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不意打ちの恋

 日曜日になり、乙音と祐介は一緒に買い物をしていた。

「兄さん、今日はありがとうございます」と、乙音は笑顔で言った。

「まあ困ったときはお互い様だしな」

 青凪学園の周りは学生向けの店が多くあり、発展した街並みを見せる。そして娯楽施設もここに集中しているのである。

 乙音は小さなハートのマークが書かれた青いTシャツにGパンというラフな格好をしていた。兄との買い物でおめかしをする方がおかしくはあるが、妹の場合はよほど特別な日以外は、見た目より動きやすさを重視する。

 しかし周りを見ればカップルがたくさんいて、その中に混じっているということもあり、

「こんなに積極的に手伝ってくれるなんて、まるで最近のラノベに多い妹に恋する兄みたいですね」と、乙音は冗談めかしく言った。

「ない! 断じてそれはない! あってはならない! ていうか、お前のあの姿を見てたら無視を決め込む方がしんどくなってくるわ」

 それを聞いて、乙音はそうですかと言い、子供のような笑顔を浮かべた。


 妹は絵を書くのが好きだ。とはいっても特別才能があるわけでなく、賞を貰うような事は今までにない。しかし彼女は何よりも一生懸命やっていて、兄としてひっそりと応援をしていた。

 そしてあまり自分のワガママを言わない乙音が「三脚が欲しい」と言ってきたのである。三脚とは絵を書くときに立て掛ける物の事で、家にはこれが無いので、妹は絵を斜めにして自分の膝で固定しながら書いていた。


 最初は断った祐介であるが、長時間その格好をしている姿があまりに辛そうだったため、それを買おうと決心した。妹は「もう良いですよ」と、遠慮気味だったが、この休日を利用して半ば強制的に買うことにした。


「それで買いたい物は決まってるんだろうな」

「はい。既に兄さんが買おうと行った日から先見は済ませています。30回ぐらいですかね」と、乙音はさも当然のように言った。

「行く回数が多いわ! しかし、それ向こうもかなり困っただろうな。上手くすれば温情でタダで貰えるんじゃないかな」

「はい、良い絵の具をいくつかと高級な筆を何本かを上げますとは言われました」

「もう既に貰ってるのかよ!」


 妹は凄く嬉しそうに「もちろん断りましたけどねー」と言った。


 乙音と祐介は大きなショッピングモールに入った。ここは吹き抜けの6階建てであり、たくさんの有名店が並んでいる。高級施行の店が連なる場所もあれば、庶民に馴染みのある店が並ぶ場所まである。今日は休日ということもあり、カップルはもちろん、友達同士や子供連れ、一人で何かを買いに来た人まで様々な人がいた。

 エスカレーターに乗ると、前に大きな荷物を持ったおばあさんがいた。おばあさんの横には少しの隙間しかなかったが、乙音は器用にすり抜けておばあさんの上に行った。

「兄さん、早く行きましょうよ!」

「はいはい」

 祐介はおばあさんに頭を下げてから乙音の元へ向かった。特に悪いことをしているわけでは無いのだが、普段の乙音なら絶対にやらない事である。


 そして乙音がこれだけ楽しそうにしているのは──親友である小鳥死たかありさんと小学校のときに初めて遊びに行ったときぐらいである。その時は前日からこんなテンションであった。


 5階にたどり着いた。ここはレトロな店が並んでおり、マニアにはたまらない物がたくさん置いてあるが、学生が好んで来る場所ではない。祐介も初めてここに来た。

 そしてそれらの店の中でもいっそうレトロな雰囲気を醸し出す絵画専門店に入った。ここの階は人通りが他に比べて少ないものの、この店は特に静かで、昭和ぐらいで時が止まっているようにさえ思えた。

 入ってみると、独特のインクの臭いと絵の臭いが混じりあって、何故か昔懐かしい気がした。レジにはお祖父さんが一人ぽつんと座っていた。

 そして数ある商品の中から、祐介の脚の長さほどある三脚を購入した。とても持てないという重さでは無いが、確かに男じゃないと辛いと思った。

 レジのおじいさんはまるで孫を見ているような目で「それじゃあまたおいで」と、言った。乙音は笑顔で頭を下げた。

 乙音はよほど嬉しかったのか、静かなこの空間で声を出してはいけないという決まりは特に無いが、礼儀正しい乙音がいつもの倍ぐらいは元気な声で、

「それじゃあ兄さん、寄り道せずに帰りましょうね!」と、言った。

「あのなあ、こんなもん持って入ったら業者さんと間違われるわ」

「確かに。それじゃあ早く帰りましょう!」

「はいはい」


 いつもの優等生な妹はどこへやら、目的の物を買ってからは、

 目をキラキラと輝かせ

 腕を小さく折りたたんだり

 口を小さくきゅっとさせたり

 歌を口ずさんだり

 時折スキップも交えながらと、浮かれる+甘えモードに入っていた。


 そしてショッピングモールから出ようとした時、思わぬ人物が入ってきた。

「あ、あの……、少し話があるのですが……」

 その男は大きなメガネをかけて、いかにも真面目で恋愛体験が無さそうな青年であった。年齢は乙音と同じぐらいで、目の上ぐらいまである長さの、手入れがされていないボサボサの髪に、お世辞にも現代風とは言えない格好をしている。


 そしてその男は乙音の前に立ち、見るからに緊張しながら、

「あ、あの……、、ずっとここで見かけていまして……、気になったと申しますか……」と、腕をぎゅっと握りながら言った。

 この時点で祐介はだいたいの事情を察した。


 そして祐介はこういう愚直に真面目なタイプの男が好きなのだ。自身も今でこそ身なりに軽く気を使うようになったが、以前はどこにでもジャージで行くような酷いものであった。

 その男は祐介がそんな事を考えているとは知らず、祐介を見て震えながら言った。

「えっと……、も、もしかして……、彼氏さんでありますか?」

「いや違うから! ぜってー違うから!」と、祐介は強めに反論をした。

「じゃ、じゃあ……?」

 動揺している男に、祐介は自分が兄という事を伝えた。するとその男は手を叩き、

「ああ、お兄さんでしたか。いや、お兄様でしたか!」と、前向きに言った。

「何か違う気がするが、まあいいか」


 そして男は改めて乙音の方を見て、照れて少し目を外し、また決心して目を見た。しかしまた目を外す。そして目を見る。


 そんな彼一人のやりとりだけで、数分が経過した。


(てか三脚が思った以上に重くなってきたんだが……、置こうにも音がなるのもあれだし……)


 そしてついに男は決心して声を出した。


「あ、あの! 僕、僕と付き合ってくれませんか! い、一緒に絵を書きましょう!」

 祐介は特に何も考えずそれを見ていたが、ある事に気がつきゾッとした気分になった。

 そして乙音は目を離さないまま、いつものようにオッケーであろう答えを出そうとしたのだが「ちょっと待て!」と、祐介が途中で止めた。

 祐介は乙音の唇を指で軽く抑え、何が起こったか分からない男を妹と少し離れた位置まで連れていった。

「な、何なんですか急に!」

「いや違うんだよ。あいつをよく見てみろよ」と、祐介は乙音を指さした。

 乙音は「?」とした表情を浮かべ、男はそんな乙音をジッと見つめた。

 そして顔が赤くなった。

「な、かわいいだろ」と、祐介は言った。

「そ、そうですね。本当にかわいいと思います」

 そして更に、小さな声で祐介は言った。

「こんな可愛い子が、女の子のはずがないだろ」

 少しの沈黙があってから、その男は驚愕した。

「え! ええええええええ!!!! それってどういう意味ですか!?」

「そのまんまの意味だよ。男だよ奴は」

「な、な、なんですってーー!」

 祐介は余りにこの少年が良いリアクションを取るので、少し悪ふざけをした。

「しかもタチが悪いことに男が好きときた。そしてもう既に──何人も貫いてきた。完全にア〇ル専門家だよあいつは。最近流行りの経済アナリストだよ」

 その男はガクガクと震え、何も言えなくなってしまった。

「今ならまだ間に合う。悪いことは言わないから断って来なさい」と、祐介が優しく言うと、その少年は走って乙音の元まで行き、「ごめんなさーーい」と言いながら走って消えてしまった。

 一仕事終えた祐介は充実感に満ち溢れていた。

「ああ、人助けって素晴らしいな! ちょっとあの真面目君には酷だったかも知れんが、まあ結果的に助けた形になるしな」


 この時はまだ、祐介は自身に重要な事が起こっている事に気づいてなかった。それは、理由はどうあれ、乙音から見ればその行為が、自分を男の手から救ったも同然な事に……


「よし、おい乙音! 帰るぞー」

 風を切るように気分良く帰っていた祐介であったが、妹のある異変に気がついた。さっきまで沢山喋っていたにも関わらず、ずっと下をうつむいているのである。

 初めは先程の告白で疲れたのとばかり思っていたが、冷静に考えて何回も告白をされている妹がここまで疲れるのはありえない事で──祐介は下から覗き込むように妹を見た。

「おい乙音、どうしたのか? 体調でも悪いのか?」

 乙音は頬を赤く染めていた。そして目を外すように後ろを向いた。

 まだ何が起こったか分からない祐介は妹の向く方まで行った。すると、今度は妹の方から兄の顔を見た。

 乙音の唇は震え、顔は更に赤くなっていた。そしていつも凛としているのはどこへやら、モジモジしながら落ち着きの無い様子で、手を口に当てながら言った。

「兄さん、どうしましょう?」

 ここまで来てようやく現状を理解した祐介は──

「お、お前もしかして……」

「兄さんのこと、好きになってしまいました」

 妹は完全に恋する者の目になっていた。


 祐介はゆっくりと三脚を置き、その後ろに身を隠した。

「全然見えてますよ、兄さん」


 そんな滑稽な兄を見ても尚、ほほをを染める乙音であった。

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