第7話 鬼、比叡を往く
数日後、例の砦から若者と中年の男が鷹司邸を訪ねてきた。
「伴資定と申します。控えにおりますのは伴六之助。以後、お見知りおきを」
「よく来てくれた。俺は那須資晴だ。今日ここへ来たということは、仕事を受けるということでよいのだな?」
俺の問いに、資定は慎重に答えた。
「内容によります。こちらも人材に限りがございますゆえ」
「仕事は情報収集だ。山賊の拠点や、敵対勢力の戦支度の動き……そのあたりが主になる」
「山賊と、反織田の動き……でございますか」
「山賊を狩れば金になるし、治安も良くなる。反織田の方は数が多すぎてきりがないが、特定の家を指定するつもりだ。荒事は一切なしでいい。それは俺の仕事だ。無理をして命を落とすような真似はくれぐれもするな。……さて、一つの情報の相場はいくらだ?」
資定は少し考え、「山賊の探査は五名一組の行動で五百文。武家なら一貫です」と答えた。
「分かった。山賊に関しては随時頼みたい。よろしく頼んだぞ」
そんなやり取りをして、伴資定は帰っていった。
数日後、六之助が供の娘を連れて訪ねてきた。
京の北側に、かなりの大所帯の山賊がいるという。地域では有名らしく、場所も確かだ。「俺を試しているのか?」とも思ったが、銭を払い、手間賃代わりに菓子を渡した。
娘が「これは?」と首を傾げたので、「菓子だ。甘いぞ」と言うと、彼女はニカッと笑った。
その数日後、俺は有志十五名を引き連れ、荷車二台を用意して現地へ向かった。
砦を前にして「俺に続け!」と走り出したが、当然誰もついてこれない。結局一人で飛び込む形になった。
室内の全員に麻痺をかけ、まずは二十名を斬り、残りの連中にも次々と襲いかかる。わずか数分で半数の四十名を戦闘不能にし、別棟へ向かった。
痺れて転がっている者に止めを刺しながら奥へ進むと、痺れに耐えながら刀を構えて立っている骨のある連中がいた。だが容赦なく、全員の利き腕を切り落としていく。
最後は、坊主崩れかと思うような大柄な男が痺れて倒れていた。こいつが頭か。意外に弱かったが、きっちり首を頂戴してその日の仕事を終えた。
遅れて到着した有志たちが止めを刺し、足軽たちが家探しを始める。
北側から声がするので襖を開けると、案の定、数名の女が囚われていた。
商売女はその場で解放すると伝えたが、皆、行き場がないのか首を横に振る。いつものように引き取ることにした。
だが一人、厄介な女がいた。聞けば公家の娘で、何やら訳ありだという。
「俺は今、鷹司邸に居候している。あんたは鷹司様と敵対しない家の者か?」
小声で尋ねると、彼女は「あ……貧乏な家の……同じ二条様に連なる者です」と答えた。「貧乏は余計だろう」と思ったが、
「では、邸宅へ直接お送りしましょう」
と言うと、「家の者に伺いを立ててから、その……」と急に言葉が尻すぼみになった。散々もてあそばれた後だ。どんな態度で接されるか不安なのだろう。身分や世間体、武士には分からぬ苦労がある。
「では、一旦は鷹司邸で様子を見ますか?」
「よしなに!」
彼女はすました顔で答えた。裸同然の格好で言うセリフではないが、流しておいた。他の女たちにも着物を与え、隠すべきところを隠してもらう。
有志たちは空き地に穴を掘って死体を埋葬し、寺で習った経を唱え、線香を焚いて正式に弔ってやった。
帰路、六之助とあの娘が道端に立っていた。
「お、来ていたのか」
「……本当に、本物だったのですね」
「え、何が?」
意味が分からなかったが、今回は当たりだったので「特別報酬だ、五百文ある」と渡した。遠慮するかと思ったが、娘がさっと出てきて受け取った。
「この間の菓子、美味しかった!」
「そりゃよかった」
俺は笑って鷹司邸へ向かい、他の女たちは寺へと送った。大和屋利平の若い衆に寺での換金を頼み、俺は鷹司様にお目通りして事情を説明した。
例の娘を連れてくると、鷹司様は「まあ!」と声を上げた。
「行方知れずと聞いて心配しておりましたよ」
やはり知り合いのようだ。娘は「汚れてしまった私は、これからどうすればよいのか……」と泣き始めたので、俺は鷹司様に一礼してその場を任せ、別邸へ戻った。
それにしても、あの娘……なかなかの役者だ。
鷹司邸へ向かう途中、俺の横で「まともに泊まれる部屋はあるのかしら」とか「食べ物が心配」などとぶつぶつ独り言を吐いていたくせに。屋敷が見えた途端、「何? たしかこの辺りは新築の豪邸が……」と驚き、
「姫様、着きました。ここが鷹司邸です」
と言うと、「えー!」と絶叫して口を開けていた。それが今では悲劇のヒロインを演じているのだから。
翌日、午の刻。
高槻城にて和田惟政が戦死したとの知らせが届いた。こちらに来てから共に戦った男の顔が目に浮かび、しんみりした。
追い打ちをかけるように、次は比叡山の話が持ち上がった。来月動くという。佐久間信盛配下の者から連絡があったので、今回は佐久間様の指揮下に入るのだろう。
しばらく山賊狩りを休み、戦支度を整える。那須の兵は二百に増えていたが、精鋭百名を連れて向かうことにした。
「女子供は放っておけ。刀を持った者を二人一組で当たれ。俺が道を切り開くから、漏れた奴を叩け!」
俺は檄を飛ばした。
佐久間様に「またよろしくお願いいたします。今回は弓は少なめ、刀で対応します」と挨拶すると、「矢が足りないのか?」と問われた。
「二百ほどです」
「結構あるではないか、問題なかろう。八王子山で待機せよ」
そう命じられた際、佐久間様が小声で「女子供は見逃せ」と囁いた。
「そのつもりで、兵には檄を飛ばしております」
俺も小声で答え、頷き合った。
ついにその時がやってきた。
僧兵たちがこちらに向かってくる。俺は間を詰めて次々と矢を放った。あっという間に矢が尽き、刀を抜いて前へ出る。
遮二無二斬りつける。俺が壁にでもなったかのように、目の前の敵がみるみる減っていく。僧兵たちは「鬼が出たぞ!」「鬼がいる!」と叫びながら、背を向けて別の方向へと逃げ惑った。
あとは皆が止めを刺して回り、戦いはあっけなく終わった。
申の刻の前には落ち着き、佐久間様の陣へ向かった。
「初めは那須殿の薄い陣の方へ向かっていったようだが、中盤から恐れをなしてこちらへ方向を変えてきた。かなり数が減っていたので楽な戦だったぞ。ご苦労!」
労いの言葉をいただいた。
今回こちらに来た連中には身分の高い者はおらず、若く元気な僧兵ばかりだった。
だがこの戦いで、那須の兵に初めて戦死者が十五名も出た。話によれば、止めを刺しに行った際、死んだふりをしていた者に油断を突かれたらしい。
(止めは槍を徹底させよう……)
俺は心に決めた。父へ文を書き、今回の戦死者の家族に三貫のお見舞い金を送るよう事後処理を頼んだ。
今回の戦では指揮官クラスの不注意が招いた結果を反省し、会議を兼ねた宴を開いた。信長公から褒美の金子も頂いていたので、幹部を中心に盛大にやった。
各班ごとに寺でも宴を開かせた。なぜか坊主たちも参加していたらしい。
だが坊主の中に曲者がいたようで、保護した女を自分の物にしようとした奴がいたらしく、寺から追放されたという。縁があって夫婦になるのは自由だが……。あの寺、嫁に関しては厳しいはずなんだがな。たぶん!
寺の空き地は田畑として広がり、自分たちの食料を賄うだけでなく、寺にも喜捨できるまでになった。人数が増えれば、寺を中心に新しい村でもできそうだ。
近隣の者たちは、那須の兵を僧兵か何かと勘違いしているかもしれない。だが、治安さえ守っていれば文句も出ないだろう。




