレつくだけでいいわよ」
ふむぅ。
そのままお姉さんの傍により、お腹に頭を擦りつけてみる。
「わ、可愛いー!」
「美人に弱いのは虎も人間も同じか……」
おい、そこのカップル! 私も女の子だから!
すると司会のお姉さんは再びサイコロステーキみたいのを取り出し……
「シベリーア、伏せ」
伏せる。
「ごろーん!」
ごろーん。
すると口内に放り込まれるサイコロステーキ!
むむ、なんだコレ! ぜんぜんサイコロステーキじゃないけどマジうめえ!
「私も……トラさんにご飯あげたーい……ぁ」
「きゃあああ! 女の子が!」
その時、フェンスの隙間から女の子がプールに落ちた!
何してんだ親! 待ってろ、今助けて……
「受け取りなさい!」
って、ん? シャチ? え? 何するつもり……
ってー! 女の子打ち上げやがった! ちょ、たか、高いいいいい!
うおおおおお、まにあええええ!!!!
※
ピピピピ……という目覚ましで目を覚ました。
カーテンを揺らす爽やかな風。当然ながら真っ白なシーツの上で私は寝ている。
ふと自分の手を見てみると、そこには普通に私の人間の手。
あぁ、当たり前か。夢……だよな。
頭をボリボリ掻きつつ、歯磨きをしながらテレビを何気なくつける。
えーっと、ニュースニュース……
『えー、それでは次のニュースです。先日、ウェルセンツ動物園にて奇跡の連携プレイが。プールに落ちた女の子を、シャチと虎が協力し……』
ブフー!!!
ちょ、なんだこのニュース! 夢か?! まだ夢か?!
頬を思い切り抓ってみる。
うぅ、普通に痛い……夢じゃない……。
『いやー、素晴らしいですね、大蔵さん。この連携プレイ』
『ええ、この虎は間違いなく外野手ですね』
客席目線で撮影された視聴者映像。
そこにはシャチが打ち上げた女の子を、トラがスライディングしつつお腹で受け止めるという……
こ、これ……私の夢そのまんま……あれは現実だったのか? そんな馬鹿な……。
『えー、プールに落ちた女の子は幸い無傷でした。しかしこの虎は良く女の子を襲いませんでしたね』
『ウェルセンツ動物園のシベリーアでしょ? あの虎は昔から人懐っこいで有名でしたからね。飼育員も檻の中に入って世話してたくらいだし』
そんな虎……だったのか。
『えー、しかしこのシベリーアですが……』
※
後日、私はあの動物園を訪れた。
二十代後半のOLがたった一人で動物園。寂しすぎるが仕方ない。
私は確かめたかった。
自分のこの目で……シベリーアを。
シベリーアの檻は動物園の目玉コーナーに。
パンダの隣……で探せばすぐに見つける事が出来た。
シベリーアの檻の前へと立つ私。
今そこに、シベリーアは居ない。
ふと立てられた看板に目が行く。
『シベリーア、二十五年間、本当にお疲れ様でした。いつまでも私達を見守っていてね。ありがとう』
思わず涙が溢れてくる。
あの後、シベリーアは寿命で死んでしまったのだ。
そして立てられた看板の隅には、小さな子供の文字で『ありがとう、とらさん』と書かれていた。
あの時の子供だろうか。
一人、シベリーアの檻の前で泣き続ける。
心配した飼育員が近づいてくるが、私は逃げるように檻の前から立ち去った。
パンダを横目でかすかに見た。相も変わらず滑り台を頑張って滑っている。
「シベリーア……」
そのまま勢いで動物園を出て、振り返った。
何故私がシベリーアの最後の時に憑依したのか。
それは分からない。もしかしたら、あの子供を助ける為だったのでは……と思ってしまう。
でも助けたのは私じゃない。シベリーアだからできた事だ。
「ありがとう、シベリーア……貴方の最後の貴重な時間を……私にくれて……」
私はこの体験を一生忘れない。
シベリーアの最後の時を……何故私が奪ってしまったのかは分からないけれど。
今はただ……シベリーアが無事に天国までいけるよう祈ろう。
そのまま動物園へと一礼し、帰路へと。
もう一度、私は小声で言った。シベリーアへ、最後のお別れを。
「さようなら……シベリーア……ありが……」
『ありがとう』
耳元に届く優しい声。
その声が誰のものだったかは……いうまでもない。




