戦線崩壊
「なぜこんなことに!」
戦闘服姿のシャーナが、机を叩いた。
「まあ落ち着けシャーナ。カヤ、説明頼む」
「了解」
基地の会議室で、カヤがプレゼンテーションを行っていた。
「単純に言うと、爆撃で防衛線のアトラ連邦軍が半壊して、ザルカ帝国軍に山岳地帯を突破されたっていうこと」
爆撃機を使い捨てするような大規模な爆撃で防衛戦を突破したザルカ帝国軍は、機甲師団を平野に展開させている最中だという。数日後には進軍を開始する見込みらしい。
機甲師団で劣るアトラ連邦軍は、平野ではザルカ帝国軍に勝てない。
そして山岳地帯を突破されてしまえば、残るのはただっぴろい平野しかない。
「核による相互破滅か降伏による国家消滅を選ばないんだとしたら、敵部隊を迎撃して押し返すか、あるはザルカ帝国自体を消滅させるしかないね」
カヤは簡単な説明を終えた。
「それで、政府はどんな対応を?」
ガーランが質問した。確かに、政府の結論が下らなければ国防軍は動けないし、一応は政府の見解をもとに行動する特務機関も、大規模な行動は取れない。
「それが、統合参謀本部を招集して戦線崩壊の責任を追及している最中だそうだ。有難いことだな」
ザルノフが皮肉った。
「ザルカ帝国は狂っていますが、わが国も負けていませんね」
ライツが嗤う。
アトラ連邦が謳う『世界最高の民主主義』とやらの弊害が、ここにきて国家に致命傷を与えそうだ。
「でも、イヴァンは何らかの行動をとる可能性が高い。彼の独断専行には少なくない前科がある」
サリアがそう意見した。
「連絡を待つしかないな」
ザルノフが結論付けた数秒後、唐突にドアがノックされた。
カヤがパソコン画面を閉じると、スライドも消える。
「どうした?」
ザルノフが言うと、ドアが開いて作業服姿の老いた男性が入ってきた。
彼はAPMC社の社員で、この施設の保守点検を行なっている管理人の1人だ。
「運動場に会社のヘリがきています。パイロットから、あなた方をお呼びするように申し付けられました」
管理人は、丁寧な口調でそう言う。彼らは特務機関については何も聞かされていないが、無駄な詮索をしないぐらいには優秀だ。
「イヴァン、もう始めやがったらしいな。行くぞ」
ザルノフたちは銃器を持ち上げて、会議室を出た。
汎用ヘリのプロペラが回転する轟音が、運動場に響いている。
ダウンウォッシュで砂埃が舞い上がり、シャーナは思わず目を腕で覆った。
黒塗りのヘリは、特務機関が運用するヘリ部隊の保有する物だ。
シャーナはバックパックを背負い、そこに狙撃銃をくくりつけている。今回は消音狙撃銃ではなく、特務機関に入る前から使っていた物だった。
飛び抜けた特徴があるわけではないが、その分だけ使いやすい。
彼らは、ヘリに乗り込んでいく。
6人全員が乗り込んだところで、ヘリは地面を蹴って離陸した。
時速200㎞近い速度で、地形を無視するヘリは、すぐに特務機関本部へと辿り着く。
本部が居を構える廃工場の屋上はヘリポートに改造されていて、燃料補給から簡単な機体の整備まで可能だ。
プロペラの突風に、煤煙の嫌な臭いが混じっている。
機内に流れ込んでくるそれに、シャーナはしかめっ面を浮かべた。
シャーナたちがヘリから降りると、そこには陸軍の制服を着た男が2人、シャーナたちを待ち構えていた。
「急いでください」
2人にせかされて、シャーナたちは地下へと続く薄暗い階段を駆け下りる。
特務機関に入隊するときに一度だけ入った地下室に、シャーナは再びやってきた。
「急に呼び出してすまないね」
イヴァンは、形式的に詫びを言った。
「構わないさ。あんたらもザルカ帝国に叩き起こされたんだろうからな」
ザルノフは冗談で返す。特務機関の戦闘員は、風呂に入る時と休日を除けば四六時中装備を着用している。
いつ呼び出されても、別に困らない。
「ああ。こちらも大変だったよ。ザルカ帝国の進軍を遅らせるために幹線道路の爆破を実行したのだが、反撃にあって2名の工作員を失った。それに見合う成果はあったけどね」
イヴァンは、肘掛けのスイッチを操作する。
部屋の中央にあるディスプレイに、文章が表示された。
「これが、カヤが盗み出してきた文章だ。共産党の最高機密に指定されていた」
シャーナは読もうとしたが、暗号化されているのかあるいは自分が知らない言語なのか、全く読めない。
「これは‥‥」
「我々は情報本部や対外情報庁に協力を仰ぎ、暗号の解析に成功した」
ガーランが肘掛けのスイッチを押すと、文書が切り替わった。
今度は読める。
数千字程度の短い文章を数分で読み切ったシャーナは、目を見開く。
「これは事実なのか?」
ザルノフが、やや訝しげにそう聞く。
「ああ。これは我々が作った偽情報ではないよ」
イヴァンは、そこで区切った。
「共産党は、選挙に基づいた方法で政権を取っていない」
理解が追いつかない。
大統領府と議事堂の制圧。軍の掌握。死者200名の隠蔽。
物騒な用語が、シャーナの頭の中を回る。
「彼らはクーデターで政権を奪取したようだね」
シャーナは、ようやく理解した。
すごい。この情報にザルカ帝国を滅ぼせるほどの力があることは、情報の扱いに詳しくないシャーナにも分かる。
「すぐにこれを公開して」
「国際社会からザルカ帝国を糾弾する。だけど、それには即効性がない。おそらくザルカ帝国が内部崩壊するより、アトラ連邦が地図から消える方が早い」
カヤが、冷静に分析した。
「ああ。そもそも内政不干渉というのが国際法上のルールだ。ザルカ帝国に対して第三国による軍事侵攻が行われるわけじゃないし、たとえ経済制裁などが行われたとしても、アトラ連邦さえ落とせば完全な自給自足を実現できるザルカ帝国には、ほとんど効果がないよ」
イヴァンが頷いて、補足した。
「それで、俺たちは何をすればいい?」
ザルノフが、続きを促した。この緊急時に、どうにもできない政治の話をしてもしょうがない。
「ああ。ザルカ帝国を内乱に持ち込んでくれ」
イヴァンは、簡潔に指示した。
「ザルカ帝国軍の戦力はほとんどアトラ連邦との戦争に割かれています。内部で大規模な武力蜂起が発生したら、まず対応不可能ですね」
ライツが頷く。戦線の崩壊で、ザルカ帝国軍は補給線への負荷を無視する勢いで進撃してしまった。今から後退することも難しい。武力蜂起の規模にもよるが、首都が陥落する可能性すらある。
「ええ。そして、可能であればザルカ帝国軍部隊の一部を離反させ、ザルカ帝国軍の前線部隊を後ろから攻撃して包囲、殲滅します」
イヴァンは、自らの立てた綿密な計画を噛み砕いて説明していく。
「僕が作ったザルカ帝国人の協力者たちも使えそうだね」
カヤの言葉に、イヴァンは深く頷いた。
シャーナは戦慄した。イヴァンは本気で、ザルカ帝国の息の根を止めようとしている。それも首を落とすような生やさしいものではなく、中枢から末端まで全てをすり潰すような残虐なものだ。
ザルカ帝国人の命など、アトラ連邦の存在が全てであるイヴァンにとっては、大した意味を持たない。
アトラ連邦を侵略するものは、必ずこの世から消す。シャーナは、自分の望む復讐の末路が想像より悍ましい結果になることに、心底恐怖した。
今更逃げられない。
ただその事実だけが残っていた。




