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戦場の葬送曲  作者: 曇空 鈍縒


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船舶制圧訓練

 仮装巡洋艦は、商船を改造する形で作られている。

 装甲もなく武装も貧弱だが、工作船を格納することができるウェルドックを備えていて、長期間の航海にも耐えうる。

 その上、居住区画も軍艦よりずっと過ごしやすい。

 医務室で必要な手術を行い、シャーナの腕もカヤの骨折もあとは治るのを待つばかりだし、ザルカ帝国の領海も出たので、もう心配すべきことは無い。

 医官の手伝いを終えたガーランは、ソファーと自販機が置かれた簡素な休憩所で、温かい缶コーヒーをすすっていた。

 他のメンバーは任務さえ終われば休息できるが、衛生兵は負傷している兵士がいる限り休めない。

 熱く甘ったるい液体を喉に流し込むと、溜まった疲労が少しマシになった。

 それでも、陸軍特殊部隊で仕事をしていた時は数日間にわたる行軍の間全く眠れないなんてこともあったので、それよりはだいぶ楽だ。

「お疲れ様。随分な任務だったな」

 ガーランの隣に、コーヒー缶を持ったザルノフが座った。

 大柄な彼はソファー2人分のスペースを埋める。

 幸い休憩所のソファーは4人掛けなので、ザルノフとガーランが座ってもまだ少し余裕があった。

「シャーナはどうだ?」

 ザルノフはコーヒーを一口飲んで、唐突に口を開いた。

「とりあえず死なずに任務を達成できたので、十分だと思いましたけど」

 ガーランは質問の意図を掴みかねて、当たり障りのない返答を返す。

「‥‥質問が悪かったな。シャーナはこの戦場に向いていたか?」

 ザルノフは、そう聞き直した。

 基本的に自身の決断と責任で物事を進めようとするザルノフだが、分隊員の意見は可能な限り聞くようにしている。

 特にガーランは精神衛生面においては専門家なので、ザルノフも人事について意見を聞くことが多い。

 ガーランは少し考えて、自分の意見を率直に伝えた。

「非合法戦をこなすには素直すぎますが、それを補えるだけの能力があります。ただ、メンタル面での不安定さが弱点になる可能性は否定できません」

「そうだな。俺もそう思った」

 ザルノフは、自分の考えが間違っていなかったことを確認する。

「今後は、任務に必要ならば躊躇いなく撃てるように、精神面を鍛える必要がありそうですね」

 ガーランは一切の私情を排して、そう提案した。

「やはりどこに行っても求められるのは殺人機械か」

 ザルノフは、疲れたため息をつく。

 もちろん彼も、敵を躊躇いなく撃てる必要性は理解している。

 それができずに死んだ人を何度も見てきた。だが、人を躊躇いなく撃てるようになるには、よほど精神力がない限り大きな代償が伴う。

「教育に関しては基本的にお前が向いているから任せるが、戦争に飲まれない人材を作ってくれよ。戦後の犯罪者予備軍なんてもう十分いるからな」

「分かっています。彼女をそんなふうにはさせませんよ。俺だって衛生兵ですから」

 ガーランは頷いて、続けた。

「それに関してですが?」

「なんだ?」

「今度、船内で演習をやりませんか?シャーナさんのリハビリを兼ねて」

 仮装巡洋艦は一応民間の商船という体だが、自動小銃なども積み込んでいる。訓練に使用できる空砲弾もだ。

「バトラー交戦装置は無いが?」

 ザルノフは、銃口と戦闘服に取り付けることで実戦同様の戦闘訓練を可能にする装置の名前を出した。

 その装置は教導隊に配備されているのみで、数はそこまで多くない。

 もちろん、この船にもない。

「まあ、そこは自己申告でいいのでは?」

 実際、バトラー交戦装置が配備される前まで撃破は審判か自己申告制だった。

「わかった、じゃあ企画案まとめて船長に掛け合ってこい」

「了解しました」

 基本的に、訓練や演習の計画は士官クラスの兵士たちが計画し実行するが、特殊部隊の場合は、一兵士がそれら全てを担う。

 提案、計画、実行までをだ。

 エリート会社員に求められるような能力も、特殊部隊には必要になる。もちろん、特殊部隊的な性質の強い特務機関も、それは同じだ。

「それじゃあな」

 ザルノフはゆっくり立ち上がり、空になった空き缶をゴミ箱に投げ捨てると、休憩所を立ち去った。


 数日後、ガーランは立案した訓練計画について船長から承諾をもらい、まだ動けないカヤ以外の特務機関職員と、20名近くの船員を甲板に集めた。

 ちなみにカヤは船内の防犯カメラを使って審判を行う。

「えー。これから船舶制圧訓練を行います」

 ガーランが声を張り上げた。幸い今日は晴れていて風も少なく、後ろの方にも声はよく聞こえた。

「まず水兵の皆さんは自動小銃で迎撃を行なってください」

 船の乗組員たちは、旧式の自動小銃を負革で肩から吊っている。銃床は木製で、銃本体もかなり大きい。

 新型のものは陸軍や特殊部隊を中心に配備されているため、基本的に小銃を使うことがない水兵に支給されているのは旧式の物だ。

「我々戦闘員側は、艦橋を目指して進みます。我々が艦橋にたどり着いたら、戦闘員の勝利。我々が全滅したら水兵側の勝利です」

 ガーランは説明を終える。

「それでは、水兵の皆さんは10分以内に配置に着いてください。我々は甲板から突入を開始します。始め」

「了解!」

 船員たちは、滅多にない近接戦闘の訓練にワクワクしている様子で船内へと入っていく。

「じゃあ、俺たちも準備しようか。腕は大丈夫かい?」

 ガーランはシャーナに声をかけた。今回シャーナは、狙撃銃ではなくカービンタイプの自動小銃を持っている。

 狙撃銃ほど使い慣れてはいないが、人並みには扱える。

「大丈夫だ」

 シャーナは、緊張した表情でそう言った。

 船内での戦闘は、シャーナにとって初めての経験だ。

 近接戦闘はできるとはいえ狙撃ほど得意ではないし、腕の怪我はまだ完治していない。

「まず大丈夫だと思うけど、急に痛くなったらすぐに教えて」

「分かった」

 シャーナは頷く。

「時間だ。行くぞ」

 ザルノフがそう指示して、彼らは動き出した。

 ライツが僅かに水密扉を開けて、サリアが閃光手榴弾を投げ込む。

 閃光と同時に、ザルノフを先頭に戦闘員たちは船内へと突入した。

 発砲音が、狭い船内にくぐもって響く。

 カヤから即死判定を受けた水兵が3名ほど、片手を上げて退場していった。

「クリア」

 海軍自動小銃に特有の重たい発砲音が響く。

 シャーナは音のした方に自動常住を構え、引き金を引いた。

 肩を突く反動を押さえこんで、数発射撃する。

 物陰に隠れようとした水兵は、間に合わず被弾した。

 シャーナの射撃能力は、それが狙撃銃で無かったとしても非常に高い。近接戦闘に精密射撃はあまり求められないが、射撃能力がアドバンテージになることも確かだ。

「クリア」

 サリアが短機関銃を構えて廊下の先で自動小銃を構えた敵を撃破する。

 水兵は銃撃戦の訓練をほとんど受けていない。基地の警備を行う海軍警備隊や特殊部隊を除けば、射撃能力は陸軍の後方部隊以下だ。

 当然、各特殊部隊から精鋭を選抜した特務機関に勝てるわけがない。

「シャーナさん。気を付けて」

 廊下の曲がり角で、ガーランはシャーナの肩に手を置いて銃を構える。

 こういった場所は、突然飛び出してくる敵兵に注意する必要がある。

「分かった」

 シャーナは緊張しながらも頷いて、自動小銃を構えながらゆっくりと動く。

 案の定、そこには水兵が待ち構えていた。

「っ!」

 シャーナが銃を構えるより早く、ガーランが射撃した。

 水兵は銃を構えて引き金を引こうとしたところで、無線で行われた被撃破の連絡に応じて銃口を下ろす。

「近距離にいきなり敵が現れた時の対処能力が弱いですね」

「すまない」

 シャーナは謝った。もしガーランがいなかったら、自分は撃たれていた。死者にせよ負傷者にせよ、面倒なことに違いはない。

「気にしないでください。初めからできる人なんていませんよ」

 ガーランは、穏やかに笑った。シャーナは何事においても熱心だ。

 熱心な人間を教育するのは楽しい。最初どれだけ無能でも、しっかりとやる人は着々と能力を伸ばし、最終的に有能になるからだ。

 それに、シャーナは初めから戦闘の才能という物を持っている。

 ガーランは、シャーナが今後どう成長していくのか楽しみで仕方がなかった。

「敵の足音、前方から数3」

 シャーナ、ガーラン、ライツが同時に引き金を引き、物陰から飛び出してきた3名が同時に撃破された。

 水密扉を開けて閃光手榴弾を投げ込み、ザルノフは目をつぶったまま散弾銃を射撃する。

 後ろから続く四人が、被弾しないよう物陰に隠れつつ制圧射撃を行う。

 炸裂音と閃光に視野を奪われた水兵は、狭い船内で瞬く間に殲滅される。

 たった5人の戦闘員に、地の利があるはずの水兵たちは翻弄されていた。

 水兵たちの所属は海軍特殊部隊の支援隊で、特務機関の存在は知らない。

 だが、今自分たちの船に乗り込んでいる部隊が何らかの秘密部隊であることは知っていた。

 そんな部隊との訓練にワクワクしていた水兵達だが、その期待は上方向に裏切られた。

 少しでも体を出せば射撃される。審判の不正を疑うレベルで脱落者が増えていき、最終的には艦橋に突入するまでもなく水兵は殲滅された。

 対する秘密部隊側の損害はゼロ。流石に艦の士官たちは審判に抗議したが、録画データを確認して、その審判に不正が無かったことを理解した。

「やっぱり演習後の飯は旨いですね」

「うん」

 ライツの言葉に、サリアが相槌を打つ。手に血の香りが残ることもなく、達成感だけを感じられる演習は、大変でもあるが楽しい。

 幸い、シャーナの肩が悪化するようなこともなく、提案者のガーランは安心して海軍名物のカレーを口に運ぶ。

 全体的に肉が多くお腹に溜まるが、野菜が添えられていて、栄養バランスにも配慮されている。陸海空軍の中で海軍の料理人が最も優秀だというのは、確かだ。

 そもそも一食の予算すら、海軍と陸空軍には差があるが。

「それとガーラン」

 ザルノフが、水を飲み干してそう呼びかけた。

「はい」

 ガーランは口のカレーを水で流し込み、返事をする。

「飯が終わったら始末書まとめておけよ」

「え?」

 ガーランは硬直した。始末書?特に問題なんてあったか?

 戸惑うガーランに、ザルノフが説明した。

「戦闘中に空砲の衝撃波で船内の数か所が損傷したらしい。ついでに軽症者も多発して、軍医は過労状態だそうだ」

 シャーナとカヤの治療で徹夜していたところに、申し訳ない事をした。ザルノフは少し反省した。

「それで船の修理なんかの始末書を船長に書かせる訳にもいくまい」

 特殊部隊員は実行力が求められる。

 そして実行力と言うのは、イコール責任だ。きちんと責任を取る覚悟が決まっている人にこそ、実行力は宿る。

 そしてガーランも、何となくそうなることは予想していた。

 水兵達にとっても自分たちにとっても実りのある訓練になったから、良しとするか。

「今日は徹夜になりそうですね」

「すまない。私のリハビリを兼ねていたと聞いている。手伝わせてくれ」

 シャーナが申し出たが、ガーランは怪我しているから無理しないでと断った。


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