写真の中の少女
卒業アルバムを開いた時、真紀は自分の顔を見つけられなかった。
仕事が休みの日だった。
真紀は実家の押し入れを整理していて、奥から小学校の卒業アルバムを見つけた。懐かしい気持ちでページをめくった時、違和感を覚えた。
「……誰、この子」
六年二組の集合写真。
本来なら真紀が写っている場所に、知らない女の子がいた。
長い黒髪。白い肌。少しだけ笑っている口元。
でも、目だけが笑っていなかった。
真紀は何度も写真を見直した。
場所を間違えたのかと思った。けれど違う。
そこは確かに、自分が立っていた場所だった。
真紀はスマホで写真を撮り、友人の美咲に送った。
『この子、誰だっけ?』
返事はすぐに来た。
『え? 真紀じゃん』
真紀は固まった。
『違うよ。私じゃない』
『なに言ってるの(笑)』
美咲は本気で言っているようだった。
真紀は気味が悪くなり、アルバムを閉じた。
だが、その日の夜。
もう一度アルバムを開いた真紀は、小さく息を呑んだ。
集合写真の下に並ぶ名前。
そこから、自分の名前が消えていた。
代わりに書かれていたのは、知らない名前だった。
相沢由奈。
「誰なの……」
背筋が寒くなった。
次の日から、少しずつ異変が増えていった。
昔の写真。
卒業文集。
クラスの集合写真。
どれも少しずつ変わっていく。
真紀がいた場所に、あの女の子がいる。
まるで、真紀の記録だけが世界から消されていくみたいだった。
さらに奇妙な事が起き始めた。
真紀のスマホのフォルダ。
昔の写真を開くと、少しずつ知らない女の子が増えていた。
友達と撮ったプリクラ。
修学旅行の写真。
運動会の集合写真。
どの写真にも、相沢由奈が写っている。
最初は端のほうにいるだけだった。
けれど日が経つにつれて、少しずつ真紀の近くへ移動してくる。
そしてある日。
真紀が写っていた場所に、由奈が立っていた。
「……なんで」
真紀は震える指で画面を触った。
削除しても、次の日にはまた戻っている。
気づけば、SNSの昔の投稿まで変わっていた。
『由奈と遊んだ!』
そんな文章が、自分のアカウントに残されていた。
記憶にない。
投稿した覚えもない。
だが、コメント欄では友人達が普通に会話していた。
『懐かしいね(笑)』
『由奈ちゃん大人しかったよね』
真紀は呼吸が浅くなった。
世界が、本当に書き換わっている。
真紀は怖くなり、実家へ向かった。
リビングでは母がテレビを見ていた。
「お母さん、ちょっとこれ見て」
真紀は卒業アルバムを開いた。
「この子、誰?」
母は写真を見たあと、当たり前のように言った。
「真紀じゃない」
「違うよ」
真紀はすぐに答えた。
「私じゃない。この子、知らない」
母は不思議そうな顔をした。
「何言ってるの?」
「だから違うって!」
真紀は思わず声を荒げた。
「私、小学校の時こんな顔じゃなかった!」
母は少し困ったように笑った。
「昔の写真なんて、今と違って見えるもんよ」
「そういう話じゃないの!」
真紀はアルバムを母に押し付けるように見せた。
「見てよ! この子、私じゃないから!」
母は写真を見つめたあと、首を傾げた。
「でも、真紀にしか見えないけど……」
真紀は言葉を失った。
母は冗談を言っているようには見えなかった。
本気で、“この少女が真紀だ”と思っている。
「お母さん……私のこと、分かるよね?」
真紀がそう聞くと、母は少しだけ黙った。
そして、不安そうな顔で言った。
「真紀、大丈夫?」
その言葉が怖かった。
まるで、自分だけがおかしくなっているみたいだった。
それから真紀の存在は、少しずつ薄くなっていった。
同級生が昔話をしなくなる。
昔の写真から真紀が消える。
卒業文集の作文も変わっていた。
会社でも変化は起きた。
「あれ? 真紀さんって、こんな顔だったっけ?」
同僚にそう言われた時、真紀は笑えなかった。
社員証の写真も変わっていた。
そこには、相沢由奈が写っていた。
「……嘘でしょ」
名前は朝倉真紀。
だが、顔だけが違う。
会社の誰も、その事に気づいていなかった。
家に帰り、鏡を見る。
自分の顔は変わっていない。
少なくとも、真紀にはそう見えた。
けれど、不安だった。
本当に、自分は自分なのか。
そんな事まで分からなくなっていた。
ある夜、真紀は一人で酒を飲んでいた。
テーブルの上には卒業アルバムが置かれている。
見たくないのに、そこにあるだけで怖かった。
「返してよ……」
真紀は涙声で呟いた。
「私の人生……返してよ……」
その時だった。
パラ……と音がした。
卒業アルバムが、勝手に開いていた。
集合写真のページだった。
あの女の子が、こちらを見ている。
真紀は息を止めた。
その瞬間、強い眠気が襲ってきた。
視界がぼやけていく。
真紀はそのまま床に倒れ込んだ。
そして
「真紀! 遅れるよ!」
母の声で目が覚めた。
真紀はゆっくり目を開けた。
見覚えのある天井だった。
小さい頃の部屋。
机。
ランドセル。
カーテン。
全部、昔のままだった。
真紀は飛び起きた。
鏡を見る。
そこには、小学生の自分がいた。
「……嘘」
今日は入学式だった。
真紀は混乱したまま、母に連れられて学校へ向かった。
桜が咲いていた。
春の匂い。
小学校の校門。
全部、記憶の中と同じだった。
「真紀ー!」
後ろから声がした。
振り返ると、小学生の頃の同級生達が笑いながら走ってきた。
「同じクラスになれるかな!」
「ランドセル綺麗やな!」
みんな、昔のままだった。
体育館に入り、入学式が始まる。
先生が新入生の名前を読み上げていく。
「朝倉真紀さん」
「はい」
真紀は立ち上がった。
窓の外では桜が風に揺れている。
新しい教科書の匂い。
子供達の笑い声。
体育館のざわめき。
全部、本物みたいだった。
真紀は自分の小さな手を見つめた。
私は相沢由奈に負けたのだ。
果てして、これは夢なのか、現実なのか、、(終)




