天の詩ー舞い降りた天使
「き、気楽に笑おうよ~。」
笑うのが苦手だ。
気を遣うのも、相手の気持ちを考えることも。
なにより、今のままじゃなおのことそんなことできる気もしない。
他人は他人。
変に関わらないに越したことはない。
なのに、俺は今、面倒ごとのに顔を突っ込んでいる。
いや、夢なのかもしれない。
それも、彼・・・・いや彼女かもしれないが目の前にいるこのニンゲンに聞けば明らかになるはずだ。
「なぁ、君は何者?」
「私?私はね・・・天使だよ。」
天使らしい。
明らかになった。これはきっと夢なんだろう。
野垂れ死んでるように見えたこいつのことなど無視すればよかったと後悔しつつ、まじまじとその姿を見る。
さらさらの金髪に中性的な顔立ち、加えて白の装束に身を包んでいる。
そして指示した通りに皮のブーツを抱きかかえながら、その天使はへらへらと喋り出す。
「いやぁ、お助けいただいてほんと。もうね、天の加護が使えなくって、困ってたところなんですよ。にしてもよい部屋ですね。ボールに、トロフィー、それに青い服、なんかカラフル。いいね!!」
「困ってたというか、野垂れ死んでるようにしかに見えなかったんだけど。」
いやぁ、と言いながら笑う天使。
帰宅中に出くわさなければと後悔しながら、母の叫び声を聞く。
「飯か・・・・・ええっと天使・・・・君?は腹とか空くの?」
「空かないよ。天使はねぇ、ごはん食べないんだよ。」
誇らしげな瞳の輝きに、少々いら立つ。
「じゃぁ、いよいよだな。俺は飯食ってくるから、窓からとかなんでもいいからもう出てって。天使なんだろ?とりあえず目が覚めたんだし。もう何とかなるでしょ。」
「はぁい。」と呑気な返事をした天使があくびをしながらこちらに手を振る。
部屋の明かりを消し、扉を閉める。
階段を慎重に降りるがやはり足が痛む。
そんな気がするのだ。
「おい、カケル!飯!」
(分かってるよ。)
母さんの声が最近苛立つようになってきてる。
それもこれもこの膝のケガのせいだ。
そうだ。きっとそうに違いない。
だから何も、何もうまくいかないんだ。
そう自分自身に言い聞かせる。
席につき、母と一緒になって手を合わせる。
「「いただきます。」」
カチャカチャと食器と食器がぶつかり合う音だけが響いていく。
「カケル。そろそろクラブに顔出したら?」
伏せたような目は食事ばかりを捉えている。
母はこちらを見ていない。
「まだ・・・・いや俺にはもう無理だよ。ケガだって・・・・・。」
「何言ってんのよ。ケガもう治ってるでしょ?あんたあんまりふざけたこと言ってんじゃないわよ。チームだってきっとあなたのこと待ってるわよ。それに学校からも連絡きたわよ。授業さぼってるでしょあんた。」
目元にかかる影がこちらに圧をかけてくる。
やはり俺を見ようとしていない。
「・・・・・・・・ごちそうさま。」
静かな・・・・・なんだろう。怒りなのか憐みなのか。母のそれすらも苛立ってくる。
席を立ち、部屋に戻る。
真っ暗な部屋
開けっ放しの窓から勢いよく風が入ってきている。
母さんは俺のことなんも分かっちゃない。
ケガも学校のことも。
沸々と湧いてくる情動と先ほどの景色。
抑えられない衝動のまま、拳を寝具に振り下ろす。
「いだ!!!!」
「あぁ?」
天使が腹を抑えながら悶えている。
「お前・・・・・・まだ居たのか。」
「いやぁ、眠くって。ほんと、いい睡眠でした。」
「俺・・・・さっき出てけっていったよな?」
「そうだっけ?」
「そうだ。」
「ええっとカケル~だっけ?・・・・・そんなさ怒った顔しなくても・・・・」
天使が怯えながら剥がされた布団に身を隠し始める。
「怒った顔をしてるんじゃない。俺は・・・・・俺は・・・・現在進行形で怒ってるんだよ!」
思わず再び拳を振るう。
しかしそれは天使を殴ることはなく、壁を凹ませる。
大きな衝撃音にぽたぽと水滴が落ちる音が混じりこんでいる。
天使は両手をあげ、困ったような笑顔を見せる。
そして次にはぎょっとしたような顔で俺を眺めてくる。
(・・・・・くそ!)
「じゃじゃじゃ、その~あれ。私を助けてくれたお礼にさ、私も君を助けるからさ。ねっねっ?カケルは何か困ってることない?」
天使と名乗る不審な彼。
信じてみてもいいのではないか、そう考えるほどに今は衝動性に囚われていた。
こんな変な奴に頼るなんて癪だ。
なのに・・・
「お前は何ができるんだ?」
「そ、そりゃ天使だからなんだってできるよ。空だって飛べるし、幸運をもたらすことだってできる。天の加護があればだけど、天使にできないことはないんだからな。」
腰に手をあて、自信ありげに胸を張る天使。
たらりと流れる汗が気にならないほどの笑顔を顔に張り付けている。
うざい。
やっぱりさっき一発殴っとくんだったなと思いながら、自分の熱が下がってくる感覚を確かに感じる。
「でもお前、さっき天の加護が使えないとかなんとか言ってなかったか?」
黙り込む天使。
天使の間抜けな姿に思わず呆れてしまう。
はぁ、とため息を吐き、ごろんと身を床に預ける。
ぼうっと明かりを見る。
月みたいだ。
冷たくて、綺麗で、なのに不気味で、でも暖かくって。
「何?」
目の前に天使の顔が現れる。
「で、困りごとはあるの?」
黙ったまま頷く。
「じゃぁさ、もう少しだけ私のこと助けてくれない?」
さっきまで見ていた月に天使の黄金色の髪が重なる。
*
翌日。
聞くところ天使にも名前があるらしい。
ウタ、なんでもそんなような大層な名前を君主から授かったとかなんとか。
とはいえ一晩たってば、冷静にもなる。
いまの一度も天使と納得できるものを見せられていない。
しかしウタの手助けをやめようとは思わない。
学校もクラブチームも何もかもから今を身を置きたい、そんな気分だからだ。
巨大な石像がある公園に連れてかれる中でウタに一つ聞いてみることにした。
「お前・・・・天使なんだよな?いまさらだけどそれを証明することってできるのか?」
「証明?今からするよ。ていうかそれをしないと私の困りごとは解決できないからね。はいはい腕出して。」
あまり理解できないまま、ウタの言われるとおりにして、袖を捲り、腕を差し出す。
そうするとウタは、手首のあたりを掴みながら言う。
”譲歩”
変化はない。
それでも確信をもった顔で天使は笑っている。
「うん、やっぱりいけるね。」
そう言いながら、ウタは拳を握ると傍からみてもそこに意識を集中していることがわかるようになる。
すると途端にウタの手首のあたりに光のリングのようなものが一つ現れる。
「カケルにも見えてるかな?これが天の加護。今は一つだけど、私が持てる加護の上限は三つ。ほかの二つは今君に渡した。」
「渡せてよかったぁ」と呑気に言いながら、同じジェスチャーをするように促してくる。
疑心暗鬼のまま、ウタと同様に拳を握り、そこに集中、いや力を籠めるようにする。
ぽっ、と光りながらリングが二つほど現れ、じっくりと眺める。
「まじか・・・。」
重さはない。
しかし確かにそこにある感触はある。
(実体はあるみたいだ。)
探るようにそれを触っていくと削られたような跡のようなもの・・・刻印を確認する。
「なにこれ?文字?」
「そう!ご名答!でも読めないでしょ?上の言語形態だから、下界じゃ見たことないだろうね。」
のほほんと語ってくる天使。
(この加護とかいうやつ簡単に渡していいのかほんとに。人間を信用するねぇ。)
それにしてもほんとに天使だった。
コスプレ野郎とか思ってて申し訳ないなと静かに反省する。
「じゃ早速、加護使ってみようか。私が言うこと復唱してみて。」
「わかった。」
”導きの翼”
そう唱えると、背中側がじんわりと暖かくなってくる。
光が集まり、形を成していく。
「まじか・・・・」
背中に大きな両翼の翼が生えていた。
とはいっても鳥のようなリアルさのある羽ではなく、光りの集合体のような神々しさのあるものであるが。
ワクワクしないわけがない。
「こ、これ・・・・飛べるってこと?」
「イエア。その前にもう一つ。私に続いて。」
”すべてを見通す眼”
ウタはそう言いながら、親指と人差し指で輪っかをつくる。
「ほら、カケルもやって?・・・・・・それを目の前に・・・・・・う~ん、なんというか覗き込むというか。」
急に曖昧な説明。
それでも言われるがまま、指の輪っかを瞳の前に置く。
そうすると、指の輪っかには透明な膜が張られ、虹色で移り変わっていく。
「どう?遠くまで見えるでしょ?」
「ああ。なんか面白いな。」
「それでさ、上空からさ、黄金の光る・・・・・・・・・丸い・・・・なんかそういうやつを探してほしいんだけど。」
「光の玉ってこと?」
「そう!そういうこと。」
テンションをあげながらウタが指を指してくる。
「なんか、アバウトだな。」
「まぁまぁ、そこを何とか・・・・てゆうか見ればすぐにわかるから。そんぐらいわかりやすいから。ほんと頼んます。」
言葉の割にはまったくもって必死さがないな。
やっぱりひと殴りぐらいならしていいんじゃないか。
まぁ、それは飛んでみてからでいいか。
と考えているうちにひとつの疑念が浮かび上がる。
「・・・・・・・・」
「?」
「どうやって飛ぶんだ?これ?」
「ぐっとやって、ぎゃっとして、ぽんだよ。」
思わず腕が動く。
「痛い・・・・・・」
「ああ、すまん。思わずビンタしちゃった。で・・・・・どうやって飛ぶんだ?」
「全然悪気があるように見えなんですけど。・・・・・・まぁいいや。じゃぁ、次は動いてみせるから、先の言葉を思い出しながら見てて。」
ウタは少し離れ、距離を確保するとこちらをじっと見てくる。
「いいよぉ!」
腕をふり、満面の笑みで「いくよー!」と言っている。
そうしてまた視線をまっすぐに直すと、勢いよく走り出す。
そして十分な速度を持った時、足を広げながら大きな一歩を踏み出す。
「ぐっ?」
着地とともに再び大きく体を浮かび上がらせる。
「ぎゅっ・・・・・」
最後、二回目の着地と同時に、勢いに乗りながら斜め上に飛び上がる。
(確かに飛べそう・・・・・・)
顔から落ちる。
「ポン・・・・ですか。」
どんくさいな。
顔から転んだウタはそのまま、ぐったりとしたまま倒れている。
初めて会った時と同じようになる。
「お~い。だいじょぶかー?」
走りながらウタのもとに近づき、膝を折る。
ウタの顔を横に向かせ、ゆっくりと覗き込む。
目と目が合う。
傷はないが、目から涙を滲ませている。
中性的な顔立ちのせいで、いつを切り取ってもそれらしい顔に見える。
可哀そうに。
「まあなんか・・・・・なんとなく分かったわ。ありが・・・・とう?」
「ありがとうで合ってるよ。カケル君。」
わざとらしい作り笑顔を見せてからゆっくりと立ち上がる。
ようは、ホップステップジャンプね。
いけるか?
いや、翼があるんだ。
だいじょぶだ、だいじょぶ。
納得させるように言葉を投げ、肺の辺りに溜め込んでいく。
胸を触り、流れるように指を滑らせていき、膝を触る。
大けがをした。
手術をした。
リハビリをした。
医者はもうだいじょぶと言った。
それでも俺は元に戻れていない。
才能があると言われたサッカーに戻れていない。
メンタルなのかケガが治り切っていないのか。
体が思うように動いてくれない。
(そう、あの日以来、俺は・・・・・・なにも・・・・・)
後ろを振り返り、いまだだらしなくな転がっているウタを見る。
だらしない顔。
力の抜けた体がナメクジみたいだ。
「その姿のどこが天使なんだ?」
「天使にもいろいろあるんだよ~。・・・・・いやさ、気楽にいこうよ。」
ウタを体勢を立て直したかと思うと、再びを頬杖をつきながら寝っ転がる。
小馬鹿にしているのが正直なところだが、自然と口角が上がってくるのが分かる。
気楽にいこう。
あいつみたいに。
「俺、いきます。」
正面に向かい、歩き始める。
少しづつその足を早め、遂には走りだす。
ああ、全速力だ。
痛い。
痛い。
鈍い。
息が荒れる。
行けるか?
ほんとに?
そう自我への不信感をもち始めた時、無意識にも一つ目の大きな一歩を作り出していた。
いわゆるぐっの部分だ。
風が気持ちいい。
汗だ。
次はぎゅっだ。
足を着地させると、体にのった勢いのおかげか二歩目は弾かれるような感覚のまま、自らの体が宙に浮く。
次で、最後。
そこで気づく。
左足。
脳裏にけがをしたあの日のことが浮かび上がる。
ゆっくりと、しかし鮮明に。
それでも目の前の景色は止まらない。
横目に見える景色は、液状化し、自分がスピードに乗っていることがわかる。
行け。
飛べ。
俺は・・・・・飛ぶんだ!!
そうして最後の一歩。
存分に乗った勢いでカケルの体は大きく飛び上がる。
「・・・・・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・まじ・・・か。」
目の前が真っ暗だ。
(ああ、そうか。俺は飛べなかったのか。)
体全体にかかる重力。
それを誤魔化すように陽気な太陽が励ましてくる。
顔にかかる石の粉末。
口に入り込む生暖かい液体。
鼻血か?
痛い・・・・けど、痛いのは鼻だ。
足は痛くない。
遅れてくる荒だたしい息遣いに笑みが紛れる。
走れた。
俺は、飛べた。
今までできなかったのに、今日は・・・・・できた!
右手を握りこみ、左手で膝をさする。
仰向けになり、汗で束になる前髪をかき上げる。
(空が綺麗だわ。なんてね。)
そんな清々しい空にだらしのない声が紛れ込んでくる。
「お~~~~~い。だ~いじょぶ?」
声の聞こえ方からして、おそらくウタの位置は変わっていない。
つまりあいつは、俺を心配しようとしていない。
にっと口角をあげ、勢いよく立ち上がる。
言ってやろう。
盛大に文句を。
「おい!全然だめじゃねえか!」
ウタの顔、俺に困ってるな。
そうだよな。
語気は怒ってるのに、顔は笑ってる。
怖いよな。
俺は気分が良いよ。
「もっとコツを教えろ。もっかいだ!」
「コツ・・・・・・よりも前に、鼻血をどうにかしたほうが・・・・・」
ここで初めて心配するという行為に及んだウタだったが、それは既に後手に回っているということとイコールであった。
溌溂とした顔が既に走り出している。
再び頬杖をつくウタ。
顔を揺らし、まどろんでいく。
そうして何度か飛ぶ練習をしていったが、カケルが上手くなったのは受け身だけであった。
*
一週間が経ち、いまだ翼で空を飛ぶには至っていない。
「てゆうか、聞いてなかったけど探してる光はさ、いったいなんなの?」
「ああ~・・・・・加護だよ。天界から落としちゃった加護。それもポスト君主の加護が下界に落としちゃったから、何としても見つけないとなんだよね~。そうだなぁ~切羽詰まってるのよ。」
「全然、切羽詰まってるように見えないけど。」
「つってもねぇ・・・・焦ってもねぇ~カケルが飛べるようにならないと始まんないからねぇ。」
一向に飛べる気配が湧かないのだから困ったものだ。
いつまでもウタの手伝いをしてる場合ではない。
克服したのだから、もう一度サッカーをしなおさなければ。
それでも乗り掛かった舟だ。やり切ってから次に向かいたい。
それに、男児たるもの一度ぐらい空は飛んでおきたい。
「ほんとはさ、急がないといけないんだよね。君主様の加護は強大だから、誰かが偶然その加護を身に付けちゃったり、ほかの・・・・・天界の別勢力とかに取られたりすると困っちゃうんだよねぇ。」
「それ嫌味で言ってる?」
「そう見える。」
「全然。あほそうに見える。」
そんなこと話していっても、結局はこの翼で飛ばなければ何も始まらないのは理解できる。
しかしまったくもってコツがつかめない。
どう動かせばよいのか、どうしたらこの体を浮かび上がらせることができるのか見当がつかない。
いやもっと言うのであれば、自分に翼がある感覚が湧いてこないのだ。
ただぼんやりとした温もりがあるだけで、自分の体の一部として認識できない。
それでも良好と言えるのは、足の具合だけ。
問題なく走れるし、問題なくジャンプもできる。
「みんな、何て言うかな・・・・・・」
「?・・・・なんて?」
「なんでもない。」
夕刻時、冬の寒さが膝に痛みを与えるようになった時、地震に似た衝撃が地を揺らす。
否、それは地震とは異なる。
横に揺れ、縦に揺れ、景色を歪ませる。
その正体は音。
巨大な雄たけびが響き、人々の鼓膜を震わせる。
「!?ッッッ・・・・・。」
爆発音?
周囲を見渡しても何も見当たらない。
それでも確かに肌に鳥肌が走っていることはわかる。
嫌な汗。
逃げ出したくなるほどだ。
寒さは極まり、白く凍る月がありありと不気味にその白さのまま光り始めている。
「う、ウタ!・・・・な、なんか変だ。」
「だね・・・・・・・・・う~ん、私にも見えてない。でも・・・・・・多分これはあれだな。加護だな。」
「じゃぁ、俺たちが探してるってやつが誰かの手に渡ったってこと?」
「・・・・・・・・・・・・」
「おい!?」
「ホワイトボックス使って周囲を見渡して。」
返事を忘れたまま、指の輪っかを作り出す。
”すべてを見通す箱”
虹の膜を通して、景色を窺う。
声のなる方向を注視し、おぼろげながらも確かな違和感を目視する。
濁ったような透明は季節外れの蜃気楼のよう。
背中に感触が加わる。
ウタだ。
「見つけた?」
黙ったまま頷き、ウタの目を見る。
「だいじょぶ。違和感から目を背けないで。」
「分かった。」
ウタの手の圧が強まってくるのを感じる。
熱いさはあるが、痛みにまではいかない。
そうしてウタは言う。
「ロック。」
ロック・・・・その言葉とともに、先ほどまで捉えていた違和感は違和感ではなくなる。
透明は色を持ち、濁りは鮮やかさに変わる。
「なんだ・・・・あれ。」
思わず声が出たが、そんなこと今目にしていることと比べれば、ほんの些細なことに過ぎない。
「ねぇ、カケル・・・・・今君に、何が見えてる?」
(赤くて・・・・丸い・・・・・・赤子?)
しかし赤子とは似ても似つかない。
角が生え、逆立った体毛が確認できる。
空を隠す大きさとそれに負けない伸びきった尾
何もかもが現実なんてものじゃない。
どれも俺の常識にない。
俺はこれを受け入れられない。
「化・・・・化け物。」
奴はいまだ雄たけびをあげている。
ふとぶとしい声が目の前に在るものすべてにひびを入れていっている。
このままじゃ、
(・・・・・・・・ここが・・・・終わる?)
呼吸を忘れ、口に鉄の味が広まってくる。
「ケル!・・・・カケル!!」
「はッはッはぁはぁ。」
「おい・・・・・見えてるのは化け物か?そうなんだな?よし分かった。じゃぁ、それは私が探すように言われた加護じゃぁない。あれは別の加護だ。だからあれは私とは無関係だ。でもあれは倒さないと、ここはすべてが崩壊するだろう。だから・・・・・・・君の命・・・・私と一緒に賭けてくれ」
「嫌だ・・・・・・・俺は、この生まれ育った景色が好きだ。サッカーが好きだ。家族が好きだ。だから俺は!!」
ウタの腕を掴む。
細いなと思った。小さいなと思った。それと同時に俺の体もまだまだ子供なんだなと思った。
だけど今の俺にしかできないことがあるのなら・・・・
頼ってくれている人がいるのなら・・・・・
俺は力になりたい!!
「ウタ!俺はどうしたらいい!?」
「ありがとう。」
ウタが俺の言葉を噛みしめるように目を伏せている。
そして紡ぐ。
天使の言葉を、俺を突き動かす言葉を。
「おそらく見えてる加護は、”未発達の脳”ってゆうやつで・・・・・私たちが探しいる加護ならあれを倒せるはず。だから今、君に願うのはただ一つ、空を飛んでもらうこと・・・・それだけだ。」
「わかった。つまりその加護を見つければいいってことね。」
大丈夫だ。
きっと飛べる。
だってウタがそう言ってるんだ。
天使が、本物の天使がそう言ってるのだから、人間の俺にだって使いこなせる。
だから何も、失敗なんて怖くない。
”導きの翼”
やはり暖かい。
翼は光の集まりのようだし、じんわりと心までも安らいでくるように思える。
ぐっ
ぎゅっ
ぱっ
ウタが言っていたリズム。
きっとうまくいく。
人間にできないことはある。
でも今掴んでる可能性もできないといってしまえるほどに俺は賢くない。
だから・・・・・
「行ってくるよ。」
頷いてくれる。
こんなに人と間近に接したのは久しぶりに感じる。
ケガをして以来だろうきっと。
さぁ、走れ。
気温のせいか膝が痛む。
ただ大したことはない。
地を蹴る感触がそれは嘘だと教えてくている。
一歩目。
大きく足を開き、助走を十分にする。
着地とともに、もう一度地を蹴る。
体が浮かび上がる。
変な浮遊感だ。
まるで風になったみたいだなんて言ってしまいたいほどに。
体が軽い。
そして三度目の飛躍。
トンと地から足を離し、飛べと唱える。
そうすると勢いに任せて少しばかり浮かび上がる。
「「飛べ!!」」
胸を張り、月に手を伸ばす。
俺に足りなかったのはきっとこれなのだろう。
上を向くこの心意気。
いつまでも下を向いてばかりで、だれからの言葉も、そして今ある現実にも目を向けようとしなかった。
母がいる。
友がいる。
そして俺には今、翼がある。
荒れる息は、冬の寒さに白くなる。
そしてそれは風に流され、体から離れていく。
周囲を見る。
真横に見える大きな石像の耳。
下に見えるウタが米粒のようだ。
風が強く吹き、耳元でビュウビュウと慌ただしい音を聞かせてくる。
「・・・・まじか。」
景色が広い。
世界が遠くにまであることがよくわかる。
そしてそこにある化け物の大きさも再度理解することになる。
”すべてを見通す箱”
さらに高度を上げ、指の輪っかを通して生まれ育った町を見る。
(ほんとに見つけ出せるのか?)
俺はその光の正体を見たこともないし、それが何なのかも実際のところ理解しきれていない。
ただ分かるのは、それを見つけ出すということは現状絶対であるということ。
無い。
光りなんて見当たらない。
夕方だからそこらの家も、明かりをつける時間帯になってきている。
それに田舎だからか木も多いし、開けた田んぼが多い。それがここに何もないということを一目でわかってしまうようにしている。
ほかにあるとするなら白の石で囲まれた空間。
そして思いつく。
この石で囲まれたこの町には、石の巣窟があるということを。
(隠れてるか?)
これまで全く飛ぶことができなかったとは思えないほど、光りの翼は体に馴染んできている。
まるで自分が天使になってきているかのようだ。
しかし飛び回っても、飛び回っても、”すべてを見通す箱”で見つけることができない。
こんなことしている間にも、化け物は叫び続けている。
ジンジンと耳が痛む。
そして町も。
この時、突如として現れた加護の化け物はその存在を誇示するが如く叫ぶことをやめずにいた。
町は壊れ、人の脳を侵していっている。
しかし皮肉なことに、町に・・・・人々に負荷がかかった時というものは思わぬ成長や発見が見つかる時でもある。
「?・・・・・・木漏れ日?」
崩れ始めた石の巣窟から光が漏れ出ていた。
そして何よりその光は、思わず木漏れ日と言ってしまうほどに温かく、切なく、希望の光に見えていた。
であるからカケルはそんな言葉を溢した。
指の輪っかを通してのみ見える光。
それが求めているものかどうかの確証すら必要なかった。
ああ、あれだ。
絶対にあれだ。
そして場所は・・・・・・資料館だ。
「ウターーー!あった!!あったぞ!」
ウタがこちらを見上げながら、走り出している。
「場所は・・・・・資料館!すぐそこの洞窟みたいな場所!」
ウタの元まで下降していき、流れるようにウタを抱きかかえる。
「絶対に見つけたけど、ど、っどうしたら?」
「連れてって!それで私が君にその加護を受け渡す。そうしたら君はあれを・・・・・。」
ウタの瞳には憂いが宿っている。
天使としての立場からなのか、知人としての立場からなのかその目だけでは確かにすることは難しくあった。
しかし唇を噛むような表情に、俺は前者であるように思えた。
ウタを抱きかかえながら飛んでいるせいか、疲労感は増してくる。
数分後、カケル達は暗がりとなる石の巣窟に入り込んでいく。
「寒!!」
指の輪っかを通して、光りの軌跡を辿っていく。
暖色で、橙色に染まる密閉空間。
世界と拒絶されたかと思うほどに巣窟の中は冷え込んでいる。
しかし徐々に温もりが肌に添うようになってくる。
(光が濃くなってきてる。もう少しか?)
奥に進めば進むほど天井は低くなり、飛ぶことが難しくなる。
「あの加護のせいで、細かい石が落ちてきて、飛ぶの怖いでしょ。たぶんもう少しだから、走ろう。」
「わかった。」
ウタの腕に光のリングが現れる。
そして自分の腕にも。
共鳴するように光が燦燦と輝き出す。
「・・・・・・あった・・・・のか?」
「そうだね。これが私たちが探し求めた加護だよ。」
間近になると、加護の力を使わなくともそれを知覚することができた。
光に包まれているせいかその形は定かではない。
しかし目を凝らせば、何とかそれがリング状となっていることがわかる。
「急ごう・・・・。」
ウタはそう言うと、握りこぶしをつくり、腕に現れているリングをもう片方で覆うように掴む。
そして優しく手を開くと、その加護へと・・・光の塊へと手を伸ばしていく。
そうして、ウタの手が光りに届くと、大きく煌めきながらその一瞬視界が真っ白となる。
次の瞬間には、再びウタの声が聞こえていた。
”譲歩”
ウタは黙ってうなずいてくる。
ゆっくりと手を握りこみ、意識を集める。
一つ、また一つと腕に光のリングの輝きが落ち着いていく。
一つは翼の加護。
もう一つは瞳の加護。
そして最後の一つ・・・・
「これは?」
「我が新しき君主であり、他者を滅する能力を有する加護・・・・・”操りし自由と右手”・・・・・だよ。」
「ドミ・・・・・・う~ん。わからん。でもとりあえず使えばわかる?」
グッドサイン。
最後は言葉じゃないらしい。
「じゃぁ、また行ってくるわ。それと・・・・・あれはさ、反撃とかしてくる?」
「反撃?・・・・・・・反撃はできなんじゃないかな。」
ニッと笑い走り出す。
そして再び、その翼で浮かび上がる。
背後からは、ウタの声が聞こえてくる。
「お前はやれる男だぞ!失敗なんか考えんな!前だけ見てろ!」
言葉。
ウタの言葉な気がする。心の底からの。
その声色からあいつがどんな表情をしているかも分かる。
きっと笑い飛ばしてくれている。
肯定的に・・・・・そう捉えてもいいのかもしれない。
男らしいとか、逆に女らしいとかそんなんじゃなくて、楽観的で適当でほんわかとしてるそんな・・・・そんな感じなのだろう。
だから俺も気兼ねなくまた空へと飛びたてる。
「ああ~寒っ・・・・。」
冬はあっという間に夜になる。
月は黄金になり、夜空を彩る。
景色は冷気に纏わりつかれ、寒さに震え、ざわざわと喚いている。
星が近い。
空を飛ぶというのは気持ちが良い。
鼻を通る冷たさは地上よりも厳しい。
そしてさらに高く飛び上がる。
化け物を下に見る。
一向に動く気配はないが、奴が叫び、この町に傷を造ったことで加護を見つけることができた。
感謝とまではいかなくても、多少の気づかいはしてやりたい。
でも、さよならだ。
”操りし自由と右手”
加護の名を唱える。
そうすると、手の内から光の筋が伸び、みるみるうちに形を成していく。
月を背に翼の光りが透けていく。
「なるほどね・・・・・・。」
ウタの探していた加護。
それの持ちうる実体は、一筋の剣であった。
刀身は星空のように煌めき、腕に纏わりつくように柄が肘にまで伸びている。
視線を化け物に向かわせ、迷うことなく直下していく。
腕を折り、体を捻る。
回転をかけ、その剣筋で円を描く。
この日、夜空で二つの月が凛と咲く。
カケルの体は勢いに溶け、まるで月のように円として光り輝く。
一つは夜空に打ち込まれ、もう一つは・・・・・・もう一つの若き月は迷うことなく地表へと下降していく。
そしてそれはいづれは消える。
確かな剣筋が確かな切れ味とともに、”未発達の脳”の化け物を切り裂く。
とどまることなく、夜空を翔けた満月は、奴を切り裂き、浄化させていく。
化け物は光の粒として少しずつ夜空へと浮かび上がっていく。
そしてついに、奴のすべてが完全に消え、凍る夜空へと溶ける。
雄たけびは止み、地割れは治まっていく。
じんじんとある耳の残響は、荒れる呼吸と連動する。
(つ、疲れた。安心したら急に・・・・・・せ、せめて仰向けに・・・・)
・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・
夜空・・・・綺麗だ
月へと伸ばした手。
やっぱ遠いな。
でもだから、綺麗に思うのだとそう理解する。
*
「・・・・・・・・はっ!」
周りを見る。
俺が化け物を倒した場所・・・・・というか化け物がいた場所。
月の位置が変わっている。
少しだけ寝ていたようだ。
背中には石の感触・・・・ごつごつとしていて痛いし、冷たい。
「大谷石、久しぶりに触ったな。」
腕を眺めても光の後はない。
あるのは自分の腕だけ、少し寂しい。
拳を握り、意識を向かわせる。
しかし何も変化は起きない。
あんなことをしたのに、体のどこも痛くない。
ましてや快調なぐらいだ。
どこもかしこも全快で今すぐ動き出したい。
声が聞こえる。
何人もの声だ。
そしてこの声を俺は知っている。
立ち上がり、走る。
坂を駆け上がり、砂利を登り、グラウンドを見る。
人工芝が敷かれ、夜の中で照明がカンカンに光っている。
そこには仲間たちがいる。
仲間たちが練習をしている。
見覚えしかない景色。
人生単位で考えればほんの些細な期間であったのかもしれない。
でも俺にとっては、長くて辛くて・・・この景色に懐かしみを感じるほどのものだった。
だからといってこれを誰かに理解してもらいたいとは思わない。
俺にとっての辛さだから。
俺の器だからこそ感じたそれだから。
他人には関係ない。
負い目はある。
今更、あのグラウンドに足を踏み入れてもいいのか。
そして許しを得ることができるのか。
そんな想像ばかりしてしまう。
チームメイトに監督、誰もがグランドの中に意識を向けている。
だれも俺には気づいていない。
空を見る。
月の位置が低い。
おそらくいたであろう化け物の叫びの跡も見当たらない。
背中に風を感じる。
足を運ばせようとどんどんと吹いてくる。
そして耳に残る残響。
思わずニヤリと口角が上がってしまう。
許されるとか許されないとかそんなことは関係ない。
俺のすることはもう決まっている。
歩き出し、グラウンドに足を踏み入れる。
久しぶりの感覚だ。
「・・・・・こんばんは。監督お久しぶりです。」
*
数週間後
「あれ?カケル?」
「おー。」
「久しぶりに学校きてると思ったら、相変わらず不愛想ね。」
「そうでもないよ。」
じろじろと見てくる。
相変わらずだ。
「・・・・・・サッカーは?戻れた?」
「うん。」
「そ。」
校舎も久しぶりだ。
制服をきて校門を通り抜けるのもなんだか違和感になってしまっている。
しかし自分とは違って、みんなはなんてことなく過ごしている。
であるからふと不安に思う。
何もかも夢なのではないかと。
「ねぇ、またぼーっとしてるわよ。ほらシャキッとしてただでさえ眠そうな顔なんだから。それに背もそれなりに高いんだから目立つわよ。」
俺に話しかけてくるのもこいつぐらい。
たまにはこっちから話しかけてみてもいいのかもしれない。
「なぁっ・・・・・」
「そういえば、サッカー部の人たちが困ってたわよ。練習試合のメンツが足りないって。」
遮られてしまった。
「・・・・・・まだ俺がっつりはやれないんだけど。」
「まぁまぁ少しくらい手伝ってやりなさいよ。しかもうちのサッカー部そんな強い訳じゃないんだし。」
「う~ん。」
週末。
後半残り十分。
ビハインド。
ワントップに置かれて、それなりに楽しませてもらっている。
けど負けるのは癪だな。
とはいえこの強度で膝に手をつくぐらいには体力も落ちてるし。
しんどい。
汗で髪はべたべただし。
膝は転んで砂だらけ。
でも汗が・・・・風に吹かれる汗は心地が良い。
(ラストチャンスかな。)
コーナーキック。
俺が一番背が高い。
「とにかく高いの頂戴!」
確か、ウタが言ってたのは・・・・あれだよな。
あ~あ・・・翼があったら楽なんだけどなぁ。
「ふぅぅう・・・・・。」
来る!
高め
キーパーも出れない。
申し分ない。
「ナイスボール!!」
ぐっ
ぎゅっ
ぽんっ!!




