神と呼ばれる女
祐介は登校してすぐに机に屈っぷしながら、うなだれていた。そんな様子を見かねた隣の女子が、
「ねえ新沼君、何かあったの?」と、心配そうに声をかけた。
普段の祐介は活発とまではいかないものの、休み時間に寝るような事はほとんど無かった(授業中は多々あるが)。
祐介は首を起こし「何もない」と言ったが、またうなだれてしまった。
「それ何かある感じだよね。どんな悩みか知らないけど、とりあえず神に聞いてもらったらどうかな?」
「神……か。気乗りしねえなあ……」
神とは、その宗教的風土や伝統的風土の中で醸成された、人知を超えて尊敬……といった大層な物ではなく、よく何かの才能が特出した人に向けられて使われる意味での神である。そして今回の神は恋愛マスターと言う意味である。
神は女性で、高校二年生にも関わらず多くの男性と恋仲になっているという。2つ携帯を所持しており、中はほとんど男で埋めつくされている。その恋愛テクニックはブログで発信されるや否や凄まじいアクセス数を稼ぎ、色々な会社から本を出したいと言われるほどである。
そんな神の元へ、たくさんの女性が相談をしにいく。内容は恋愛だけではなく、友達の悩みや生き方といった多岐に渡る。
祐介は神に会うために隣のBクラスへと赴いた。
廊下では友達と喋っている人もいればトイレに向かっている人、とにかく忙しそうな人まで様々な人がいるが、落ち込んでいる祐介には、まるでこの学校で自分だけが悩んでいるのかも、と思わずにはいられなかった。
「こりゃ末期症状だな……」
そして、あまり目立つのが好きでない祐介は、静かにBクラスの教室のドアを開けた。
その光景を見て、我が目を疑った。
「な……なんじゃこりゃー!」
教室の風景はいたって普通なのである。朝特有の、のんびりとした空気に生徒たちは各々の過ごし方をしていた。……一箇所を除いては。
教室の隅には、紫色の数人が入れる規模のテントがあった。ロウソクが二本飾ってあって、怪しい占い屋のような感じであった。そしてそこの前に10人近くの長い列が出来ていた。
そのテントは、もはや浮いているというレベルではない。そこだけ異次元のような感覚である。
祐介はソローっと教室の中へと入って行き、域を殺しながら、そのテントの入口を少しだけ捲るように開けてみた。
中の光景は更に怪しく、薄暗くしてある明かりに水晶玉やガイコツの頭まであって、「トリックオアトリート!」と言いたくなるような場所であった。
そしてその中に神と、相談者であろう人物がいた。神は普通の制服を着ていた。もっとも、朝だから制服なのであって、夜なら本格的に占い師のような格好をしているのかもしれないが……。
それを見て祐介はガッツリと入口を開けた。
急に暗い部屋に光が差し込んで、神は「え? なに? 何事?」と、驚いた。祐介は、
「おい沙苗、お前こそ何事なんだよ?」と、呆れるように言った。
「おっ! 祐介じゃーん! おいでおいでこっちおいで!」
神は嬉しそうに大きな声を出した。祐介は気を使うように、
「今取り込み中じゃねえのか?」と、聞くと神は「いや祐介は特別だよ。久しぶりじゃないかー」と、屈託のない笑顔で言った。
神とは、名を藤田沙苗といい、祐介の小学生時代の友達である。昔はとにかく地味で、友達が少ないところを、当時から大人の目線を持っていた祐介が、こいつは絶対に面白いと感じて友達になったのである。
そして恋愛マスターである沙苗の容姿はというと……お世辞にも綺麗とは言えない。むしろ可愛くない方の部類に入るであろう。何より体がぷっくりとしていて、ふくよかな体をしている。多少の愛嬌こそあるものの、髪や美容に凝っているというわけでもない。
「それじゃあ失礼すっかな」
祐介は信者と化した生徒をどけて神の御前に座った。
生徒達の中にはずっと前から並んでいる者もいて、急に横から入ってきた祐介が気に入らなく、嫌な顔をする人も当然いたが、神が睨むとそそくさと離れていった。
「お前は尊師か」と、祐介は呟いた。
沙苗はまず、大きなコインケースを取り出し祐介の前に置いた。
「ん? なんだよこれ?」
「これはね、お布施よお布施。ご縁があるようにってね」
「ケチくさ……。沙苗 is not god」
祐介は嫌そうにポケットから五円玉を取り出した。
「なによー、普通の人には500円取ってるんだからね。あんたは昔の馴染みで安くしてやってるのにー」
「さいでっか」
祐介は5円玉を指で弾いてコインケースの中に入れようとした。
が、微妙に外れて外に出てしまった。
それを恥ずかしそうに拾って今度は手でしっかりと入れた。
「……、それでお前は何でお金を徴収してるわけ? 特に金に関してはどうこう言う奴じゃなかったよな」
「ああ、それはねー、私ね、本を書いてるんだけど、それを自分で作って自分で売ろうと思ってるのよー」
「ガキの分際で大人でもやらない! いや、出来ないであろう自費出版をするのかよ! 沙苗 is god!」
でしょーと沙苗は笑いながら言ったが、その眼光は鋭く、嘘をついているようには見えなかった。
そして沙苗の計画性と毎日のコツコツとした積み重ねにより、自費出版の道も目の前にまで来ているらしい。この怪しいテントと内装もお金を取るならそれっぽくという事だと言った。紛れも無く、沙苗 is god である。
「そんなことより、相談はどうするのー?」と、沙苗は言った。
沙苗には相談者に対してガッツク事も無く、かと言って何も考えていないわけでもない、優しい空気がある。
祐介はとりあえず「ってか初っ端にこんな事を聞くのもあれだが、なんでお前はこんなにモテるようになったわけよ?」と、聞いてみた。
「そうね、例えば彼女がいる男がいて、しかもその子が飛びっきりの可愛い女の子だとする。その男は可愛い彼女を持つ充実感と共に、必ず焦燥感があるわけよ」
「何で焦燥感が?」
「理由は、『その子に嫌われたくない』や、『自分がダメになったら捨てられるかも』や、『そもそも飽きられるかも』と、言った感じのがね。」
「なるほどな。それで、お前がモテる理由とどう関係があるの?」
「そういう男が私の所に相談に来るわけよ。どうしたらいい、どうすればいい、って感じでね。そこである程度相談に乗った後、私は囁くように言うわけよ『私なら、どんなあんたでも大丈夫よ』ってね」と、沙苗はどや顔で言った。
「謎のどや顔には殺意が沸いたが……言ってることは流石だな。今の話聞いてるだけでも、お前がモテるって分かるわ」と、祐介は素直に感心して、こいつになら相談できると安心した。
見た目が秀でていない彼女の最大にして最強の武器は、独自に醸し出している田舎のお婆ちゃんのような優しい空気である。人を心から安心させる雰囲気を持っている。男はどれだけダメな自分でも寛容してくれそうな空気に、イケメンからそうで無い男まで彼女に甘えたくなるのである。
「あらありがとう。お礼に小技を教えてあげるわ。携帯で相談メールが来たらどうする?」
「俺はあんまり携帯イジってる方じゃないが、とりあえずすぐに返すかなぁ。でも正解は電話することか?」
沙苗は甘いわねーと言わんばかりに、チッチッチーと人差し指を横に振った。
「どっちもブーーよ。正解は待つのよ。それも結構な時間を。返信は数時間後が基本ね」
「なんで?」
「あんまりすぐに返されると、グイグイと聞かれてる感じがして、相談する方も辛いのよ。相談って、とりあえず聞いて欲しいってのが大半なんだからね。まあ要は、しょうもない相談は話半分に聞いてやると良いわ」
祐介は少し考えながら「じゃあ、結構マジな相談ならどうするの?」と、言った。すると沙苗は当然のように、
「それはね、次の日会って直接話をするの。そうすると、男は又を開くようになるのよ」と、言った。
「男が又を開くって何なんですかね!」
男が又を開くとは、名のとおり完全に女にペースを握られた状態での性行為の事を言う。……と思う、多分。
沙苗は、それは冗談としてーと、一区切り置いてから、
「それで、祐介が私に会いに来た理由はなんなの? なんか死んだ腐った死体のような目をしてるけど」と言った。
「せめて魚にしてくれませんかねえ……。まあ今日来た理由は、ちょっと相談があってだな」
「あらま、これまた珍しい。どうりで死んだ腐った死体みたいな顔をしていたわけだ」
そして祐介は相談の仕方を悩んでいた。──妹が手榴弾構えながら俺の方にすりよって来てさー、飽きたら俺が爆破されるっていうかー、命懸けのお付き合いっていうかさー……と言っても伝わらないであろう。
祐介はとりあえず誰も傷つかずに妹と離れるようにするために、
「お前に、恋愛について聞きに来たんだが。恋愛の綺麗な終わらせ方というか、単刀直入に言うと女の振り方なんだけど」と、聞いた。
「ええ! 恋愛には鈍くて死んだ腐った死体みたいな祐介が恋愛相談ですって!」
「何だよ、俺が恋愛相談したら駄目ってのか?」
「いや、今までに死んだ腐った死体みたいな顔して恋愛相談された事がなかったから」
「さっきから腐った死体言い過ぎィ!」
沙苗はごめんごめんと平謝りをした。そして身を乗り出しながら祐介を見て、
「それじゃあ恋愛相談始めましょうか。とりあえず祐介が恋愛についてどう思ってるか聞きましょうか」と、手を叩いて言った。
逆に質問されるとは思ってなかった祐介は少し考えてから、
「そうだな、言い方は少し悪いかもしれんが、恋愛なんて片方が飽きたら終わりじゃねえの?」と、言った。
「なるほど、要するに両方楽しめないと恋愛じゃ無いって言いたいわけね。それは半分正解で半分間違えてる」
「というと?」
「祐介の意見は振る側の意見なのよ。振られる側は『なんで私は楽しいのに彼は楽しんでくれないの』、『なんで私は好きなのに彼は好きじゃないの』、『なんで私を分かってくれないの』ってなるわけよ」
沙苗は立場の違いによって捉え方が全然違うということを分かりやすく説明した。
祐介は目の前に置いてあるガイコツの頭が自分の未来のように見えた。乙音を下手に振ってしまって、恨みを買い、そしてリア充でも無いのに爆死するという結末を……。
「女は怖いな……」
「いや、今の時代は男もこうなんだよ」
「マジか。そりゃスマンかった」
確かに、今の時代はむしろ男の方が女々しい事も多い。
そして今度は逆に沙苗が少し考えながら、
「いや、でも祐介みたいなサッパリした性格ならバッサリ別れるって言えそうだけど」と言った。
「今回ばかりはそうも行きそうにねえんだよ……」と、祐介は少し困った表情をした。
それもそのはず、祐介が考えなしに乙音へ「無理」ときっぱり言ったその瞬間、文句なしに手榴弾が炸裂するであろう。
「まあ、そうね。私は祐介の事情を知らないし無理に聞く気も無いけど、とりあえず事情を分かってる人に聞いてみたらどうかな?」
「そうだな。そうするよ。ありがとう」と、祐介は素直に礼を言った。
沙苗は含みのある笑顔で、「あんたの場合は特別に優先的に相談に乗ってあげるから、また来なさいと言った」
祐介は少し苦笑いをした。なぜなら、これは今まで彼女に食べられてきた男と同じパターンにはまっているのである……。祐介は、
「そうだな。また相談しにくるわ。ただ今度来るときは絶対に開かないパンツを穿いてくるわ」と、言った。
「ほう、絶対にパンツを下ろせる私と、絶対に開かないパンツの戦いか。こりゃあ腕が鳴るわね」
「そうだな。TBS辺りでやってくれそうな企画だな」
「あら、私になると深夜放送になっちゃうけど良いのかしら?」
これ以上言葉で争っても勝てないと思った祐介は、とりあえずチャックとベルトをキツく締めてから教室を出た。




