第1話 転生二度目の殿様稼業
「若、清兵衛でございます。お目覚めですか」
俺がこの世界に来て、十年が過ぎた。
よりによって、戦国時代における最弱の一角、那須氏の当主・那須資晴として転生するとは。今はまだ、幼名の「太郎」と呼ばれている。
俺の記憶にある歴史アーカイブによれば、資晴は那須氏第二十一代当主となり、一五九〇年に戦国大名としての那須氏を滅亡させた張本人だ。(注釈には『名門・那須与一の末裔として知られる那須氏の、最後の最盛期を築いた人物』ともあったが)。
その記憶データの片隅には、女神イネスのコメントが添えられていた。
『同じ名前だけど、弱小国がどう変化するか楽しみ!』
漢字は同じでも、読み方は「資晴」であって「資晴」ではないのだが、そんな些細なことを気にする女神ではない。ただ傍観する分には楽しいだろうが、やる側はたまったもんじゃない。ましてや殿様は、人材を動かすのが仕事の指揮官だ。たった一つの決断ミスで国が傾く。
まさか異世界から、さらにここに転生する羽目になるとは。やってられない……。
* * *
五年前。俺は神殿で「純粋」の女神イネスに最後のお祈りを捧げていた。
神殿の魔導士が帰還の魔法を発動させる。呪文と共に魔力が込められ、自分の周りに薄い靄が立ち込めていくのを感じた。
そんな状況を冷静に観察しながら、俺は勇者として召喚されたこの五年間を思い返していた。
元の世界の俺は、子供の頃から病弱で、入院生活を繰り返していた。難病指定を受け、中学卒業前には「二十歳まで生きるのは無理だろう」と自分でも悟っていた。そして十八歳の三月。身体中に管を繋がれた状態で、俺の人生は一度幕を閉じた。
あの世でたまたま出会ったのが、女神イネスだった。
「資晴、元気? ……私の世界で勇者、やってみない?」
それが全ての始まりだった。
魂だけになった俺は、イネスが作った健康な青年「エステバン」の体を与えられ、異世界へと旅立った。召喚という設定上、全裸での登場となったのは少し恥ずかしかったが、病院で人前に晒されるのには慣れていた。それよりも、自分の足で立って歩けることに感動した。
生まれてこのかた、激しい動きは「死」に直結していた俺だ。アクティブな勇者など務まるか不安だったが、虚弱だった分、空想の世界では勇者の動きはパーフェクトに完成されていた。
イメージ通りに体は動き、物語は滞ることなく進んだ。五年後、俺は補佐役の友人たちと共に魔王を倒し、国王に謁見した。
だが、そこで告げられたのは一方的な宣告だった。
「勇者エステバン。女神イネスのお告げにより、そなたを元の場所へ帰す」
何か考えがあってのことだろう。王は俺を国に留めて再建に利用したかったようだが、女神に逆らう勇気はなかったらしい。
気がかりは、恋人の戦士ルシアのことだった。彼女もまた敬虔な女神信徒ゆえにサポートメンバーに選ばれた一人。女神の言葉は絶対だ。
俺は神殿から女神の元へと戻った。
「ご苦労様、よく頑張りました。これであの世界のステージを一段上げることができました。ありがとう。……それと、ルシアの子は『使徒の子』として大切にされるでしょう」
「ゲッ! 子供!? 俺、何もしてないよ……」
沈黙が流れる。
「……私が授けました。本人にも夢のような理想の記憶を与えておいたわ」
返す言葉もなかった。
「これからもっと経験を積んでくださいね。元の世界に戻る準備ができました。詳細は記憶を辿れば思い出せます。新しい人生を楽しんで!」
そう言われ、気づいた時には、俺はこの那須の地に転生していた。
* * *
「若、まだ起きておいででないのですか!」
清兵衛の苛立った声に引き戻される。
「清兵衛、もう起きている。少し考え事をしていただけだ」
「殿がお話があると仰せです。至急、御前へ」
「父上が……わかった」
俺が既に身支度を整えていたのが意外だったのか、清兵衛は少し驚いた顔をしたが、すぐに俺を父の元へと案内した。
「父上、おはようございます。お話とは」
「太郎。心して聞け。四月、元服を執り行う。そして嫁が決まった。婚儀も元服後に行う。以上だ」
(結城家の娘だろうか?)
父の簡潔な話を謹んで聞き、俺はその場を後にした。
「清兵衛。烏帽子親は大関氏か? それと嫁は結城家からか?」
「若、烏帽子親に関しては左様にございます。婚儀もおそらくは……」
読み通りというより、アーカイブの予測通りだ。
「それにしても、少し早くないか? 父上は家督まで譲る気か」
「それは、若の聡明な振る舞いゆえでしょう。体格も既に私を追い越し、武芸に関しては十二歳にして領内に敵う者はおりませぬ。長年、後継者争いを続けてきた者たちも、今では皆『与一公の生まれ変わり』と噂しております。殿が隠居して若を支えるのは、自然な流れかと」
今日の清兵衛は、随分と饒舌だ。
翌日。俺は定期的な領内視察のため、供を連れて馬を走らせた。今回は佐竹氏との隣接地域だ。指定した場所で土地の者から報告を受け、雑談を交えながら気になる点を精査する。
問題がありそうな時は、俺が直接確認する。信頼を置く権兵衛、作右衛門、そして村の炭焼き小屋の徳蔵。この三名には、俺の能力の一部を明かしている。その一つが「高速移動」だ。
佐竹の斥候が潜伏している疑いのある箇所を報告されると、俺は三人を待機させ、一人でその場所へ疾走した。
「若は、たぶん人間じゃねえな……」
徳蔵が呆然と呟く。
「これ、徳蔵。滅多なことを言うもんじゃない」
「だけどよ作右衛門の旦那、ありゃあ神がかってますぜ、本当」
落ち着いた声で、権兵衛が二人を嗜めた。
「徳蔵、我らは若を支える。それのみぞ」
三人は静かに頷き、主の帰りを待った。




