自分の中で答えは決まってるのに相談するの、やめてもらえませんか
私は婚約者にうんざりしていた。
私の婚約者は伯爵家の令息ディザイ・ワンサー。顔立ちは整っており、高い鼻が特徴的な男だった。
鼻が高いからといって自慢好きとは限らないけど、残念ながらディザイは自慢が好きなタイプだった。
ディザイは私によく相談を持ちかけてきた。
「ソリーナ、今晩は肉を食べるか魚を食べるか、迷ってるんだけどどっちがいいと思う?」
自宅のシェフに注文するのだろう。
「今は漁が盛んな時期で、脂ののった魚を食べられるので、魚がよろしいかと」
私も婚約者のために、自分なりに考えた回答を返す。自信もあった。
しかし、ディザイは――
「いや、今家にはコルネ牛の肉があってさ。あれをステーキにすると最高にジューシィなんだよな。ってわけでステーキにするわ」
コルネ牛とは、最高品質の牛肉ブランドだ。希少だから貴族だからといってそう簡単に手に入る品ではない。
そんな肉があれば、私だって肉を食べたくなるだろう。
というか、だったらなぜわざわざ私に相談したんだろう……。
こういうことは他にもあった。
「今夜のパーティー、スーツは白の方がいいかな、黒の方がいいかな」
私は答える。
「会場のお屋敷はしっとりした場所ですし、黒の方が合うのではないかと」
だけど、ディザイはこう返す。
「最近、有名な職人に頼んで新しい白スーツを仕立てたんだ。みんなに見せびらかしたいから白いのにするわ」
「そうですか……」
最初から白にすると決まっていたのに、私に相談していた。
ディザイは絵画の趣味もあり、コンクールに出す絵について悩んでいた。
「ソリーナ、絵の題材をどうするか悩んでるんだ。ちなみにテーマは『幸せ』なんだが……」
「『幸せ』ですか……。でしたら、人と人同士の触れ合いを描くのはどうでしょう? たとえば街ゆく人々の様子を描いてみるとか……きっと審査員の心を打つと思うんです」
「ふーん、街ゆく人々ね」
ディザイからの反応は悪くなかった。
ところが、実際にコンクールに出された絵はステーキの絵だった。私の意見の要素などどこにもない。
「やっぱり幸せといえば食うことだろ! 最初から決めてたんだ!」
鼻高々に笑うディザイを見て、私は心底呆れた。
最初から意見を取り入れる気がないのなら、なんで私に聞いたのか。
ちなみに、この絵がなんらかの賞を取ることはなかった。
もちろん、私が意見した通りになったこともあったけど、それはディザイの考えと私の考えがたまたま一致していただけに過ぎない。
ディザイが私に意見を求めていないことは明らかだった。
そして、ついに――
「ソリーナ、相談がある。実は非常に可愛らしい令嬢を見つけてな。はっきり言って、お前以上に好きになってしまったんだ。どうすればいいと思う?」
いつかこうなることは分かっていた。
この男は好色で、傲慢で、私のような自分の意見を持つタイプの女性を好きでないことは分かっていた。
だから、私は言ってやった。
「自分の中で答えは決まってるのに相談するの、やめてもらえませんか」
ディザイはたじろいだけど、すぐにこう返してきた。
「……ふん。じゃあ、答えは決まってる。ソリーナ・リテュード、俺との婚約、なかったことにしてくれ」
「分かりました」
こうして私のディザイとの関係は終わった。
私の実家は子爵家で、伯爵家であるディザイに強く抗議することは難しい。
向こうの有責でありながら、「婚約破棄」という非常識な行為に対してあまりにも少ない慰謝料を受け取り、この話は水に流されることとなった。
***
婚約を破棄されてから、しばらく経った。
新たな相手を見つけようと社交を頑張った時期もあったけど、経歴に“バツ”がついた女はどうしても敬遠されてしまう。成果を上げられないまま時間だけが過ぎていった。
一方のディザイは私との婚約を破棄した直後、アミリィという男爵令嬢と婚約した。
一度見たことがあるけど、軽薄という言葉が服を着ているような令嬢だった。
『アミリィ、相談があるんだ。AとB、どっちがいいと思う?』
『私はディザイ様の好きにすればいいと思いまぁす!』
『ふふふ、そうか。じゃあBにしよう』
『ディザイ様のすることはなんだって正しいわぁ』
こんな光景が目に浮かぶ。実にお似合いな二人だ。
それはさておき、自分のことを何とかしなければならない。
私は決心した。
誰かに相談なんてしない。自分のことは自分で決めて生きていく。もう一生独り身でもかまわない。
だから、猛勉強して事務に関する資格を取った。
これでひとまず自分一人でも生きていくことはできる。
鏡を見た。
ダークブロンドの長い髪に、ココアブラウンの瞳、どちらも両親から受け継いだ私のチャームポイントだ。
だけど、その顔はとても貴族令嬢とは思えないほど険しい。眉はどこか吊り上がっており、眼はギラギラとした光を帯びている。
……だけど、これでいい。
誰にも相談しない女というのは、こういう風貌なぐらいでちょうどいい。
***
ある日、私は公爵家であるヴェルドート家が秘書を募集しているとのお触れを見る。
私は応募してみることにした。
試験会場となるヴェルドート家の本邸には、身分を問わずおよそ数百人の人間が集まった。
全員、最低でも事務関連の資格を持っているエキスパート。身分や縁故がアドバンテージになることもない。受かる可能性はほとんどないと思っていた。
だけど、合格してしまった。
私は晴れてヴェルドート家の秘書になることができた。
秘書になったので、私は住み込みで働くことになる。
私が秘書としてつくのは、ヴェルドート家次期当主と目されるレブラント・ヴェルドート様だった。
レブラント様はふわっとした質感の明るい金髪の持ち主で、垂れ目で穏やかそうな顔立ちをしていた。
実際に話してみると、抱いた第一印象は間違っていなかったことが分かる。
「採用してから知ったんだけど、君はリテュード子爵家のご令嬢だってね。驚いたよ」
「なにか問題でも?」
ついトゲのある言葉を吐いてしまった。自分の境遇に対して未だにコンプレックスがあるのだと、情けなくなる。
しかし、レブラント様は朗らかに笑う。
「いや、君の実力はすでに試験で証明されている。なにも問題はないさ」
「……はい」
私の“バツ”についてすでに調べはついているでしょうに、触れないでくれる。その心遣いがありがたかった。
だけど、秘書としての日々はやはり忙しかった。
さまざまな事務仕事をし、レブラント様のスケジュールを管理し、時には領地巡回に付き添う。
ただし、苦痛ではなかった。むしろ、今までの嫌な思い出を忙しさの中で忘れられるような、そんな心地よさに包まれていた。
レブラント様はほんわかした雰囲気のお方だったけど、とても仕事はできる人だった。
領民のことをよく考え、家族や部下との仲も良好で、私が仕事で行き詰まっていると絶妙なタイミングでお茶を入れてくれたりする。
「ひと休みしたら?」
「あ、ありがとうございます」
さっきまでその場で足踏みしていたのに、ひと休みしたことで、私の仕事の効率はぐんと上がる。
よく人を見ている人だなぁ、と私は感心した。
一方で、レブラント様は私に相談してくることが多かった。
「ソリーナ、今夜は肉と魚、どっちを食べようか迷っているんだ。どっちがいいと思う?」
かつての婚約者ディザイを思わせる質問だったけど、私は真剣に答える。
「お肉がよろしいかと。今はいい牛が出荷される時期ですし、いいお肉を食べることで、英気を養うことができると思います」
「なるほどね。よし、肉にしよう!」
私は驚いてしまう。
「……え? そんな簡単に決めちゃうんですか?」
「そりゃあ、決めるために君に相談したわけだし、それに君の意見は妥当だと思ったからね」
「……」
今晩の食事をどうするか。それだけのことだけど、私は自分の意見が採用されて嬉しかった。
別の日には、こんなことを聞かれた。
「ソリーナ、今日はネイバー卿と会食があるんだけど、ネクタイの色はどれがいいと思う?」
赤、青、黄、白、黒……さまざまな色のネクタイが並んでいる。
「青はいかがでしょう?」
「へえ、なぜ?」
「ネイバー卿は海がお好きと聞いたことがあります。青色のネクタイをつけていれば、卿も海のことを思い出し、気持ちが安らぐのではないかと」
「いいね。青でいこう!」
私の意見が聞き入れられ、会食も大成功だったという。
「ネイバー卿が僕のネクタイを見て、久しぶりに海に行きたくなったって言った時は驚いたよ」
こう言ってもらえた時は本当に嬉しかった。
またある時は、部屋が殺風景だから、飾りが欲しいと相談を受けた。
私は「観葉植物はいかがでしょう」と答える。
結果、レブラント様の書斎には、パキラという丈夫な植物が置かれることとなった。
「仕事が忙しい時も、植物を見ると心が和らぐね。置いてよかった」
「ありがとうございます」
しかし、時にはレブラント様と意見が分かれることもある。
「来期の予算について……君はそういう意見か」
「ええ、私はこう思います」
「よし、徹底的に議論しよう」
「望むところです」
何時間も侃侃諤諤の意見を交わし、一つの結論を導いたこともあった。
少しも嫌な気分にはならない。むしろ、私の体内は充実した疲労感で満たされていた。
ディザイの婚約者だった頃とは違う。頼られて、対等なパートナーとして扱われることが嬉しかった。
そんなある日の夜、邸宅にて今日も一日の業務が終わる。
椅子に座るレブラント様が優しく微笑みかけてくれた。
「ソリーナ、今日もお疲れ様」
「レブラント様こそ、ますます次期当主としての貫禄に磨きがかかっておりますね」
「ありがとう」
しばらくはお茶を飲みながら、当たり障りのない雑談をする。
が、突然レブラント様が切り出す。
「僕は君にはいつも頼りっぱなし、相談しっぱなしだ」
「いえ、そんな……」
そして、いつになく真剣な眼差しで――
「だけど……たまには僕に相談してくれてもいいんだよ」
私の心の芯――急所を突く言葉だった。
私はあの婚約破棄以降、誰にも相談しないでも自分一人で生きられるようにしてきたつもりだった。
しかし、今ここに、私を受け入れてくれる男性が現れてくれた。
もう虚勢を張る必要はない。辛かったら、苦しかったら、目の前のこの人に相談すればいい。
「私は……私は……ううっ……!」
泣いてしまった。だけど恥じることはない。私はもう、一人ではないのだから。
私は全てを打ち明けた。
本当は、あの婚約破棄が悔しくて悔しくて仕方なかったこと。
自分一人で生きていくと決意したけど、本当は誰かに頼りたかったこと。
そして、レブラント様に仕えることができて、今は幸せだということ――
全部吐き出したら、スッキリした。
ハンカチで涙を拭くと、レブラント様が目を丸くしている。
「どうしました?」
「ひょっとしたら、今の君こそが、本当の君だったのかもしれないね」
手鏡を渡され、自分の顔を見てみる。
すると――
ダークブロンドの髪に、ココアブラウンの瞳はそのままに、自分でも驚くほど穏やかな顔立ちをした自分がいた。
そういえば、昔の私はこんな顔をしていた気がする。
私は目を細め、思わず「お久しぶり」とつぶやいていた。
***
およそ一週間後、私はレブラント様の書斎に呼ばれた。
「これを見て欲しい」
テーブルに並べられた書類は、何枚にも渡る調査報告書だった。
「これは……!」
ディザイと今の恋人アミリィが、ワンサー家の金庫から勝手に金を持ち出し、用途をごまかしつつ、自分たちのために散財していることを示している。
服を買い、宝石を買い、馬車を買い、二人で過ごすための別荘を建て……。
貴族の財は元はと言えば領民の血税だ。到底許されることではない。
「君からこの男の話を聞いてすぐに、こういうことをやる奴だと確信した。調べさせたら、案の定だった。君に相談もなく、事を進めてすまない。どうしてもあの男に対する憤りを抑えられなかったものでね」
「いえ……」
普段のレブラント様なら“彼”などと言いそうだが、“男”や“奴”呼ばわり。
レブラント様らしからぬ強い物言いだったが、私のために怒ってくれたという事実が嬉しかった。
「さて、ここからは君に相談したい。これらの証拠、君ならばどう使う?」
私は思わず噴いてしまった。
こんな相談を受けるのは初めてだった。
もはやディザイは調理場に運ばれた魚のようなもの。あとは私がどう料理するかだけど――
「新聞社にでも持ち込んで、大々的に彼らの不正を暴くという手もありますが、私の趣味ではありません。ディザイの父に、そっとこの証拠を送りましょう。『どうすべきか、あなたになら分かるはず』という手紙とともに」
レブラント様はうなずいた。
「それでいこう。さすが、君のやり方はスマートだ」
「あの男と違って、自分を誇示するのは好きじゃありませんから」
後日、レブラント様と私は、ディザイの父であるワンサー家の当主にこれらの証拠を送りつけた。一枚の手紙を添えて。
これに当主は大いに怒り、ディザイを問いただす。
当然しどろもどろになってしまい、身辺を調べられ、あらゆる不正が白日の下に晒される。
『もはやお前は息子ではない。我が家を蝕む汚らわしい害虫だ。害虫は入念に駆除するしかあるまい』
『そ、そんなっ……お許しを!』
ディザイは最悪レベルの横領犯として、北の果てにある最も過酷とされる鉱山に送られた。
アミリィもまた共犯として、辺境にある修道院送りとなった。
もはやディザイは、他人にどう相談しようが、どうすることもできない身分になってしまったわね。
***
ディザイの一件が片付き、しばらくして、私はレブラント様と雑務をこなしていた。
ふと、レブラント様が私に言う。
「君に相談があるんだ」
「なんでしょう?」
ここまではいつもやっているやり取りだ。
「僕は君のことが好きで、できれば秘書ではなく夫人にしたいと考えている。どうすればいいと思う?」
いきなり“いつも”が消え去った。
あまりに前代未聞の相談に、私は笑みをこぼしてしまう。
普通では考えられないけど、この人らしいと言えばこの人らしい。
そして――
「自分の中で答えは決まってるのに相談するの、やめてもらえませんか」
ついあの時と全く同じ台詞を口にしてしまった。ただしあの時とは違い、笑顔で。
レブラント様もまた、私と同じように笑う。
「そうだね……その通りだ」
レブラント様は私をまっすぐに見据えて、こう言った。
「ソリーナ、僕と婚約を交わしてもらいたい」
もちろん、私の中でも答えは決まっている。
こんなの、相談するまでもないわよね。
おわり
お読み下さいましてありがとうございました。




