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瞳が君に恋している

「もう、信じられない!!」 

 彼女はテーブルを叩いて声を荒げる。 学校帰りに立ち寄ったマックには、同じように道草を食っている学生グループや、スーツ姿の男性客などがいて、彼女の荒声に振り返った。

 彼女に注がれた視線はすぐに向きを修正し、非難じみた目つきに変わる。学生グループには修羅場に見えるのだろう。交互に見ては、しきりにひそひそ話している。まったく想像力が陳腐で困る。 

 陰口のネタにされていい気分ではない。こぼれないよう手に持っていたコーラをテーブルに置き、努めて口調をやわらかくして彼女をなだめにかかる。

「ひとまず落ち着いたら? せっかくの揚げたてがさめちゃうよ」

 平然と流す態度が気に食わないのか、彼女は唇を尖らせて、顔をそむける。けど、揚げたてフライドポテトの芳しい誘惑には勝てず、一本とって尖らせたままの口に運んだ。リスが枝をかじるようにもそもそ食べる様子は、普段勝気な彼女の姿とはかけ離れていて、とてもかわいらしかった。

 しばらく、彼女をほほえましく眺める。そのまま平穏な空気のまま道草を終えて解散、となればいいけど、そもそもこうして誘われたのは、彼氏と付き合い始めた報告とか、振った振られて愚痴りたいとか、そういう目的がほとんどなのだ。今回は後者である。

 どの道、彼女の癇癪やら愚痴につき合わされるなら、と話を振った。

「今回は結構長いほうじゃない? 1ヵ月半くらいだっけ」

「35日よ」

「細かいなぁ。同じようなものでしょ」

 あきれてひとりごちるも、どうやら彼女には聞こえなかったらしい。ふてくされた顔でシェイクをすすっている。

 そういえば、いつかファミレスでお昼を食べた際に、彼女の方が高い料理を頼んだくせに、割り勘のときにさらっと支払いを200円くらい上乗せしてきたっけ。女って、そのあたりの計算が巧みというか、神経が図太いというか。まあ、あの時は、あとでにたい焼きをおごってもらったから、差し引きゼロだけど。そういうところで律儀なとこが結構好きだ。

「それで、35日間も付き合って、どうしていまさら別れたりしたの?」

「それよ! あいつ、ほんっとろくでなしだったの! 最低。ちょいと外面がいいからって付き合うんじゃなかったわ!!」

 話は振り出しに戻る。彼女はここぞってばかりに怒りをあらわにした。

「この前のデートだってね、待ち合わせ場所に30分も遅れてきたくせに、私の姿見た瞬間文句ばっかたれるのよっ!! ひらひらした服なんて着るなだの、髪染めろだの、何でスニーカーなんだだの、私はあんたの着せ替え人形じゃないんだっつのっ」

 相当にご立腹だった。思い込みが激しい方だから、彼氏の台詞がどこまで正確かはわからないけど。

「けど、なよっちい奴より、強引にでも引っ張ってくれている男のほうが好きって人もいるよね」

「あれは強引、とかそんなレベルじゃないわよ。自分の価値を押し付けてるだけ!」

「彼女なんだから、ある程度は男の趣味を理解して、受け入れるものじゃないの?」

 安易に疑問を呈したら、思いっきり目端を吊り上げにらまれた。

「ごめんごめん、失言でした。あ、こっちのポテト食べる? 少し焦げ目も入ってていい感じの揚げ具合だと思うよ」

「……そんな、食べ物でご機嫌取りなんて、簡単にできると思わないことね」

 と口では言いつつ、彼女は素直に差し出されたポテトにかぶりついた。もそもそと、先っぽからかじっていく。やっぱり小動物っぽくて可愛らしい。

 こくりとのどの鳴らしてポテトを飲み込むと、少し冷静さを取り戻した声で続きを愚痴り始めた。

「いい? あいつは、私のことを装飾品とした見てないの。しかも、気に入らなかったら自分で加工して、元のデザインの意味とか、バランスとかをぐちゃぐちゃにしたのがかっこいいとか思い上がってる最悪のタイプなのっ」

「それは、……うん。残念すぎるね」

「そうでしょ!! 要は見栄を張りたいだけなのっ! こんな綺麗な彼女を侍らせてる俺ってすげえだろ、って男友達に見せびらかして、優越感に浸ってるのよ、あいつは!」

「自分で、綺麗って言っちゃえるんだ」

「そんな当たり前でしょ!」

 当たり前なんだ……、否定はしないけどさ。

「と、に、か、く。あいつは私と付き合い始めた時点で、満足しちゃってんの。前にお茶したときも、自分の彼女が男連中にくどかれれるのをニヤニヤ笑いながら見物してたのよ! そうやって値踏みしてんのよ。 くぁ~~~、本気むかつくっっ」

 髪を乱暴に振り乱し、半狂乱になりつつある彼女にフライドポテトをやってなだめつつ、ほぅとため息をつく。

 学校での彼女は鉄の女と呼ばれている。いつも憮然として周囲を寄せ付けず、クラス会なんかでの決定には容赦はなく、先輩だろうが先生だろうか、誰に対しても強気に高圧的な態度を崩さない。男子の間では畏敬と皮肉をこめて、女子の間では尊敬と憧れをこめて、女帝、とひそかに呼ばれている。

 だけど、この女帝様は、れっきとした乙女なのだ。同校の生徒からすれば信じられないかもだけど、彼女は結構なロマンチストで、夢見がちである。中学1年のころくらいまで、ある日二枚目男子が転校してきて、その日のうちに告白される場面にあこがれていたくらいだ。

 下駄箱の中にラブレターとか、体育館裏や屋上に呼び出しての告白とか、みんなでカラオケに行ってこっそり二人だけ抜け出すとか、教室の机の端に落書きして文通するとか。漫画や恋愛ドラマみたいな展開が好きだったりする。実際、それらがきっかけで付き合い始めたこともあった。

「けど、彼――いや、元彼氏君の気持ち、若干はわからないでもないかな」

 口の中一杯にポテトをほおばる彼女を見て、ふと思いつきで告げてみる。彼女は案の定、目端を吊り上げたが、口の中を満載した状態でしゃべることには抵抗があって、罵声や罵倒を飛ばすことはない。

 それをわかっているから、意地悪く目じりを緩め、続けて言った。

「だって、こんな素敵な彼女がいたら、是が非でも自慢したくなっちゃうから」

 元彼を弁護する義理なんてない。また、彼女がいつほどか悩み悩んで服を選んだであろうことをないがしろにして、自分の趣味を押し付けたことを擁護する気もさらさらない。

 純粋に、自分がその立場だったら、そうしたいだろうと思ったから口にした。

 彼女は瞬間的に血が登り、顔を真っ赤にする。行き場を失った怒りのあまり持ち上がった肩を小刻みに震わせていた。顔も思いっきり引きつっている。目端はヒクヒクと痙攣し、口元は歪みきって、笑っているようにも見えた。

 待てど、悪態も、制裁も飛んでこない。 身を構えていたが、彼女は細く口を開き、ほとんどため息のように、もう、と呟いた。何が、もう、なんだろう。とりあえずお咎めもなさそうなので気にするまでもないかな。

「あーあ、あんたが私の彼氏だったらよかったのに」

「また、そんな冗談言って。付き合い始めた翌日には張り合いがないとか言って、振られる図しか見えないよ」

「そんなこといわ……、いうかも」

「ほらね」

 冗談めかして、ため息をつく。ほんと、悪い冗談だ。彼女と付き合うなんて、それこそ夢見がちだ。

 すっかり冷めて、油でふにゃふにゃした芋に成り果てたフライドポテトをつまんでいると、携帯が鳴った。

 新着メールを開く。差出人と件名を見て、うげ、と苦いうめき声がもれた。タイミング悪すぎ。反射的に携帯を閉じたが、視線を前に戻すと手遅れだったことを思い知らされる。

 悪戯っ子みたいにニヤニヤした目で見つめてくる。

「あれぇ、もしかして、もしかしちゃう?」

「そういうんじゃない。たまに相談を持ちかけられるだけ。知り合い程度の関係だから」

「謙遜しちゃってぇ。あ、別に気を使う必要ないわよ。私のはもう終わっちゃってるし、よりを戻すとか考えられないし」

「だから違うって」

「そっかそっか。澄ました顔で人並みにやることはやってんじゃん。てっきりそっち系には興味ないと思ってしんぱいしてのに、それも余計なお世話だったみたいね」

 彼女の中ではメールの相手が思い人だと確定しているみたいで、ストローでシェイクを混ぜながら、上機嫌に鼻歌なんて交えている。努めて携帯から意識をそらしていると、ちらちらとこちら見目配せしてくる。メール返さなくていいの? と視線で訴えてきて、正直うっとうしい。

「あぁ、もう……」

 仕方なしに携帯を開く。このままでは、彼女が代筆してあげるなんて提案してきそうだったから。

 メールの内容は、先日のデートで付き合っている彼女を怒らせてしまったみたいだけど、なにが原因かわからなくて困っている、というものだった。差出人としては、よりを戻したいみたいだけど。

「どうしたの? 返信の仕方がわからないって? だったら私が人肌縫いであげるっ。私に任せれば、世間の男子高校生なんて安いもんよ」

 とりあえず、望みは皆無に等しいだろう。それにしても、どうして男って生き物は振られた女にまで執着するんだろうか。理解できないね。

 そんな思いを秘めつつ、取り留めのない返答を打ち、返信ボタンを押した。間一髪、携帯に伸びてきた手をかわす。

「ちぇ。別に隠さなくてもいいじゃない」

「隠す隠さないじゃなくて、そもそもが勘違いだから」

「強情ねぇ。仕方ない。そのうちきちんと聞かせてもらうから、覚悟しなさい」

「はいはい」

 おざなりにあしらって、この話はおしまいにする。

「この後どこいく? 私、ちょっと服見ていきたいかな」

「そう。だったら付き合うよ。店、ひとまず出ますか。割り勘でいいね」

「えぇ、おごってくれないの?」

「おごってほしいなら、見栄っ張りの大学生か、経済力持ったおっさんでも捕まえるんだね」

 ほっぺを膨らませてふてくされる彼女は放置して、頼んだものから会計を計算する。

「一人700円ってとこだね。ポテトは共有財産にしといてあげるよ」

「おお、太っ腹! さりげなく多めに払ってくれる優しさが、男に振り回されて疲れた心に染みいる~~」

「ほめてもないも出ないからね」

 あきれて肩をすくめると、彼女はくすぐったそうに笑った。


「じゃ、いこっか、佳織(●●)


 朗らかな表情で笑いかけた彼女に、つられて不器用なりに笑みを作る。

 彼女がトレイを持って返却口のほうに歩き出す。

 その背中に声を出さす問いかける。

 ねえ、知ってる? 今まであんたに言い寄ってきた男が、誰にけしかけられて告白してたかってこと。

 どうやったら彼女に振り向いてくれるかと聞いた奴もいた。彼氏がいるのか探りにきた奴もいた。あんたにつりあう男になりたいとコンプレックスをさらした奴もいた。ダシに使って近づこうなんて姑息な奴はざらだ。さっきの元彼みたく、交際中に相談を持ちかけてきたり、振られたのに執拗に復縁したがって、一縷の望みみたいに連絡をくれる未練たらしい馬鹿もいる。

 私に声をかけてきた全員が全員、あんたに告白し、付き合い始めた。

 そうなるようけしかけもしたし、落とすコツをこっそり教えたりもした。

 そうすれば、自覚してしまったいびつなこの気持ちが、あんたに届くことなく、平穏に過ごせると思ったから。あるいは、あんたに振られた男をたらしこんでしまえば、うじうじと悩む必要も無くなるのかもしれない。

 この気持ちが出来心だと、そう思えるのかもしれない。

 そうやって思考は堂々巡りを繰り返す。馬鹿だな、と自嘲して、自分のトレイを持って彼女の隣に並んだ。

「また新しく彼氏探すの?」

「いんや。しばらくは男はいいわ」

「その台詞、もう10回くらい聞いた」

 そのくせ、10回とも1週間以内に別の男と付き合い始めたのだから、かける言葉も見つからない。

「あーあ、いっそのこと、佳織が男だったらよかったのに。気遣いができて、他愛のない愚痴もだまってきいてくれて、たまに無意識にむねあつな台詞をささやきかけてくれて、ほら完璧じゃん」

 自然と発せられた言葉にドキッとする。もし本当に男だったら、と想像しかけ、すぐに頭を振ってやめた。

 だって、女だからこそ、気の置けない友人として、そばにいてもいいのだから。


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