恋心
深夜、ようやく仕事を終えたガーランは、休憩所で熱いコーヒーをすすっていた。
目を覚ましたいときや落ち着きたい時には、これに限る。
「ガーランさん。隣いいですか?」
ガーランが顔を上げると、発泡酒の缶を持ったライツが立っていた。
ライツは見かけによらずかなりの酒豪でよく一人で飲んでいる。
だがほとんど酔っぱらうことは無く、酒を飲んでもその内心を計らせない薄笑いを消すことは無い。
「どうぞ」
ライツはソファーに腰を下ろして、缶を開けた。
「ガーランさん。単刀直入に聞きますが」
まあ話しかける気もないのに隣に座ったりしないよな。何となく予想していたガーランは、コーヒーを一口すする。
「貴方は、シャーナさんのことが好きなんですか?」
コーヒーを吹き出すような分かり易い反応を、ガーランが示すはずがなかった。
「いや。新人だから気にかけているだけだね。任務のためなら切り捨てるよ」
一切表情を動かすことなく、そう言い切った。
「確かに、兵士のメンタルケアは、衛生兵の重要な仕事の一つです。そして私たちの分隊ではシャーナさんに最も必要なのも確かでしょう」
「まあそうだね」
ガーランは肯定した。
「ですが、あなたは少し踏み込み過ぎているし、新兵を教育するには少し優しすぎるように私には見える」
ライツはそう言った。確かに軍隊と言うのは、身心を限界まで追い込み、技術と知識を体に叩き込む方法での教育を行っている。
それに対してガーランは、シャーナに対してかなり甘い。
今回はシャーナ自身に身心を限界まで追い込む覚悟があるからいいのだが、もし普通の新兵にこれをやったら、緊急時に使えない人材になってしまう。
「そうかな?俺はこのぐらいでいいと思うけど」
ガーランの言葉に、ライツはかぶりを振った。
「いえ。憎悪をかきたてようとしたり、それでいて憎悪なんて汚い感情を抱いてほしくないかのようにふるまったり、妙に厳しいのと優しいのが入り混じっていたり、好きな子を相手にした思春期のガキにも見えます」
あまりにもストレートな言葉に、ガーランはすっと心の深くまで刃を入れられたような気分になった。
丁寧な口調で誤魔化されがちだが、ライツは思ったことを普通に口に出す。
だがガーランには、それを笑い飛ばせるほどの余裕はなかった。それは任務で疲れているからというよりは、ライツの意見が的を射ていることに対する慌てだ。
「だから違うって。そうやって邪推ばっかりするのも、ガキなんじゃないか?」
ガーランはやや感情的に反論する。
「ガキは酒飲んだら粋がりますよ」
ライツは愉快そうに酒を呷って、そう言った。
数秒後、ガーランは深々とため息をつく。
それを肯定だと理解したライツは、質問を畳みかけた。
「なぜです?」
「命の恩人って言うのもあるけど、一番は性格かな」
ガーランは、当たり障りのない回答を返す。
「当たり障りのない無難な回答ですね。まあ、ここで顔とか言うような奴に命預けたくないですが」
ライツは、空になった缶をゴミ箱に投げ入れた。酔いは一切回っていないらしく、顔色は全く変わっていない。
「ちなみに、ライツから見て脈はあると思うか?」
ガーランは、ライツに意見を聞く。部隊内の情報分析を担当する彼は、人の心情についての理解が深い。
「さあ、嫌っているということはないでしょうが、せいぜい戦友って所でしょうね。恋愛感情を抱いているって感じはしませんよ。もしそうだったら、もっと素直でしょう」
変に隠したり誤魔化したりはせず、ライツは自分の意見をそのまま述べた。
「まあ、そんなところだろうね」
ガーランは少し冷めたコーヒーをすする。
「共に銃弾の飛び交う場所に行く仕事ですからね。吊り橋効果に期待なんてことはお勧めしませんが、変にこじらせると連携に支障が出ますよ」
「それは分かってるよ。俺だって長く前線に立っているからね。円滑な人間関係も、連携を取るには重要なことだ。だから、これ以上深めようとかは試みないよ」
だけどね‥‥。
ガーランは天井を仰いで、蛍光灯の明かりに目を細める。
「では、あまり人の心に踏み込むのも野暮でしょうし、この辺りにしておきましょう」
ライツは立ち上がって、歩き去っていく。
ガーランは空になったコーヒー缶を捨て、自販機でビールを買った。
ライツが去ってから僅か数秒後、休憩所にシャーナが入ってきた。
濃紺の戦闘服姿で、片腕には包帯が巻かれている。
「ガーラン」
「シャーナさん。どうかしたのかな?」
ガーランは、内心が表情に出ないよう、顔に笑いを貼り付けてそう聞く。
「いや。飲もうと思って」
シャーナは自販機にコインを入れて、左上のボタンを押した。
音を立てて出てきたビール缶を取り出す。
「一応聞くけど、シャーナさん未成年だよね?」
「18だけど、何か問題が?」
ガーランが衛生兵(20歳)として指摘するべきことを言おうとした時には、シャーナはすでに口を付けていた。
シャーナは心地よさそうなため息をつく。
「法律とか健康とか、未成年飲酒が抱える問題について俺は指摘した方がいいかな?」
ガーランがそう言うと、シャーナはアルコールで上気した顔をそむけた。
「いいだろ別に。明日死ぬかも分からない身なんだから」
そんなことは言わないでほしい。ガーランはそう思ったが、口には出さなかった。
シャーナは、少し変なガーランの態度に気付くことなく近くのソファーに座る。
「なあガーラン」
「なんだい?」
「ガーランはどうやって罪なき人を殺す罪悪感を乗り越えたんだ?」
シャーナの問いに、ガーランはやはり聞くかと思いつつ、シャーナの隣に腰を下ろす。
缶を開けて、ほろ苦いビールを喉に流し込んだ。
「俺は、罪のない人なんていないと考えるようにしたよ」
自分で考えて乗り越えることができれば最高なのだが、シャーナはまだ大人じゃない。
少し道を示しても、問題ないか。
「なぜ?」
シャーナは、ガーランの瞳を覗き込んだ。互いに、互いの内心を探る。
「例えば虐殺される無辜の市民は、他国を侵略した自国の体制を憎みながら死ぬとおもう?」
「そんなわけないだろう」
「そういうこと。敵のことを正しいと思っている人は、それだけで敵なんだ」
シャーナは押し黙った。
「暴論だよね。でも、この戦争はザルカ帝国の存在を間違ったものにしなければ終わらない。そしてそのためには、ザルカ帝国を肯定するすべてを壊さねばならないんだよ」
ガーランは、話を続ける。シャーナは、無言で聞いていた。
「俺はあなたに憎悪なんて醜い感情を抱いてほしくない」
シャーナが、ふと顔を上げた。言葉の意味を掴みかねている。
「だけど、アトラ連邦を憎む相手を憎めなければ、あなたは戦えない。戦わなければアトラ連邦に未来はない」
「私はどうすればいい?」
ガーランは、酒を飲み干した。
「シャーナさんは強い。きっと大丈夫だと思うよ」
おやすみ。ガーランはそう言い残して、休憩所を去る。
シャーナも酒を飲み干し空き缶をゴミ箱に投げ入れて、寝室に向かった。




