生存者救出
炎の爆ぜる森の中で、一人の戦闘員が薄目を開けた。
ゴムの焼けるような酷い臭気が、彼の鼻をつく。
彼は、ぼんやりとした意識のまま妙に軽い頭に手を伸ばした。
指先が、血の付いた髪の毛に触れる。少し遅れて、彼の頭に鋭い頭痛が走った。
ヘルメットはガスマスクもろとも引きちぎられ今はなく、その上、裂けた額から流れる血で片目が見えない。
墜落したヘリの破片に全身を突き刺されたのか、丈夫な戦闘服は切り裂かれていて、身体中に切り傷があった。
彼は、痛みをこらえて立ち上がる。
銃が無事であることを確認して、ひとまず安堵した。
これさえあれば、まだ戦える。
目の前ではヘリが焚き火のように燃えていて、雪の上には誰かの腕が転がっていたが、今の彼にそれらを嘆く余裕はない。
戦闘員は、敵軍事基地を目指して歩き出した。
片方の軍靴は破れて無くなっており、傷だらけの素足が雪を踏みしめている。
戦闘員は、湧き上がってきた感情を全て奥歯で噛み殺した。
叫びたいし嘆きたい。だが、戦場はそれを許さない。
軍事基地が、徐々に近づいている。
距離は、後300mほど。
普段ならば一瞬で走破できる距離も、重傷を負った足は思うように動いてくれない。
戦闘員はついに倒れた。素足は寒さに腫れていて、血が雪に染み込んでいる。
頭を強打したせいで、意識が朦朧とする。
彼は、それでも雪の上をはいずって動き続けた。自らの力不足と理不尽な敵に対する怒りを力に変えて、這い続けている。
その背中に、うっすらと雪が積もっていく。
寒さに顔が青白くなり、灰色の瞳が虚ろになっていく。
ほとんど意識の途絶えかけた彼の耳に、遠くから近づいてくるスキーの音が流れ込んできた。
頭を上げると、ぼやける視界の中に冬季迷彩の戦闘服を着た兵士が映る。
敵味方は分からない。彼は力の入らない手で自動小銃を構えた。
兵士は徐々に近づいてきて、彼の目の前で止まる。
その肩に金色の星が縫い付けられていることを確認して、彼は安堵の表情を浮かべた。
シャーナは雪の上を這う兵士を見つけて、その目の前に止まった。
辺りには金属片が転がっていて、炎が樹々を包んでいる。
奥の方には原形を留めないほどひしゃげたヘリ本体が転がっていたが、炎を吹き上げていて、生存者はおろか死体の回収すら難しそうだ。
シャーナは、とりあえずまだ救える目の前の生存者に目を向ける。
「大丈夫か?」
戦闘員は返事をしようとしたのか、呻いた。
髪にベッタリと血が付いていて、裂けた額から血がトロトロと流れている。
雪が、赤く染まっていた。
重傷だな。どう見ても大丈夫とは程遠い状態だ。
シャーナは戦闘員が腰に付けている救急救命キットからガーゼと包帯を取り出した。
戦闘手袋を外して感染症予防のゴム手袋をつけ、処置を開始する。
ぱっくりと切れた額に殺菌されたガーゼを当てて、包帯を巻き付ける。
腕にも包帯を巻き、出血がひどい部分は止血帯で縛る。
戦闘員はもう動く体力すら残ってないのか、されるがままになっていた。
処置を終えたシャーナは、目出し帽を下げてマイクを口元に寄せる。
「こちらシャーナ。ヘリ墜落地点にて生存者一名発見。自力での移動は難しいと思われる。回収のヘリを求む。オーバー」
「こちら本部。了解。偵察ヘリを送る。現地に待機せよ。オーバー」
本部はシャーナの要請を承諾した。
最近は多数のヘリを必要とする大規模作戦を行っていないので、その分、撃墜されることも減ってきている。数にも余裕があるのだろう。
山岳地帯に防衛線を構築する前は、一日に数機のヘリが撃墜されており、重傷者は見捨てられていた。
「今ヘリを呼んだ。すぐに来るそうだ」
シャーナは、優しげな声でそう伝える。
「すまない‥‥他に生存者は‥‥任務は‥‥」
戦闘員は喉の奥から声を絞り出す。
「生存者は見つからなかった。ごめん。任務は撃墜を免れた2機目のヘリが継続している」
シャーナは目を伏せた。
「いいさ。君のせいじゃないし、俺の仲間だって覚悟は決めている」
戦闘員は、微かに微笑んだ。
「いい狙撃の腕だ……。君の狙撃がなかったら、そもそも任務の継続もできなかった……。ありがとう」
自信がある狙撃の腕を評価されたからか、シャーナの顔が少し明るくなった。だが、すぐに影が差す。
地対空ミサイル射手に対する狙撃が間に合わなかったことへの罪悪感と、仲間を殺したザルカ帝国に対する憎悪が、彼女の胸を締め付けていた。
彼らを回収するための偵察ヘリが、徐々に近づいてくる。
この作戦の成功がこの後シャーナを混沌へと導いていくことを、彼女はまだ知らない。




