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3章 依頼

投稿が遅れてしまい、申し訳ありません…

個人的な用事が重なって、なかなか執筆が進みませんでした。とりあえず推敲が完了した3章をUPします。4章につきましては後日UPしますので、よろしくお願いします。

第3章 依頼


耳障りなアラームに起こされ、布団の中で俺はうっすらと目を開けた。

枕元のスマホを右手でまさぐり、目覚ましを止める。

重たい頭を持ち上げるように起き上がったところで、空気が湿っていることに気づいた。

耳を澄ますと、窓の外から雨の音が聞こえてきた。かなりの土砂降りのようだ。ザァーっと、テレビの砂嵐のような雑音がカーテン越しに部屋に反響している。

雨か…とため息を漏らし、朝日のない薄暗いキッチンに向かう。

冷蔵庫から食パンとハムを取り出し、ハムを食パンにのせてトースターに突っ込む。

トーストが焼けるまでに着替えと洗顔を済ませて、テレビのスイッチを入れた。

土砂降りの雨音とテレビの一方的な話し声を聞きながら、昨日のことを思い出す。

『止むに止まれぬ事情があるの』

店長は確かにそう言っていた。なんにせよ、昨日は俺があの世(喫茶店)に行ってはならない理由があるということになる。

「事情…かぁ」

俺がそう呟いたとき、トースターがチーンと鳴った。

少し焦げたトーストを頬張りながら、頭はその理由を考えていた。

今日はどうせバイトに行くのだから、その時に聞いてみればいいかもしれない。もっとも、彼女が答えてくれればの話であるが。

朝食を終えて手帳を開き、今日の予定を見直してみた。

もちろん「バイト」の3文字しかなかった。

「俺、日曜日にバイトしかないのか…」

ヘヘッと自嘲気味に笑い、再びベッドに潜り込む。バイトまで時間はたっぷりあるし、こんな天気の中、外へ出かける気は皆無だ。無駄にエネルギーを使う必要もないだろう、と休眠体制に入った。


ヴーーッヴーーッ

耳元でバイブレーションが鳴り響く。

霞がかった視界の向こう側に白い天井が浮かんでいる。

時間か…とベッドから出て、アラームを止めた。

アラームの時刻は16時00分。件名は『バイト』である。

乱れた髪を整えてから、俺はスマホを弄って例のURL(QRコードをお気に入り登録したもの)にアクセスした。

接続中の画面の後に『該当するURLは無効です』と文字が表示される

やがて、画面は真っ黒になり『WELCOM TO GHOST CAFE』と白い英文が踊った。


次の瞬間、視界が暗転し、意識が飛んだ。



「………っ」

ひどい頭痛を感じて、意識が強制的に戻される。

天井の扇風機、アンティークな作りの調度品、そして…

「あら、いらっしゃい」

視界の端に、カウンターからこちらを覗きこむ店長の姿が確認できた。口元には相変わらず小さな笑みを浮かべて、ちょうど俺を見下ろすような状態だ。

「…この方法どうにかなりませんかね?」

エプロンについたホコリを払いながら頭をもたげ、彼女に言う。

「こっちにくる方法かしら?」

「じゃなくて…毎回頭痛で起こされちゃたまったもんじゃないんですよ」

「それは無理な相談ね」

俺の述べた希望を、店長はあっさりと一蹴する。

「なんで…」

「生きている魂を冥界に連れてくるだけでも難しいのよ?殺すならいざ知らず、頭痛で済んでいることに感謝されたいぐらいだわ」

コーヒーカップの水気を布巾で拭きながら、彼女はさらっと続ける。

「こ、殺すって…」

「死なないと、肉体から魂は剥離しないのよ?当然でしょ?」

「…………」

ゴクリと息を飲み、俺は顔から血の気が引くのを感じていた。

もしそうだとしたら、現世の俺は…

「安心して。現世のあなたは生きているわ」

カップをコトっと置き、彼女は俺をチラッと見る。そして、俺の反応を楽しむかのように小さく笑うのだった。

「正確には、限りなく『死』に近い『生』の状態よ」

「そんな状態で…こっちに来れちゃうんですか?」

恐る恐る尋ねてみる。

「まぁ、それなりの条件や対価は必要になってくるけど」

「対価…?」

まさか、俺の魂を寄越せとか…と言いかけた時だった。


カランカラン


店の扉に吊るした鐘が鳴る。来客を告げる音色だ。

シルクハットを頭に被り、杖をついた老人が入ってくる。カインベルト伯爵だった。

「ごきげんよう、店長。少し早かったですかな?」

帽子を取り、申し訳なさそうに彼は挨拶をする。

「いらっしゃい。そろそろ店を開けようと思っていたから、大丈夫よ」

「それでは、お邪魔させていただきます。あぁそうだ。千秋寺君、可愛らしいお客さんですよ」

そう言って、伯爵は濃い霧に向かって手招きをする。

と、霧の中から一人の少女が現れた。

薄い茶色の髪に服装はセーラー服、左腕は透けてしまっている。間違いない、九条さんだった。

「千秋寺さん…」

伯爵の後ろに隠れるように、彼女は恐る恐る言葉を発する。本当に来てよかったんですか?と言いたげな声色だった。

「こんにちは…でいいのかな?とりあえずここに座って。カインベルトさんもどうぞ」

玄関で立ち話をさせるわけにもいくまい。俺は二人にカウンター席を勧めた。

「分かりました。さぁお嬢さん、こっちですよ」

カインベルトさんがスッと右手を差し出して、九条さんをエスコートする。すかさず俺は、向かい合うようにカウンターに入った。

「……」

「えっと…何にしましょうか?」

座るなり、九条さんは黙り込んでしまった。何か会話を成立させようと、俺は彼女にオーダーを取る。

「あっ、じゃあ……ルフナのミルクティーで」

カウンターのメニュー表を見やり、少し悩んでから彼女はそう告げた。

「分かりました」

注文を聞いてから紅茶を入れようとした時、視界の端っこでカインベルトさんがいたずらっぽい笑みを浮かべているのが見えた。

君も隅に置けないね。と言いたそうな目線で、こちらの様子を伺っている。

そういうことじゃないんですよ。と、俺は心の中で彼に返しながらルフナ茶葉をポットに入れ、熱湯を注ぐ。

しばらく蒸らした後ティーカップに移し、常温に戻したミルクを少しだけ注ぎ込んだ。

「お待たせしました」

芳醇な香りの立つティーカップを九条さんの前に差し出すと、彼女は「あ、どうも…」と頭を下げる。

「それで、話っていうのは…?」

彼女が紅茶を口にして落ち着いたところで、俺は切り出した。途端に、彼女の顔が緊張する。

「…ある人を探しているんです」

彼女はそう切り出した。

「人……家族とか?」

「いえ、身内じゃないんです」

「じゃあ、友達?」

「………」

再び彼女は沈黙した。紅茶から立ち上がる湯気の、その先の空間を凝視するようにしばらくじっとしていた。

彼女の反応から見て、どうやら身近の人物ではなさそうだ。しかし、成仏できないような未練の対象になりうる人物とは…。

「…言いたくないならいいよ?」

すっかり黙りこくってしまったので、俺が九条さんにそういった時だった。

「私を…轢いた人です」

「…えっ?」

「私を殺してしまった人を探しているんです…」

そう言って、彼女は少し冷めたミルクティーを口に含んだ。





「…恨みとか?」

今度は俺が恐る恐る尋ねる。故意か否かは別として、幽霊が自分を殺した人間を探す理由としてはそれ以外にないだろう。

しかし、九条さんは首を振った。

「恨んでるわけじゃないんです。ただ、気になって…」

「気になる、ねぇ…」

その時、店長が口を挟んだ。

「今更その人を見つけたところで、あなたが生き返るわけじゃないのよ?」

「分かってます!分かってるけど…」

「なら、その人が見つかったとしてなんて言うつもり?『お前のせいで死んだからお前の肉体をよこせ』とでも言うのかしら?」

「店長…!」

いくらなんでも流石に言い過ぎでしょ、と俺は視線で抗議する。

「そんな…ただ本当に気になっただけで…」

そう言って、九条さんは再び視線をティーカップに戻す。

「…轢いた人の特徴とかは覚えてるの?」

耳に響く静寂を破るように、俺は口を開いた。

「それが…はっきり覚えてないんです。帽子をかぶってて、メガネをかけていたことしか…」

「…そっか」

そう言って、息を吐いた。今の段階での手ががりでは足りない。帽子をかぶってメガネをかけた人なんて、現世に一体何人いるのか見当もつかない。

「…すみません、やっぱりいいです。無茶なお願いをしてしまって…」

不意に彼女が立ち上がって頭を下げた。人に話したおかげで自分の言っていることがいかに難しいかを認識したようだ。

「…お金、ここに置いときます。ごちそうさまでした」

そう言ってカウンターに小銭を置き、彼女は店を飛び出した。

「あっ、九条さん!」

慌てて入口に向かった俺が見たのは、深い霧の中へと消えてゆく彼女の小さい背中だった。

「よかったんじゃない?厄介事押し付けられなくて」

投げかけられた店長の言葉に抗議しようと振り返ったが、彼女は澄ました顔でポットを火にかけていた。カインベルトさんはその向かい側のカウンター席で、俺を宥めるような視線を向けている。

「………っ」

著しく戦意を削がれた俺は、カリカリした気分のまま何も言わずにカウンターに入る。

「ふてくされるのはいいけど、そんな顔で接客はしないでちょうだいね」

自分でもわかるくらいに俺は眉をひそめる。確かに店長の言っていることは正しい。正直、大海の一滴のようなことを頼まれなくてほっとしたのも事実だ。

しかし、そんなことは二の次だった。純粋に九条さんの力になりたかった。彼女の話を聞いてあげたかった。それだけだった。

「こんにちは。店長……いつものちょうだい!」

九条さんが出て行った玄関から、この店の常連客が入ってきた。店内に漂う沈んだ空気に若干戸惑ったが、すぐにいつものカウンター席に腰を下ろす。

「いらっしゃい。千秋君、ブラックコーヒーを淹れてちょうだい」

「………」

「…聞こえているの?千秋君」

「あっ…はい!」

九条さんの消えていった霧の中をじっと見ていた俺は、慌ててコーヒーを淹れる。

「…なにかあったのかい?」

「あ、いえ…なんでもないです」

常連客の幽霊が心配そうにこちらの顔を覗き込んできたので、俺は慌てて視線を逸らした。そして、逃げるようにコーヒー豆をミルにかける。

「お待たせしました。ブラックです」

普段よりも少し時間がかかってしまった。それだけ心が動揺しているのだろうと自己分析して、気分が重たくなった。

「気分が優れないようなら、今日はもう上がってもいいのよ?」

あんたのせいで気分が優れないんだよ。と脳内で店長に愚痴る。コーヒーを注文した常連客は状況が読めず、チラッとカインベルトさんを見た。彼はそれに気づかないふりをして、店長が淹れた紅茶の入ったティーカップを口にする。

「千秋寺君」

空になったカップをコトっと置き、おもむろにカインベルトさんが口を開いた。

「少し、話しましょう。ここでは何ですから、店の外へ」

そう言って、カインベルトさんは席を立った。

なんだ?…と俺が首をかしげていると、後ろから店長が声を投げかける。

「行きなさい。こっちは別に大丈夫だから」

感情の籠っていない声だった。心の中で舌打ちをしてから、俺はカウンターを辞去する。

玄関を開けると、外は相変わらず霞がかっていた。そういえば、店の外に出たのはこれで二回目だったなと妙に感心する。

カインベルトさんは玄関を出てすぐの場所にいた。杖をつき、いつものスーツ姿で。

「どうしたんですか?いきなり…」

初めて下りる店先の階段に戸惑いながら、おずおずとたずねる。

「…幽霊が見える、とはどのような感覚ですかな?」

「どう、って……普通に誰かを認識するとか…」

突然質問をぶつけられたこととその内容に、俺は一瞬たじろぐ。

「なるほど…」

おもむろに彼は歩き出す。慌てて俺も後に続く。

「しかし、幽霊からすると決して人には認識されない。どんなに声をかけようと、前に立とうと、あるいは肩に触れようと、絶対にね」

「はぁ…」

俺の前を歩きながら、彼は続ける。

それからしばらく、彼は口を一切開かず黙々と歩き続けた。

「あの…」

「なんですかな?」

「…どこに行くんですか?」

「この世界の入口…と言えば納得できますかな?」

「入口…」

黒スーツの背中を追いかけながら、俺はつぶやくように復唱する。

「カインベルトさんも…そこから来たんですか?」

「幽霊ですからな…昔の話です」

自嘲気味に彼は言った。声は微かに笑っているようだった。



「ここです」

どれほどの時間、あるいは距離を歩いただろうか。そう言ってカインベルトさんは立ち止まった。

遠くから水の音が聞こえてくる。足元を見ると、鏡面のように静かな水面が確認できた。どうやらここは湖の畔らしい。水の音は霞の向こうから聞こえてくる。かなり大きめの湖のようだ。

「生前は結核を患っていましてな…」

不意に彼はそう言った。俺はただ頷くことしかできなかった。

「現世に対する未練としては、愛する妻を残してきたことですかな…」

そう言って、彼は懐から懐中時計を取り出して開いた。

蓋の裏には、若い頃のカインベルトさんとブロンドの女性が映ったモノクロ写真が貼ってある。二人とも幸せそうな表情をしていた。

「君には、未練はありますかな?」

「未練…」

俺がそう言った時だった。

カインベルトさんの姿がブレたと思った瞬間、俺の喉元に彼がいつも突いている杖が突きつけられていた。

「たとえば、この瞬間に君が死んだとする」

何が起きたか理解できなかった。そして、何が起きたか理解した瞬間にどっと冷や汗が流れた。

「君を認識できる人間はもういない、君は幽霊としか話せなくなる。としたら?」

「………」

何も言えなかった。

自分が次の瞬間、有無を言わさず死ぬ。そんなこと考えもしなかった。しかし、そんなことで死んでしまった少女が現実にいる。九条さんの小さい背中を思い出しながら、焼けた鉄でも飲み込んだように胸が苦しくなった。


生きたい。


とっさに生存本能が働いた。

喉元の杖を右手で掴み、胸の奥の苦しみを振り払うように、俺はカインベルトさんを睨んだ。

「…それでいい」

杖をすっと下ろし、彼は静かに微笑んだ。

「君は私と違って生きている。生きている限り、未練はなくせる。逆に言うと、生きるとは未練を持つことなのかもしれませんな」

「………」

「それはそうと、さっきはすみませんでしたな。若い頃を思い出して剣術の真似事をしてしまいました」

微笑んだまま、彼は頭を下げる。俺も釣られてお辞儀を返した。

「さぁ、そろそろ戻りましょう。店長も心配していることでしょうし」

いつもの老紳士らしい立ち居振る舞いで、カインベルトさんは湖を背に歩き出す。後を追う途中で俺は振り返り、湖の水面を眺めた。


――俺も死んだらここに来るのか――


「千秋君?」

遠くで老紳士の声がした。今行きます、と俺は言って湖を後にした。


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