第2話 大田原家
「皆、待たせたな。全て解決した。潜伏していた間者を数名始末した。それと、佐竹の者が三名、こちらに寝返ったぞ。……まあ、本人たちにその自覚はないだろうがな」
俺の報告を聞き、三人は「えっ!」と驚愕の表情を浮かべた。そんな彼らに「では、戻るか」と声をかけ、俺は馬の方へと歩き出した。
実は一刻(約二時間)前には片付いていたのだが、あまり早く戻りすぎても不審に思われる。そのため、山中で魔力の状態を確認して時間を潰していたのだ。
ついでに、地下にある金銀の鉱脈から魔法で製錬を行い、鹿を狩って血抜きと内臓の処理も済ませておいた。手伝ってくれた徳蔵には、鹿肉のお裾分けと、製錬した銀の一部五匁を給金として渡した。
城へ戻る途中、革屋に寄って鹿の皮のなめしを依頼する。
城に戻ると、権兵衛が賄い方に鹿肉を料理するよう伝えてくれた。こうして外に出た際、必ず何かしらの土産を持参するのが俺の日課になっている。
もっとも、肉を主に食すのは俺なのだが。この時代、公に肉を食べる習慣はまだ薄く、気味悪がる者も多い。魚は平気で食べるくせに、獣となると拒絶反応を示す者が多いのだ。農民や町人は手に入れば普通に食べているようだが、身分が上がるほど規制や忌避感が強くなるらしい。
幸い、この地は畿内から遠く離れた関東の端。うるさく言ってくる者もいないのが救いだ。
平穏な日々が数ヶ月続き、季節は四月になった。
大関氏を烏帽子親として、元服の儀はつつがなく執り行われた。ここに、那須資晴が正式に誕生した。
本来、この時期の大田原氏は独自路線を模索しているはずだが、俺の中に「圧倒的な何か」を感じ取ったのだろう。大関、大田原の二大派閥は、十歳の俺に忠誠を誓っているようだった。父も、長引いた後継者問題が収束したことに安堵している。
数日後。俺は山中に一人籠り、金策のために製錬作業に励んでいた。
将来、自分の手足となる人材を雇うための地道な軍資金作りだ。いくら領主の息子とはいえ、まだ子供。一人でふらふらと旅に出るわけにもいかない。ちなみに明日の深夜は、海岸へ足を伸ばして塩を作る予定だ。
さらに数日後、俺は大関氏の屋敷に招かれた。
畿内の能一座が大関氏と縁があるらしく、今宵、公演が行われるのだ。俺は以前から、情報収集のために「畿内の話を聞きたい」と大関高増に働きかけていた。
席には、弟の大田原綱清と福原資孝も揃っていた。大田原資清の息子たちが勢揃いというわけだ。この三兄弟が味方であり続けてくれれば、那須家は滅亡せずに済む。だが、この戦国という時代は、俺が力を示し続けなければ成り立たない。
史実では、北条に味方して秀吉に反抗した俺(資晴)は滅亡し、大関や大田原は密かに秀吉に擦り寄って生き残った。今の俺なら、真っ先に秀吉と手を結ぶだろう。
(俺の力があれば、天下を取ることも不可能ではないだろうが……。取った後の運営を俺ができるか?)
そう考えると、途端に嫌気がさしてくる。冷静に分析すれば、俺の適性は「勇者」であって「統治者」ではない。目の前の敵をぶっ飛ばすのは得意だが、倒した後の管理は不得手なのだ。ならば、自分の分相応な範囲をしっかり守り抜くことに専念すべきだろう。
公演前、俺は座長と会話の場を設けた。
畿内からここへ至るまでの世間話を聞き、演目の説明を受ける。公演後の会食も含め、非常に充実した時間を過ごせた。
「さすがは京の芸事。見事なものでした」
俺は座長に、和紙で包んだ金塊を渡して謝礼とした。座長がその重みに驚き、中を覗き込んだ時の目の輝きといったらなかった。
「次回はぜひ我が城にも寄ってくれ。歓迎するよ」
そう伝え、交流のパイプを太くしておいた。
翌日。大関の屋敷を辞する前、まだ酒臭い三兄弟に、俺は唐突に切り出した。
「大和や伊賀には、金で働く便利な輩がいると聞いた。彼らを雇うことはできないだろうか?」
「若、あのような怪しげな者共を招くのはお止めください」
大関が即座に難色を示す。だが、俺は畳み掛けた。
「しかしな、大切な家臣を情報収集のためにいちいち畿内まで往復させるのは無駄ではないか? 領内の仕事も山積みだろう。彼らなら、商いでもしながら小耳に挟んだ噂を流してくれるだけでいい。途中で危険な目に遭おうと、こちらに痛手はない。情報に応じて対価を払うだけだ。今回の座長と同じようにな」
大関はしばらく考え込み、ようやく口を開いた。
「……それも一理ありますな。ですが、雇う者は私が選別いたします。それでよろしいな?」
「もちろんだ。私には伝手がないからな。頼んだぞ」
そう話を締めくくり、俺は城へと向かった。
主従が去った後、残された兄弟が囁き合う。
「兄上、若は何を考えておられるのでしょう。ただの噂話集めとは思えませぬが」
大田原綱清の問いに、大関が重々しく答える。
「ここ数年見てきたが、若は常に時代の先を読んでおられる。恐ろしいほどにな」
福原資孝が続いた。
「若が家督を継がれれば、下野全土もいずれは……」
「これ、資孝!」
大関の大声に、場が静まり返る。
「我らは、若に期待して付いて行くだけだ。わかるだろう。若はあの与一公の生まれ変わりなのだ」
「ああ、そうですな。先月、四町先の的を射抜いた時、ありゃあ人間技じゃないと震えましたよ」
綱清は、輝かしい未来を夢見るような目で空を眺めた。大関と福原も、深く頷きを返した。
翌月。結城家から春姫が嫁いできた。
年は俺と変わらないが、身長は四尺(約一二〇センチ)ほど。まだ成長の途上だ。聞けば彼女の母親は五尺(約一五〇センチ)ほどあるらしいから、いずれは伸びるだろう。今は焦らず、友達のように接するつもりだ。
毎日、半刻ほどは遊び相手を務め、夜は話し相手としてたまに添い寝もした。年を越す頃には、彼女の背も三寸ほど伸び、少しずつ女らしさが芽生えてきた。最近では夫婦というより、仲の良い兄妹のような関係だ。妹の珠とも上手くやっているようで安心した。
新年の行事を終えた頃、父から呼び出しを受けた。
「ここ数年のうちに、家督を譲って隠居しようと思う。形式上のことゆえ、現状が変わるわけではない。特別に気負う必要はないぞ。ゆったりと構えていろ」
その言葉を受け、俺は思い切って上申した。
「……であれば父上、家督を継ぐ前に一つ願いがございます。後学のため、京まで上洛したいと考えております。お許しいただけますか?」
「許す」
父は短く、二つ返事で許可をくれた。
同行する人選は追って知らせるとのことだが、おそらく大田原綱清を中心とした各家の精鋭になるだろう。
俺にとっては、京の地で有名人たちと交流し、顔を繋ぐ絶好の好機だ。今から胸が躍る。




