消えたリンゴと秋の風
地方で探偵をやっていると、たまに「変な事件」に出くわす。
まあ、僕こと成田耕康の平常の探偵業は、ペット探しや雑用……といった具合なので、ドラマで活躍する探偵からしたら僕の担当するのは「変な事件」なんだろうけど。
しかし、そういう意味ではなく。
都会人のことを、時代の最先端を生き、流れに呑まれながら同じような形になる丸石と例えるならば、地方民……少なくとも僕の周りの人々はゴツゴツとした石だ。
そう。言うなれば、個性的な事件が多いのだ。
今回の僕への依頼は、船沢さんというお婆さんからだ。
『漬け物が上手く出来たので貰いに来なさいな』
これが依頼。
頼まれたのだから、嘘は言っていないよね……? ちなみに報酬は漬け物となる。今月の事務所の借り賃、どうしよ……。
僕はチャリンコを走らせ、市の中央部から少し離れた農村地域へ向かった。
9月の中頃ということもあって、多くの人々が畑仕事に汗をかいている。それを見ていると、風を受けながらチャリをこいでいるのが何だか申し訳なくなってくる。チャリから降り、押し始める。
……何やってんだろ、僕。小心者はツラいなぁ。
船沢さんは、昔は名の知れたトコだったらしく、大きな家だ。庭から続く石段を降りると、広い田んぼがある。少し離れた場所には、これまた広いリンゴ畑、野菜畑もある。
僕が入ったときには、多くの人が木箱につまったリンゴを詰め替えていた。多分、商品になるリンゴやならないリンゴに分けているのだろう。ちょっと傷んでいたら、加工用になるのだ。
しかし、人が多い。おそらく親戚が集まって手伝っているのだろう。祝日で学校も休みだからか、ちらほらと子どもも見える。
そう言えば、船沢さんの娘さんはどうしたんだろうか。前に愚痴を聞かされたっけ。「リンゴで忙しい時でも、ちっとも手伝いに来ない」と。……今回も来ていないのかな。
「あ、タンテイさん! ばっちゃがゲンタンで呼んでましたよー」
船沢さんの息子……だったかな? ハチマキをしたおじさんはリンゴ箱を2つも担ぎながら、そう言った。
「あ、どーも。えっと……ゲンタン、ってのは?」
おじさんが、クイっと顎で示した先は田んぼに続く石段だ。向かうと、その田んぼの中にポツンとある木々。葉の緑色の中には果実の赤色が混じっている。リンゴ畑だ。へぇ、ここにもあったんだ。
そこで大きく手を振っているのは、頬被りをしたお婆さん。結構な歳になるはずだが、足腰はピンピンしている。
「タンテイさん、こっちこっち! 来いへ!」
来いへ、って……。
しかしこの家では、どうやら僕の名前をタンテイと勘違いしているようだ。……おかしいなぁ。長い付き合いのはずなのに。
僕の名前は耕康ですよー。
「農家を継げ」という脅迫じみた名前を付けられた耕康ですよー。
それなのに大学卒業後、「探偵」なんて不安定な開業をした耕康ですよー。
……それが原因で最近、実家に帰れてないんですよー。
そんなくだらないことを考えているうちに、船沢さんは語り出した。
何でも減反政策というものがあったらしい。高校の時に習ったヤツだ。米が余ってしまうことに危機を抱いた政府は、「田んぼの数を減らす」ように指示した。これが、減反政策だ。
それによって、田んぼの数を減らす際、リンゴ畑にしたのだという。ここ、船沢さんの家では本来のリンゴ畑と区別して、ここのリンゴ畑は「ゲンタン」と呼んでいるそうだ。
事件は、そんな『ゲンタン』で起こったらしい。
リンゴもぎの途中。僕の漬け物を用意しておこうと、一旦家に戻ったらしい。そう遠くもない距離……というか目と鼻の先だ。油断してしまうのも無理はない。そして、戻ると無くなっていたというワケだ。
「もいだリンゴはこのカゴに入れておくんだけど、それが盗まれちゃってねー?」
そう言って、プラスチックで出来た青いカゴを指した。なかなか大きい。手で運ぶのはかなり骨がおれそうだ。ということは、移動は車だろうか? 周りを見渡すと、一台通るのがやっと……という畦道。
と、そこで僕は気づく。
ここは、田んぼの中に出来たリンゴ畑。遮蔽物は無い。四方は畦道と田んぼで囲まれている。
開けた土地だ。見たところ、隠れる場所などありはしない。
消えたリンゴ事件だ。これは探偵らしくなってきたぞ……!
こんな場所で、人目につかずに盗みを働く? それも、こんなに目立つカゴを持って?
……無理。しかし、現にリンゴは盗まれているワケで。
怪盗、かなぁ……? でも、見た感じ予告状も無いしなぁ……。
久しぶりの推理は、そんな現実逃避から始まった。もっともこんな地方の田舎に、怪盗がわざわざリンゴを盗みに来るはずがない。ボツだ。
と、なると。
「目撃者を探しましょうか?」
開けた土地なのだ。まして、リンゴを運ぶとなると目立つはず。
「ああ。それなら……」
船沢さんの人差し指が、田んぼを指す。他の家の人も田んぼで作業をしているのだ。
タオルを額に巻いたお爺さんは、僕の自己紹介を何とも言えない表情で聞いていた。……一般人はみんな同じ反応するんだよなぁ。
それはさておき。
「ああ……見ましたよー。シルバーの……何てったっけ、あのテレビで入ってたヤツ……」
シルバーの車のCMなんて、何種類もあるんだけど……。何ともアバウトな手がかりだ。
「タンテイさん。そんな感じで頼みますよー?」
……って、ちょっと待って? 僕はこれから、あの爺さんの超絶アバウトなヒントを元に、シルバーの車を探して、犯人を捕まえなければならないんですか?
いや、ここが僕の腕の見せ所。探偵の役目だ。
まず、消えたリンゴ。コレは、船沢さんが家に戻った数分間に起こった。
そして、犯人はシルバーの車に乗っていた。このヒントだけでは普通の道だったら特定できない。しかし、あそこは畦道。一般人による通りすがりの犯行は、ありえないのだ。
つまり、犯人は関係者……船沢さんの生活をよく知っている人物の可能性が高い。例えば、よく出入りしている業者の人とか。
「……とりあえず、事務所に戻ります」
目処は立った。ならば、後は容疑者をリストアップだ。これは事務所の方が適している。
「あ、漬け物も持ってき!」
石段を登り、船沢さんの家へと戻る。
石段を一歩一歩踏む度に真相へと近づいているような感じがする。
……ああ。コレが探偵かぁ。
さわやかな秋の風は僕の頬を撫でる。作物は光輝き、僕を見送る。最高に気持ちがよかった。
僕はチャリンコを走らせていた。真上には秋になっても頑張る太陽。首に巻いたタオルが僕の汗で濡れていく。それでも、僕は足を止めなかった。
それでは、今回の解決編。
といっても、この事件に解決はない。
何故なら……そもそも、これは事件でも何でもなかったからだ。
数十分前、僕は石段を登り、船沢さんの家へと向かっていた。
決意を固めるように、一段一段と登る。そして、最後の段を踏む。力強く踏み込み、飛び上がる。
ここから、僕の長い長い調査が幕を開けるんだ……!
開幕から、ほぼノータイムで閉幕が訪れた。
石段を上がると、そこにはシルバーの車があった。
最近、CMで話題になったモデルだ。ポカーンとする僕と目を見開く船沢さん。
「あ、お母さーん? 相変わらず元気ねぇ」
バンパーに腰をかけ、茶色に染めた髪を結っているのは女性。僕は、その面影を知っている。
「通子ぉ?」
そして、船沢さんが声をあげる。つまり、この人が船沢さんの娘さんだ。てか、近くで見ると似てるなぁ……。
「え? 何でそんなに驚いてるの? そろそろ忙しくなると思って、来たのに」
娘さんはキョトンとし、やがて鏡を見出したがソコではない。
僕たちが凝視しているのは足元に置かれた青いカゴだ。
「ああ、コレ? 今の時季はゲンタンのリンゴをもいでるかな……と思って直接行ったら、置きっぱだったから……」
彼女は笑って答える。
「母さんももうトシだからさ……手伝いに来たんだよ。それに今日は『あの』祝日だし、ね」
ふふん、と胸を張る彼女を眺めながら、僕はヨロヨロと地面に座った。確かに手間は省けた。けれども、このオチはあんまりじゃないかな……。道化もいいところだ。やはり僕に推理は向いていない。
でも。
「こんの、バカ娘が……!」
そうやって叫ぶ船沢さんは、どこか嬉しそうだった。
どんな子どもでも帰ってきたら嬉しいもの……なのかもしれない。
チャリンコをギコギコ言わせながら足を動かす。
まだまだお昼頃だ。今日が終わるまではまだ時間がある。
それでは今回の探偵業務はここまで。
チャリンコの行き先は、実家。
今日は祝日。敬老の日、だ。
推理モノというよりは、探偵モノ、という感じで。
お付き合いいただき、ありがとうございました!