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進路未定

 うだるような暑さに、数歩歩くだけで滝のように汗が肌をなぞる。

 手を伸ばせば掴めるんじゃないかってくらい、湿気を含んだもんやりした空気がいやおう無く体を包んで、不快指数は絶賛上昇中だ。学校までは、少なくとも十分以上かかる。もう、なんで毎日苦行みたいに、茹だる暑さの中学校行かなきゃいけねえの? バイト代とかもらえるわけでもねえのに。

「何で日本て四季があるんだよ。 いいじゃん、年中20度くらいにしとけよ。なら過ごしやすいだろ? いっそ家も街も地下に移せばいいんだよ。んで、冷房網を張り巡らして……。ほら快適快適」

 猫背に拍車をかけて、額の汗をぬぐいなら不満を漏らすと、隣から苦笑が応じた。

「颯太、それは無理だって」

「そうか?」

「そうだよ。いくら工事費と時間がかかると思ってる? それに今でさえ夏の間の電気消費量を削減しましょう、ってみんな言ってるんだよ。街丸ごとを日やろうとしたら、あっという間に供給量をオーバーしちゃうって」

 穏やかな口調ながらなかなか現実的に反駁したのは、幼馴染の三橋だった。三橋が俺を諭すように笑いながら頭を傾けた。ショーカットにそろえた髪先が涼しげにゆれ、顔の横で編みこんだ髪を止めるゴムの鈴がからりと鳴った。

 楽しげな、愛でるようにやわらかい三橋の笑みを見てると茹だるような不快な気分も幾分か解消された。三橋にはセラピストとか、カウンセリングとかやったら成功する気がする。

「電気の問題なんてあれだ、……そのうち発電効率がずばぬけてよくて、燃料費はただ同然で、二酸化炭素やら放射性廃棄物とか一切出ないクリーンな永久機関がなできるんだろ。きっと」

「うわぁ、本当にそんな夢のような発電所ができたら素敵だね」

「お、……おう」

 冗談のつもりでデタラメ言ったのだが、笑顔で肯定されてしまった。調子が狂うな、ほんと。

 いつまでも成長してなくて、いまだガキみたいに駄々をこねる自分が恥ずかしくなって頬をかく。視線も反対側に逸らしたが、三橋といえば呆れた様子も無く、ふくよかな声をかけてきた。

「そういえば、颯太は進路希望出した?」

「進路希望?」

 普段気にかけない単語に思わず聞きなおしてしまう。

「もしかして忘れてた?」

「あ、……あー。そういえば先週配ってたな……。提出いつまでだっけ」

「今日だよ」

 眉端を下げ、困ったように三橋が息を漏らした。

「もうすぐ期末テストで、それが終わったら夏休みだよね。そろそろ進路も見据えて準備しなくちゃ。曖昧なままと来年受験勉強するにも、就職活動するにも大変だよ?」

「決めないといけないのはわかってるだけどな」

 頭ではわかってるし、新聞やニュースなんかで不景気だとか就職難だとか見ると、あせらないわけじゃない。だからといって、サッカー選手になりたいだの、パイロットになりたいだの夢見がちな将来を思い描くほどガキじゃないし、自分の適正を見極めて将来設計できるほど社会を知らない。

 結局、親とか友人の兄貴とか、そういった他人を通してでしか社会を見えないのだから、もし自分だったらという想定がうまくできないのだ。

「三橋は決めてるのか?」

 他人の希望が参考になるとも思わなかったが、興味本位で三橋に尋ねた。

 すると、殊更華やかな笑みを浮かべて答えた。

「颯太のお嫁さん」

「……。あのなあ、そんな冗談が聞きたいわけじゃなくてだな。三橋は進路希望どこにしたのか聞いてんの」

 まったく、昔から三橋は時々悪乗りがすぎるよな。幼馴染で、家も隣同士。幼稚園から高校まで同じとこに一緒に通ってたせいか、他人同士なら勘違いして好きになってしまう冗談も平気で言ってしまえる。

 今度きっちりお灸をすえとくかと決起して三橋を見ると、どういうわけか不満そうな顔をしていた。唇を尖らせ、なにかしら言いたいことを我慢してるように見える。

「なんだよ?」

「……はあ。なんでもない。ただ将来は前途多難だなって。進路希望だよね? 私は私立の教育学部を書いたよ」

「教育学部ってことは将来は学校の教師になりたいってことか」

 よく分からない感想には触れずそう言うと、三橋は口元を曖昧に緩めた。

「うーん、先生になりたいって憧れはあるけど、一番は自分の子供に勉強を教えられる親になりたいってことかな。確かに結婚したら家事や子供の世話は大変だと思うし、共働きしてたらもっと大変で、親同士の付き合いとかあるのもなんとなく想像できるんだ。でも、それ以上に、忙しいことが子育てをないがしろにする言い訳になっちゃいけないと思うから。だから、子供がわからないことを教えてとか、学校や友達のことで悩んでたらじっくり相談して、解決策を一緒に模索してあげたいんだ」

 いつも穏やかに笑っていて、何も考えていないように思っていた三橋が明確に目標を持っていることに驚いた。同時にまぶしくて、感心して、自分ごとでもないのに誇らしく思えた。

「そうだな。確かに勉強もできない親に勉強しろなんていわれたら、すんげえむかつくもんな」

「あはは。颯太らしい」

 くすくすと笑っていたが、三橋の表情が少し寂しげな気がした。しかし、軽く頭を振るとまじりっけのない笑みを浮かべて話しかけてきた。多分、俺のみ間違いだったんだろうと決め付けて、俺もおしゃべりに付き合った。

 それから取り留めのないおしゃべりをしているうち学校に到着したので、昇降口のところで三橋と分かれた。

 

 

 教室の自席で、進路希望調査と印刷されたプリントを前に頭を悩ませていた。

 今朝の三橋の話しを聞いて、俺もうかうかしてられない、と職員室に行って紙をもらってきたのはいいのだが、いざ進路を書こうとして手が止まった。

 国立4年制大学、私立4年制大学、短大、専門学校、就職と中から該当する希望先を選んで、白枠の中に具体的な学校名や企業名を記述する。将来の目標や展望が決まっていれば造作のないことも、俺には受験やセンター試験よりも無理難題に思えた。これがスラスラと書けてしまえるやつがいたら感服してしまう。

 シャーペンの先で机を叩きながら将来の自分てのを想像してみたが、真新しいいスーツ姿で不採用通知に落胆している姿か、木造のぼろくそアパートで、髭も髪も伸びっぱなしで腐っている図しか思い浮かばかなった。

「どんだけ未来暗いんだよ、おれ」

 やめだやめだ、とシャーペンを転がすと、目の前に誰かが立った。億劫さを隠さず顔を上げるとクラスメイトの倉持だった。倉持は人好きそうな笑みを浮かべ、頬杖付いて投げやりにため息を付く俺を見て、納得したように言った。

「どうしたよ、颯太。デートプランがうまくまとまらねえのか? なら俺がデートスポットとか、お洒落なカフェとか、いろいろアドバイスしてやるよ」

「いらねえよ。目下10連敗中のやつのアドバイスなんか信用できるか」

「違ったか。なら、子供の名前か? まず男と女どっちがほしいかだな。だけどあれだ、女でも男でも使いまわせるようなのはやめとけよ。どっちに転がってもからかうネタにされるからな」

「倉持、さっきから何の話してんだ?」

「ん? だからお前と三橋の話だろ」

 あまりにもあっけらかんと言うものだから、一瞬、俺と三橋が結婚を前提に付き合ってるのかと頷きかけてしまった。実際、少しあごを下げたところではたと気づき、即座に否定した。

「ちげえつの。あのな倉持、何度も言うが俺と三橋はそんなんじゃねえよ。ただの幼馴染だ」

「それはお前から見た解釈だろ? 視点が変われば別の関係性に見えるってこと」

「つまり傍から見たらそう見えるってか? ならはっきりと言うが、それはない。三橋も今更俺を彼氏うんたらなんて見方はしねえよ」

 はっきりと勘違いを指摘して否定すると、倉持は目をすがめて俺を睨んだ。かと思えば、呆れ顔でため息を漏らし、やれやれとった感じに肩をすくめた。その様子が今朝の三橋の反応となぜだか重なり、面白くない感情が胸の奥に生まれた。

 なんとなく気に食わないと口を紡いでいたら、倉持は場をとりなすように手を振って話を変えた。

「んで? なら何眉間にしわ寄せて考え込んでたんだ?」

 視線を机に移し、進路希望調査のプリントを認めると、ああと萎えた声を漏らした。

「そいやあったな、進路希望調査。つか提出期限て確か今日だよな。颯太はまだ出してなかったのか? それか、おもっくそ適当な進路書いて説教+再提出しろって話?」

「前者だよ。つか、進路なんて何書きゃいいかわっかんね」

「うわ、余裕だなお前。来年になったら受験でひーひー言うのがわかりきってんのに」

 蔑みを含んだからかいにむかついて、俺は両目を寄せて倉持を睨んだ。

「倉持はどうなんだよ。進学する気なのか」

「そうだな。高校生のほうが就職が有利なんてまことしやかな噂も聞くけど、平々凡々の普通科じゃあ当てもないだろうからな」

 俺たちが通っている高校は一応進学校らしい。進学率が特に良いわけでも、飛びぬけて偏差値が高いわけでも無く、エンカレッジや特別進学コースみたいなものもないけどな。大方、農業とか工業とか専門系でもないけど、普通科だけなら白がないから名目上は進学校としてるだけだろうというのが、通ってる生徒側の暗黙の了解となっていた。

 倉持は俺の進学希望は、と切り出して、気負った様子もなく進路希望調査に書いた大学をそらんじてみせた。すらすらと出てくる中には、意識が低い俺でも知ってるような有名な私立大学の名前も入っていた。ということは、他の大学もそれなりに偏差値が高いのだろう。

「倉持……、現実みろ。お前そんな頭よくないだろ。進学が難しいからって記念受験を前提に選ぶなよ」

「うっせ。真剣に選んでるっつの」

「いや、どう考えても高望みだろ」

「いいんだよ。目標は手がどどかねえ位でちょうどいいんだよ、俺の場合。だってちょいと背伸びすれば届く程度じゃ、燃えねえし、モチベーションも維持できねえだろ」

「いや、適度に身の丈にあった方が、目標に近づいてる実感が持てていいだろ」

「お前はそうかもな。けど俺は障害物が高いほうが燃えるの。ぜって超えてやるって努力しまくって、結果が芳しくなかったら反骨精神盛り上げて、さらに研鑽して、そうやって繰り返す。そんで最終的に目標に達しなくても、少なくとも最初に自分の伸び幅を最低に見積もってたときよりかは確実に高みにいるだろ? それが俺の流儀なわけ」

 淡々と口上を述べるくせに、倉持の目がぎらぎらと野生的な光をにじませていて。それだけで本気なのだということがありありと伝わってきた。

 三橋だけでなく、倉持でさえまじめに進路を考えていることに衝撃を受けて、チャイムが鳴り授業が始まっても俺はじっと進路希望調査のプリントを見つめてた。

 

 

 授業の内容なんてろくすっぽ頭に入らず、ひたすら進路のことを考えていた。

 俺がやりたいこと。なりたいと思う将来の姿。かなえたいと渇望する夢。かつては無邪気に描いた夢を思い出しては、現実を知らない稚拙な妄想だと、堂々巡りを繰り返す。

 夢見がちになるには成長していて、合理的に決定するにはガキ過ぎる。

 なんて中途半端なんだと、苦笑がもれた。英語の担当教員が笑い声を聞きとがめて、俺に本文の朗読を押し付けた。俺はため息を漏らし、不承不承に立ち上がり、先生が読んだ後を引き継いで英文を読んだ。

 詰まりながらカタゴトで英文をおっていく中にいて、頭の中は進路を考えていた。

 三橋はこうでありたい自分になるために道を選んだ。倉持は漠然と高みに至るためにあえてきつい条件を自分に課した。他のやつに聞けば、就職に有利だからとか、好きな分野だからとか、自分の学力にあっているとか、それこそ十人十色の回答が返ってくるだろう。

 だけど、俺にはそんな考えすらなかった。今が楽しければいいなんてのは言い訳にもならない、単なる逃避だ。見るべき問題を先送りした、腰抜けの考え方だ。

 何でもいい。他人にとかく言われようが、親に反対されようが、教師に薦めるままになろうが、自分がこれと決めて進む道があることがとてもうらやましかった。

 俺は、何になりたいのだろう。

 そして、何になるのだろう。

 ある大人は可能性はいくらでもあると胸を張って主張する。一方で堅実な生き方を薦める人間もいる。後悔はするなと、自分の過去を振り返って諭すこともある。

 けどさ、今から後悔するかどうかなんて、考えるだけ無駄だ。後悔は後に悔やむからこそ後悔なのだ。それに人間なんてものはそもそも無駄が寄り集まってできている生き物だ。余白とか、バッファとかよく言うだろ?

 そこまで考えて、ようやくシャーペンが動いた。

 

 希望進路:国立4年制大学、私立4年制大学

 大学名・企業名:未定

 

 今は明確な目標をもてないが、いつかは見つかるだろう。いや見つけないといけない。

 バカだけど、自分をしっかり見つめている友人たちの隣に、胸を張って立っていられるように。

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