第8話 やよいの目
比叡山の戦いが終わり、俺は山賊狩りで治安維持に努めながら、小銭を稼ぐ日々を送っていた。
そんな折、伴六之助と連れの娘が西の山賊に関する情報を持ち込んできた。娘は俺の顔を見るなり、「この前の比叡山での殿様、凄かったよ! あんなに前に出る人、初めて見た。かっこよかった」と無邪気に笑う。
「……ありがとう。あの時は必死だったからな」
「娘ではないです。やよいといいます。必死って言うけど、私には笑っているように見えたけど」
「やよいか、覚えておこう。しかし笑っていたなどと……そんなに近くにいたのか?」
俺の問いに、彼女は「私は遠くが見える女なの」と悪戯っぽく微笑んだ。どうやら特別な力を持った娘らしい。
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西の山賊は五十人ほどの集団で、砦はちょっとした山城のような構えだった。今回の志願者は、先の戦で死者を出した班から募った二十五名。荷車を引いて現場へ向かう途中、六之助とやよいが道に待ち構えていた。
「なんだ? 言っておくが、戦闘に加わらせるつもりはないぞ」
釘を刺すと、やよいは「見える状況を教えるだけ」とあっさり答えた。
「砦の中まで見えるのか?」
からかい半分で尋ねたが、彼女は真剣な顔で「人の集まりを感じるの」と言った。まるで赤外線センサーのような能力だ。
「それは使えるな。この地点から何がわかる?」
「建物の中央あたりに小さな塊。主に左側の屋敷に大きな塊。入口には数名いて、一番薄いのは北側、あとはまばらよ」
俺が気配で感じ取っていた配置と、おおよそ一致している。これは使える。スカウトしようか、と頭の片隅で考えた。
「わかった。あとは安全な場所にいてくれ」
そう告げると、六之助が「殿様、妹が出しゃばってすみません。でも、こいつの見立ては割と正確なんですよ」とフォローを入れてきた。
「参考にさせてもらう」
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俺は隊を前進させた。まず北側から侵入し、正門までの邪魔者を排除する。門番の四人を片付けて門を開放し、左の屋敷へと突撃した。術で麻痺をかけ、首を一突きにしていく。四十人ほどを片付け、いよいよ奥へと踏み込んだ。
奥の間では七人の坊主が酒を酌み交わしていた。
「山賊狩りだ、坊主ども! 浄土へ送ってやるから覚悟しろ!」
叫ぶと、奴らは刀を抜いた。一応は使えるようだが、所詮は酔っ払いだ。俺は傍らにあった木の棒で奴らを殴り倒し、まとめて気絶させた。役所に突き出すことにする。同行した有志たちが丁寧に残敵を処理し、別の者が印の赤い紐を付けていく。隠れていた者も、三人組の槍兵が手際よく対処した。
全員の処分を終え、死体を埋葬するための穴を掘る。戦利品を荷車に積んで帰りの支度をする俺たちを、捕らえた七人の坊主が虚ろな目で見つめていた。今回は女がいなかったので、随分と気が楽だった。読経を上げ、埋葬を終えてから、縛り上げた坊主を馬に繋いで引いていく。
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奉行所の近くまで来ると、六之助たちが待っていた。俺はやよいに「あとで話がある」と伝えた。
「やだー、惚れた!?」と彼女は自分を指さしてふざける。
山賊を役人に引き渡し、大和屋利平の手下に買い取りの連絡を入れて、有志たちは寺へと戻っていった。
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屋敷に戻って身支度を整えた俺は、控えの間で待っていた六之助たちに報奨金を渡した。それからやよいに向き直り、単刀直入に告げた。
「俺に仕えないか?」
「殿様の妾にしてくれるなら、タダ働きでもいいよ」
あまりにも直球な答えだった。俺は思わず頭をかく。
「……なぜそこまで。思い切ったことを言うな」
「私、強いものが好きなの。魂を揺さぶられて、胸の奥が苦しくなるくらい興奮するんだもん」
また直球だ。
「わかった。妾にしよう。その真っ直ぐな気持ちに応えることにする」
「……えっ、本当にここにいていいの?」
「部屋を与える。ついてこい」
俺が立ち上がると、六之助が「お頭に報告してきます。それと……妹を、よろしくお願いします」と言い残し、静かに部屋を出た。
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家の者に世話を言いつけ、俺はやよいを連れて春のところへ向かった。
「春、このやよいを妾として側に置くことにした。よろしく頼む」
お付きの者が「殿様、姫様には順番というものが……」と口を挟んだ。
「もちろん考えている。春をないがしろにするつもりはない」
春は静かに微笑んだ。「殿様の仰せの通りにいたします。やよいさん、よろしくね」
「はいっ」とやよいが短く返した。
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「殿、部屋の用意が整いました」
案内が来たので、やよいをそちらへ向かわせた。二人きりになったところで、俺は改めて春と向き合った。
「春、あの者は忍びだ。特殊な能力があってな。仕えるよう伝えたら、『妾にしてくれるなら』と返ってきたので、そうすることにした」
ありのままに話すと、春は穏やかに言った。
「殿が惚れたわけではないことは分かりました。……ですが、私はずっと前から貴方に惚れております。そのことを、忘れないでくださいね」
まだ幼さの残る身体で発した言葉には、不思議な重みがあった。
「……もちろん。春が一番だ」
俺はそれだけ告げて部屋を出た。見送りに来たお付きの者に「今宵、渡る」とだけ伝え、自室へ戻った。
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翌朝、隣で安らかな寝息を立てているお春の寝顔をしばらく眺め、そっと起き出した。気配に気づいたのか、彼女も目を覚ました。急に恥ずかしくなったらしく、慌てて身支度を整えると、ろくに挨拶もせず奥へと消えていった。
俺も自室に戻り、今日の仕事の段取りを確認する。食事を終えて屋敷内を歩いていると、やよいを見かけたので「よく眠れたか」と声をかけた。
「……くんくん。……若い女の匂いがする」
彼女は鼻を膨らませてそんなことを言う。
「やよい、屋敷用の服を揃えろ」
「多分、兄様が今日届けてくれると思うよ」
「そうか、潜入もしていたのか。……それと、今宵はお伽を申し付ける」
さっきまで大胆だったやよいが、耳まで真っ赤にして俯いた。そのそばを離れ、俺は供を連れて外へと出た。
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京の治安は相変わらず芳しくない。周辺の散歩を兼ねた見回りだ。堺方面へ向かう道を歩いていると、聞き慣れない言葉と、たどたどしい日本語が聞こえてきた。
声の主は南蛮人だった。坊主に喧嘩を売られているようだ。面白そうなので成り行きを見ていると、二人とも一歩も引かない。むしろ南蛮人が押している。地球を半周してくるような連中の根性は半端ではない。対して今の坊主は学もなく、ヤクザのような暮らしをしている者が多い。理論武装もできない自堕落な男が、勝てるはずもなかった。
言い負かされた坊主が逆上し、手を上げようとした瞬間、俺は小石を拾ってその手首に投げつけた。坊主がこちらを睨みつける。
「貴様! あのような邪教の肩を持つのか!」
「そこの偽坊主。貴様、何も学んでいないな。仏教の知識すらろくにないではないか。紛い物が仏教を代表するなど、日の本の恥だ」
俺は低く続けた。「負けをうやむやにしてやるから、さっさと消えろ」
「覚えてろよ!」
定番の捨て台詞を残し、偽坊主は逃げ去っていった。
「暴力を止めてくださり、感謝します。しかし……あなたは本物の仏教をご存知なのですか?」
南蛮人が話しかけてきた。
「本物の仏教を修めた人物の話を聞いたことがある。だから偽物はすぐわかる」
「私、ルイス・フロイスと申します。貴方様は?」
「那須資晴だ」
名乗ると、フロイスは目を丸くした。
「おお、あの『那須の弓鬼』ですか」
「貴方も有名ですよ。日の本を世界に紹介している人としてね」
「これは手厳しい。私はスパイではありませんよ、ただの見聞録です」
「その通りだ。俺もそう思っている」
俺はそれだけ言い残し、その場を後にした。




