第10話 金平糖の夜
ルイス・フロイスは真剣な面持ちで俺を見た。
「貴殿を、東の果てまで到達する力を持った強国であると理解しました。しかし、貴殿の近くには世界一の回教帝国があると聞いています。その神の国と、どのような関係を築いておられるのですか?」
「近くて遠い存在ですな。あまり近づきたくはない相手だ」
「それにしても博識でいらっしゃる!」
「先ほどの話では、『理性』と『知識』を重視することが力になるとのことだったが、オスマン帝国は耶蘇教(キリスト教)を上回る技能を持っているのか?」
問い返すと、フロイスはわずかに表情を曇らせた。
「技能も多少はありますが、帝国としての領土の広さと人口、その物量は脅威です」
「ほう、技能より物量か。人をまとめる回教の力は凄まじいのだな。耶蘇教よりも教えが素晴らしいのか?」
あえて挑発するように尋ねると、彼は声を荒らげた。
「殿、それは誤解です! 彼らは侵略した国の民に、改宗か奴隷かを選ばせ、力で服従させているのです。戒律は厳しく、背く者には過酷な罰を与える。それを見た民は、必然的に従順になっていくのです」
「ははあ、どこも同じだな。日ノ本の過激な宗派も似たようなものだ。……まあ、それは耶蘇教も同じだろう? スペインがメキシコで何をしてきたかは有名な話だ」
フロイスが息を呑んだ。畳みかけるように続ける。
「ルイス殿。日ノ本への侵略は無理だと、本国へ宣伝してくれないか。そうしてくれれば外敵の脅威を案じなくて済む。あと、隣の大国(明)も脆いところがあるから、攻めるならあちらを勧めるよ」
フロイスは石のように固まり、震える声で絞り出した。
「殿は……一体、どこまでご存じなのですか?」
「世界の隅々までだ。これは神の加護だよ」
真っ青になって震えだした彼の耳元で、俺はポルトガル語で囁いた。
『お前のことも知っているぞ……』
続けて、彼の父の名、母の名、そして最愛だった初恋の人の名前を告げる。
次の瞬間、フロイスは白目を剥いてその場に崩れ落ちた。冷え込む日だったので、彼を暖かくして寝かせ、連れの者には茶を出して目覚めるのを待った。
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数分後、意識を取り戻した彼は、失態を詫びながら震える声で聞いてきた。
「殿のようなお方が、他にもいらっしゃるのですか……?」
「俺が存在するんだ、他にも多数いるだろう。なんせここは八百万の神がいる国だからな」
適当にはぐらかしておく。
「不思議な雰囲気を持った者と会ったら用心することだ。俺のように対話を好む者ばかりとは限らんからな」
笑って見せると、彼は姿勢を正した。
「殿の望みは、何かございませんか?」
「外の世界を見てみたい。貴殿のように」
そう答えると、彼はようやく笑みを浮かべた。
「私と同じですね。その望みはいつでも叶えられます。その時は、私が同行いたしましょう」
「その時が来たら頼む」
そうして、数時間にわたる面談を終えた。
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金平糖の礼として、彼を夕食に誘った。鶏料理に自家製のパン、自家製ワイン、そして和食を織り交ぜたメニューだ。デザートにはパン・デ・ロー風の菓子を出した。鷹司様もお誘いしたが、「耶蘇教とは関わりたくない」と断られたため、食事と菓子だけは届けておいた。フロイスは故郷を思わせる西洋風の料理に、喜びを隠せない様子だった。
ルイス殿を見送った後、贈り物の金平糖を春に管理させることにした。
「この金平糖を、必要に応じて分け与えるように」
そう伝えると、彼女は「こんぺいとう……?」と首を傾げる。現物を見せて食べさせると、「んーっ!」と声を上げて破顔した。これで菓子の重要性は理解できただろう。
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数日が過ぎ、師走に入ると、京都の治安強化の知らせが届いた。「町衆に軍役・警備を命じる」という内容だ。俺の治める地域は安定しているが、隣接する地区の警備も強化する必要がある。
まずは大和屋利平を呼んだ。
「今回の沙汰、お前のところはどうする。下手すると狩られる側になるぞ」
「殿様、そうなんですよ。わしらを知らん役人に捕まる者が出るかもしれんと、困っておったのです」
「警備に就ける者もいるだろう。そんな奴はお前にとっても使い勝手のいい人材のはずだ」
利平が黙って頷く。
「使える者には名入りの武具を与え、店周辺から縄張りを警備させろ。名は『大和屋警備隊』とでもしておけ。防具がなければ法被でも構わんが、着ていいのは腕の立つ奴だけだ。武器の貸し出しや販売を始めれば商売にもなる。近々、南の山賊を討伐して武器防具を調達してくるから、期待して待っていろ」
何か良い算段が浮かんだのか、利平はニヤリと笑って帰っていった。
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今回の山賊狩りに、やよいは不参加だ。鷹司邸の監視役として死角からの不審者を見張る任務と、春の安全確保を優先させた。年末の金を狙う賊にとっての稼ぎ時は、我らにとっても稼ぎ時だ。
夜明け前、有志二十名を連れて出立した。目的地の砦が見える場所に着いた頃、辺りには朝霧が立ち込めていた。これなら敵からも見えづらい。
いつものように俺が単独で潜入し、敵を無力化していく。東の崖から侵入して門までの邪魔者を斃し、門番の五名を戦闘不能にして門を開放、部下たちに合図を送る。
(こいつら、ただの山賊か……? まるで武士だな)
正面の十名に強力な麻痺を掛け、奥へ進む。左の納戸らしき部屋に五名、右の広間に六名。それらにも麻痺を掛け、一気に攻め込んだ。軽装の者がおらず、まるで戦場さながらの装備だ。俺が急所を突き、後続の部下たちが止めを刺していく。
左の納戸に注意のハンドサインを送り、さらに奥へ。そこには刀を構えた武士十名が待ち構えていた。
「貴様ら何者だ! ここは我が国の出城だぞ!」
「どこの国だか知らんが、お前らはこの辺りじゃ『山賊』と呼ばれているぞ。我らは京の治安維持のために賊を討ちに来た」
言い捨てると同時に一振りで五人を斬り伏せ、返しの刀でさらに二人を仕留める。残る三名は奥へ逃げ込んだ。慎重に進むと、障子の奥から矢が二本飛んできたが、刀で払い退けてそのまま返り討ちにする。奥で合流した十数名には麻痺を掛けて斬り込み、数秒で全員を床に転がした。
部下たちが止めを刺しながら進む中、「裏に逃げたぞ!」と声が上がった。気配の消えた奥を突っ切り、裏門へ向かう影を追う。門が開かないよう外から細工は済ませてある。
「覚悟せよ」
追いついて声をかけると、中心にいた男が傲慢に言い放った。
「無礼者! 貴様らのような下賤な虫けらが、この儂に触れることは許さぬ! 下がれ、下郎!」
「賊はここで首を刎ねる。覚悟しろ」
怒鳴りつけると、男は顔を引き攣らせた。
「儂は管領・細川の身内ぞ! 下がれと言っておる!」
「……ごめん」
一振り。男はパタンと倒れ、気絶したまま痙攣していた。付き添いの者たちは戦意を失い、武装を解除した。
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隠れていた者も含め、賊の死者は四十七名。納戸には監禁されていた女子三名と子供二人がいた。死者を埋葬し、お宝を二台の荷車に積み込む。一台には拘束した「細川様」とお付きの者、そして衰弱した女子供を乗せ、移動を開始した。
京の奉行所にて自称・細川一派を引き渡し、大和屋にお宝を預けて、今回の遠征は解散となった。




