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戦場の葬送曲  作者: 曇空 鈍縒


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首都待ち合わせ

 国防軍唯一の諜報機関である情報本部は、アトラ連邦首都の中心に位置する官庁街に、その居を構えている。

 古めかしい石造りの建物が多い官庁街で、近未来的なガラス壁のビルは居心地悪そうに目立っていた。

 両隣にある対外情報庁とデジタル省も同じく近未来的なデザインになっており、数世紀前の町並みを残す官庁街で、その区画はかなり異様さを放っている。

 情報本部から呼び出しを受けた軍服姿のシャーナは、スーツ姿の官僚や政治家が行き交う官庁街の大通りで、仲良く並ぶ三棟のビルを眺めつつ迎えを待っていた。

 短い金髪と赤い瞳に、濃い緑の軍服はよく似合っている。

 道ゆく人が思わず二度見しそうなほどに美人だ。鋭い瞳が醸し出すどこか近寄りがたい雰囲気もいい。

 だが、職務中を示す軍服を着用しているからか、あるいはその雰囲気に気圧されたのか、首都中央駅からこの官庁街にくるまで、声をかけようとする人は1人もいなかった。単に、女性に声をかけるような若い男がほとんど徴兵されていていないというのも理由だろう。

 シャーナが呼び出された情報本部はここから歩いて3分もかからない場所にあるが、なぜか情報本部のビルの中ではなく、少し離れた大通りの歩道が待ち合わせに指定されている。

 通常の事情聴取ならば(それが犯罪者に対して行われるものでなければ)、情報本部の玄関ロビーでコーヒーを飲みながらのんびりと待てるはずだ。わざわざ外で待たせるのには何か意味があるのだろうか?

 情報本部のコーヒーは美味しいと評判がありシャーナも期待していたので、彼女は少しがっかりしていた。

 情報本部から事情聴取を受ける心当たりは、ザルカ帝国と繋がっていた政治家を逮捕する作戦に参加したことぐらいだ。

 だが、それについて情報本部が何を知りたいのかシャーナには皆目見当もつかない。そもそもシャーナは上官から教えられた以上のことを知らない。

 待ち合わせ場所が通常と違うのも何か試されているような気がして、シャーナは待ち合わせ時間より随分と早く到着していた。

 そのせいで、やや肌寒い中、もう随分と長く待っている。ただ、官庁街は長時間滞在するのにそれほど悪い場所ではない。

 通勤の自動車が吐き出す排煙の匂いはやはりするが、冬にも葉を茂らせる街路樹の心地よい空気が、それを中和している。

 利便性を追求した代償として汚れた空気しか吸えなくなった首都圏内で、ここは残り少ない緑の見られる場所の一つだ。

 立ち並ぶ文化的価値の高い建築物や庭園を見に来た観光客も少なくない。

 シャーナは、辺りに視線を向ける。

 観光客の何人かは、この辺りではあまり目にすることのない軍人であるシャーナに、何かあったのかと不安げな目を向けている。

 国土の奥深くにある首都圏に駐屯する部隊はそこまで多くなく、せいぜい準軍事組織である国家憲兵隊が一個連隊ほどいるだけだ。

 前線からも数百kmは離れており、対空ミサイルを初めとした防空兵器も多数配備されているので、まだ爆撃も受けていない。

 戦時下だというのに首都は戦争の空気が徹底的に排除されていた。だからこそ、威圧感のある軍服は異質だった。

 目立つのが苦手なシャーナはできる限り自然体を装いつつ、一刻も早く迎えの車が来ることを祈っていた。

 それから時計の針に鉛を括りつけたような時間が過ぎて、迎えは約束の時間ちょうどにやってきた。

 シャーナの前に、一両の車が停車する。

 その運転席からスーツ姿の若い男性が降りてきて、自然な動作で彼女を一瞥すると、後部座席のドアを開けた。

「どうぞ。シャーナさん」

 優しい薄笑いを浮かべた好青年だ。彼を見た一般人は、十中八九彼のことを好感が持てる人間だと評価するだろう。

 車の扱いから見て、運転手としての腕もいいようだ。

 だがシャーナは、その顔にどこか不気味さを感じた。それは偽りが持つ特有の不気味さだ。

 その笑顔が完璧に統制され作られたものだと、シャーナは即座に理解する。

 内心を隠し、自身の表情を完全に管理する能力を持つ人間。この青年は専門教育を受けた諜報員である可能性が高い。

 シャーナは警戒心を強めた。

「すみませんね。待ちましたか?」

 運転手は形式的に詫びを言う。

「いえ。大丈夫です」

 シャーナはすでに30分もここで待っていたが、何も言わなかった。

「では、乗ってください」

 運転手に促され、シャーナは高級感のある黒塗りの乗用車に乗り込む。

 ドアが、心地よい音を立てて閉まった。

 運転手は白い手袋でハンドルを操作し、巧みに車を発進させる。柔らかい革のシートも相まって、驚くほどの乗り心地だ。

 ドライバーとしての力量もだが、スーツの下に隠された拳銃と鍛え上げられた肉体にも、シャーナは気づいていた。

 技官や事務官の多い情報本部で拳銃を携帯している者はほとんどいないし、デスクワークが大半を占める情報本部の職員がここまで鍛えている必要はほぼない。

 何より、彼は単なる送迎ドライバーのはずだ。

 おかしい。

 シャーナは、せっかくの高級なシートに身を沈めることもせず、意識を張り詰めていた。

 今は拳銃はおろか、警棒やナイフなどの近接武器すら持っていない。

 もし今彼がシャーナに襲いかかってきたとして、訓練を受けた人が扱う拳銃に素手で対峙しても、死ぬだけだ。この人物と戦闘にならないことを、祈るしかない。

 シャーナは、緊張して唾を飲み込んだ。

 車は、そのまま当然のように情報本部のビルを通り過ぎていく。シャーナは情報本部に呼び出されたはずだ。

 だが、シャーナは何も言わなかった。


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