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戦場の葬送曲  作者: 曇空 鈍縒


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31/33

攻撃開始

 その日は、いつもと変わらなかった。

 太陽の朝日がガラスのビルを照らす中で、スーツ姿の会社員が自身の仕事場に向かう。

 多少の事件はあったし、戦時下に不安を感じている人も少なくなかったが、それでもいつも通りの日々を謳歌していた。

 地下交通網も、普段と変わらず多くの車が行き来している。

 広々とした駐車場には、多くのトラックや乗用車が停車していた。

 地下工場から住宅地域など、首都圏物流の動脈を担う地下道は、いつも混み合っている。

 そんなトラックの一台から、1人の作業員が降りた。

 茶色い作業服姿で目深に野球帽を被り、その表情は窺えない。

 彼はそのままエレベーターに乗って、地上を目指す。


 同じ頃、ザルカ国防省のビルを、1人の官僚が歩いていた。

 彼は多くの官僚でごった返す廊下を通り抜けて、エレベーターに滑り込む。

 地下4階の国防軍総司令部に辿り着いた彼は、自分の席に座った。

 薄暗い中に、机や椅子がずらりと並べられた総司令部は、全軍の動きを24時間体制で監視し、統制している。

 彼は自身のパソコンを起動すると、USBメモリーを差し込んだ。

 国防軍ネットワークへのアクセス画面の上から、新たなウィンドウが立ち上がる。

 彼はまず自身のIDとパスワードを入力して国防軍ネットワークにアクセスしてから、エンターキーを押した。

 真っ黒なウィンドウにプログラムが流れて、カーソルが勝手に動き始める。

 USBメモリー内のアプリが、国防軍ネットワークへとデータをアップロードし始めた。

 彼はそれを見届けると、パソコンを閉じて席を立つ。周囲の同僚は自分の仕事に熱中しており、急に席を立った彼に不審な目を向けることもない。

 そのまま国防省ビルを後にした彼は、雑踏に消えた。


 同じ頃、最前線近くの道路で、3名ほどの兵士が作業を行なっていた。

 ザルカ帝国陸軍迷彩の上から緑の防寒着を羽織っている。

 空は曇っており、風に粉雪が舞っていた。

 彼らは、雪で覆われた山肌に工兵隊が突貫工事で築き上げた道に、爆薬を設置していた。

 鉄骨で支えられる道は戦車が通過できるほどの強度があるが、長期的な運用を想定していないためそこまで頑丈ではない。

 ある程度の爆薬があれば、簡単に破壊できる。

 彼らは鉄骨の根元に爆薬を取り付け、発破用のスイッチを握りしめる。

 それから数十分して、前線へと物資を運ぶトラックの車列が近づいてきた。

 軽戦車を荷台に積み込んだ大型トラックに、濃い緑の帆布を貼った中型トラックが続く。

 その先頭車両が爆薬の上を通り過ぎた次の瞬間、兵士はスイッチを押して、地面に伏せた。

 爆音が響き渡り、爆風に鉄骨がへし折れる嫌な音がこだました。

 爆圧とトラックの重量に耐えきれなくなった鉄骨が次々と砕け、道は大きく歪む。

 そして崩れた。

 地面に叩きつけられたトラックに、コンクリート片や鉄骨が降り注ぐ。

 大型トラックに載積された戦車が吹き飛んで、あちこちに衝突しながら斜面を滑り落ちていく。

 火薬を運搬していたトラックが、地面に追突した衝撃で爆発する。

 辺りは、一瞬で炎に包まれた。

 爆発の実行犯となった兵士たちはそれを見届けて、離脱を開始した。


 国防軍の輸送道路で発生した爆破テロ。

 100名を超える犠牲者を出したそれも、まだ序曲に過ぎない。


 ザルカ帝国首都、地下駐車場。

 停車しているトラックの一台が、突如爆発した。

 運輸省の監視室で、警備員が目を見張った。

 付近の車両が爆風で吹き飛ばされ、飛び散った破片が人々を襲う。

 血と悲鳴が上がり、カメラの映像が途絶える。警備員たちが一斉に立ち上がり、マニュアルに則って関係各所へと連絡を始めた。

 消防庁へ事態の早期解決を命じ、警察と情報調査室に原因調査を要請する。

 権力が一点集中しているザルカ帝国は、有事の際の動きが早い。多少のテロでは、大した損害を与えられないだろう。

 あくまでも、多少のテロであれば、だが。

 そのテロは多少ではなかった。

 狭い空間に充満した爆圧が、鉄筋コンクリートを砕く。

 爆風は出口を求めて暴れ回り、エレベーターのドアを弾き飛ばして駐車場へと続く車道を駆け抜ける。

 地下道を時速60㎞近い速度ですすむ車たちに、爆炎が襲いかかった。車は、逃げる間もなく炎に飲まれる。オレンジの防火服を着た消防職員が到着したが、炎はすでに広がっており、彼らに対応できる範囲を超えていた。

 爆風と熱に耐えきれなくなった鉄筋コンクリートが砕け、天井が崩落する。立体駐車場があった場所が、大きな空洞に変わった。

 消防職員たちは炎で内部に侵入できないことと、崩落の危険を加味して、消火活動もそこそこに撤収を開始する。

 だが、一箇所が破壊されただけで全て崩れるほど、地下交通網は脆くない。

 運輸省の警備員は、とりあえず崩落が停止したことに安堵した。彼らは自分たちの上司である高級官僚に連絡をとって、事態を報告する。

「はい。とりあえず崩落は停止しましたが、多数の死傷者が内部に発生している状況です。これから消防機動隊に出動要請を行います」

「分かった。私たちもすぐに向かう。ガス漏れか、テロである可能性も捨てきれないな。情報調査室への連絡は?」

「もう済みました」

 次の瞬間、地下道の各所に設置された防犯カメラの映像が、一斉に乱れた。

 警備員が、慌てて画面を確認する。

 ある物はひっくりがえって天井を映し、ある物は炎に飲まれて画像を途切れさせる。

 防犯カメラの半分ほどが、わずか数秒の間に機能を停止した。

 地下にあるのは交通網だけではない。

 発電所や上下水道などのインフラ設備を筆頭に、地下商店街や火災時に対応する消防施設など、都市の維持に必要なほぼすべての機能が、地下に存在している。

 警備員は、破損した防犯カメラの位置から被害状況を把握しようと、震える手でパソコンのキーボードを叩いて地下市街地の設計図を開こうとした。

 次の瞬間、部屋を照らすライトの電源が、一斉に落ちた。

 パソコンや防犯カメラのディスプレイが、真っ黒に消える。

 地下市街地の発電施設が、まとめて吹き飛ばされたのだ。

 警備員の1人が、非常電源を確認するため懐中電灯を持って配電室に向かう。

 非常電源が起動し監視室に電気が戻る。正面のディスプレイに、パニックに陥った地下商店街や地下鉄が表示された。

 大勢の人が一斉に出口を目指しており、交通整備の警官も押し流されている。爆発現場近くの防犯カメラはほとんど損傷しており、被害状況は全く把握できない。

 運輸省は地下街への侵入を停止させ、国防軍に出動要請を行なった。

 だが、国防軍も動ける状況ではなかった。

 軍事ネットワーク内にコンピューターウイルスがアップロードされ、情報が回らなくなっていたからだ。

 ウイルス自体はデータの破壊と盗難を行う一般的な物だったが、ウイルス対策ソフトですら食い破るほど複雑で、ネットワークの維持管理にあたる技官を総動員しても削除できていない。

「運輸省から出動要請です!地下市街地で爆発が発生し、甚大な被害が出ているそうです!」

「近衛師団に命令を出せ!」

 軍服姿の高級将校が、事務員に命令する。

「ネットワークがダウンしています」

「民間のは使えないのか!」

「セキュリティ上の観点から、軍命令を出せる通信経路は民間のデジタルサービスに設置されていません。そして、ネットワークの完全な復旧には少なくとも24時間は必要になります」

 技官が、冷静に返す。

 国防省勤務の軍人には、かつてアトラ連邦を侵攻する際の電子攻撃に参加している者も多い。

 それだけに、電子攻撃がどれほど有効なのかもよく分かっている。

 自分たちが受けることを想像していた者はあまり多くないが。

「私が走って命令を伝えに行きます!」

 体力に自信のある事務員の1人が申し出て、命令書を受け取り走り出す。

「補給線でも爆破テロが発生しているそうですが、詳細は不明です」

 技官の1人が、各地から送られてくる破損したデータをなんとか解析して、現在指揮をとっている高級将校に報告した。

 参謀や幕僚たちの招集はもう済ませたが、交通網が破壊され、ヘリ部隊も動かせない状況で国防省ビルに辿り着くのは不可能だろう。

 国防省に詰めている高級将校は、実際にネットワーク防護に駆り出されているか、あるいは何もできない無能かのどちらかで、必要な指示すら満足に出せていない。

 まともに情報もやり取りできない状況では、有能な将校が集ったところで、できることなど限られているが。

 高級将校は、奥歯を噛んだ。

 ただ共産党員だったという理由だけで少将の階級に滑り込んだ彼に、高い指揮能力なんてものが備わっている訳がない。

 今ですら、どうやって自分の責任を最小にするのかについて頭を巡らしているような状態だ。

「せめて私の当直日以外にやってくれよ」

 彼の愚痴を聞く余裕がある者など、1人もいなかった。


 首都近郊のある港町は、すでに首都よりもっとひどい状況に陥っていた。

 APMC社の戦車が大通りを闊歩する中、多数の歩兵が銃撃戦を繰り広げている。

 膨大な数のテロリストとAPMC社の部隊に対し、国防軍も警察も徐々に追い込まれていた。

 銃器を持った政治団体の物量に任せた突撃に合わせて、APMC社の戦闘員が指揮官を狙撃して国防軍部隊を混乱に陥れる。

 援軍は来ない。ネットワークを蹂躙されたザルカ帝国軍総司令部から、瞬時に部隊を動かす能力はすでに失われている。

 有効な手すら打てないまま、ザルカ帝国各地で火の手が上がっていた。

 だが、もっとも気の毒なのはアトラ連邦領内に突出したザルカ帝国陸軍部隊だ。

 補給線や武器庫がテロで破壊されたところに、アトラ連邦軍機甲部隊からの総攻撃を受けた彼らは、後退することも前進することもできず、大混乱に陥っていた。

 ザルカ帝国軍陣地へと砲弾が降り注ぎ、歩兵たちがその中で逃げ惑っている。

 塹壕の中に破片が雨霰と降り注ぎ、歩兵たちが切り刻まれていく。

 飛来してきた砲弾が、反撃しようとしたザルカ帝国戦車の天板を穿つ。

 援軍を要請しても、サイバー攻撃で軍事ネットワークが機能を停止している上に、補給線のほとんどが破壊されている。

 部隊を動かすことはおろか、命令すら満足に出せない状態だ。

 帝国兵士に扮した特務機関の戦闘員の暗躍もあり、ザルカ帝国軍は戦争が始まってから初めて、劣勢に追い込まれていた。


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