離脱
同じ頃、施設内では未だに銃撃戦が続いていた。
ザルノフは拳銃を構えた警備員を散弾で吹き飛ばして、弾倉に弾丸を込める。
その隙を突こうとしたのか、自動小銃を持った敵兵が壁から身を乗り出してザルノフに銃口を向けたが、即座にガーランの拳銃射撃を受けた。
自動小銃を指ごと弾き飛ばされ、防弾ベスト越しに内臓を殴られた敵兵は、腹部を押さえながら膝をつく。直後にサリアがナイフを構えて肉薄し、止めを刺した。
地下への入口で合流した4人は、地下1階の廊下を進んでいる最中だ。
ドアから飛び出してきた敵兵を、サリアが短機関銃で射殺する。
すでに情報調査室の警備員は戦死するか戦意を喪失しており、重武装で動きが機敏な敵戦闘員も、数名ほど殺した辺りで姿を見せなくなった。
それでも彼らは警戒を怠らずに地下2階へと続く階段を降りて、尋問室へと侵入する。
尋問室のデザインはシンプルで、中央の廊下と両脇に並ぶ牢獄で構成されている。
そこには数名の警備員がいたが、ザルノフの散弾にひるんだ隙にサリアとガーランの猛射撃を受けて全滅した。
赤黒い血が、汚れた床に広がる。
牢獄の空気は澱んでいて嫌な臭いが鼻を突く。ずいぶんと不衛生な部屋だ。
彼らは、物陰に隠れた敵兵を警戒しつつ進む。狭く汚れた牢獄の中には、拘束用の椅子と鉄のベッドだけが置かれていて、酷く殺風景だ。
「遅かったじゃん」
カヤの声が聞こえた。
彼女は一番奥の部屋で椅子に縛られていた。
頭から血を流していて、軽くない怪我をしていることが分かる。
ライツが牢獄の鍵をピッキングしてこじ開け、彼らは銃器を構えたまま中へと入った。
「ずいぶんと待ったよ」
カヤは、余裕そうな表情を作ってそう言う。
だが、流石に情報調査室の拷問は心身ともに堪えたようで、その声色には疲れがあった。
「すみません。それと、明日の午後2時8分には迎えの船が来るので、急ぎますよ」
ライツが、拘束器具から解放されて伸びをしているカヤにそう伝える。
時刻はまだ深夜12時を回っていないが、海岸までは少し距離があるので、のんびりはしていられない。
「歩けるか」
ザルノフが聞いた。
「悪いね。拘束された時に折られちゃって」
カヤは自身の足を一瞥して謝る。
ガーランは、周囲への警戒を緩めることなくカヤの足を確認する。
それは変な方向に曲がっていた。
冷水で濡れたスーツに血が滲んでいる。致命傷にはなっていないが、かなり重症だ。傷口に細菌が入り込めば最悪切断せざるを得なくなるだろう。
一刻も早く治療する必要がある。
「分かった、俺が背負う」
ザルノフが戦闘服のポケットからロープを取り出して、カヤを背負った。ずり落ちないようにその体を自分の体にロープで縛りつける。両手を使わずに人を運ぶための技術で主に山岳救助隊などが利用しているが、両手で銃を使いながら要救助者を運べるので、戦場でもかなり役立つ。
彼らは、そのまま小走りで施設を離脱した。
途中、離脱を阻止しようとした警備員が何人かいたが、暗視装置や防弾ベストなどを装備した特殊部隊員を前にしては無力だった。
結果、戦闘は情報調査室の警備員が32名死亡、重傷者多数の大損害に対し、特務機関側は人質の解放に成功、負傷者1名という一方的な結果に終わった。
高速道路を走るバンの中で、分隊唯一の衛生兵であるガーランが、シャーナとカヤの負傷を確認していた。
現在彼らは、工作船との合流地点に指定した砂浜へと向かっている。
「とりあえずシャーナさんもカヤさんも問題ないね。洋上待機している仮装巡洋艦に到着したら、そこの医務室で診てもらおうか」
シャーナは応急処置が完了しているし、カヤは致命傷を与えられていない。幸い、今回の任務で人命の損失を出すことは無さそうだ。
ガーランはほっとしながら、カヤの足に添木をした。
「悪いね。まさか密会の事がばれるとは思っていなかったよ」
カヤが、痛みをこらえながらそう謝る。
「気にしないでください。情報流出に気付けなかった私の落ち度もあります」
答えたのは、ハンドルを握っているライツだ。彼は分隊内で情報の運用を担当しており、カヤとの連絡も担っていた。
口元にはいつも通り薄笑いが浮かんでいて、一見すると反省していないように見えるが、情報流出に気付けなかったことは彼なりに責任を感じている。
「あとどれくらいで着く?」
「2時間ぐらい飛ばせば着きますよ。トラブルが起きなければの話ですが」
シャーナの問いに、ライツがそう返した。
「警察がいないといいんだがな」
ザルノフがそう呟くのと、聞き慣れたサイレン音が鳴り響くのが、ほぼ同時だった。
「噂をすれば影って奴ですね」
その警察車両がまさか自分たちを追跡しているとは思っておらず、ライツはそう笑う。
「物騒だな」
ザルノフの表情が、少し硬くなる。
「そこのバン、止まりなさい」
高速道路上には乗用車や中型トラックがまばらに走っているだけで、バンと呼ばれる類の車両はシャーナたちの乗っている物だけだ。
車内に緊張が走る。
ライツはバックミラーで後ろを確認する。
三台の警察車両が、スピードを上げつつこちらへと迫っていた。
スピード違反ではないし、ザルカ帝国の交通道路法に違反するような危険運転もしていない。そこに関してはライツが熟知している。
とすると考えられる可能性は一つしかなく、それについて彼らは大いに心当たりがあった。
「どうしますか?」
ライツは、ザルノフに指示を仰ぐ。
「一度停車に応じる。状況次第では交戦だな」
ザルノフは即座に決定した。負傷者2名を抱えている状況での交戦はできる限り避けたいが、バンの性能で警察車両を振り切るのは不可能だ。
つまり、停車に応じる以外の選択肢は残されていない。
そして警察に車内を確認されたら銃撃戦は必至。車内に緊張感が満ちる。
ライツはそのまま警察車両の誘導に従い車を路駐させた。
車から降りた警察官が、こちらに向かってくる。
服装は警察の物なので情報調査室ではなさそうだ。だが、情報調査室と警察は実質的に同一機関と言ってもいいほど密接に連携している。
油断はできないな。
ライツは若干の緊張を感じながらも窓を開けて、警察官らに応じた。
「すみません。警察です。現在アトラ連邦工作員の摘発中でして、ご協力をお願いします」
警察側は、慣れた口調でそう尋ねる。どうやらシャーナたちが工作員だとはまだ気付いていないらしい。
「はい」
ライツは緊張を完全に統制して自然に返事を返す。
「車内を確認させて頂いてもよろしいですか?」
ライツはガーランに目をやる。ガーランは頷いた。
「ええ。どうぞ」
警察は車の中を見て、カヤに目を止めた。
「貴様!」
次の瞬間、コートの内側で拳銃を構えていたガーランが引き金を引く。
容疑者の顔をしっかりと覚えていた警察官が最後まで言い切るより、彼の頭が吹き飛ぶ方が早かった。
「よし。車を出せ!」
ザルノフがそう指示して、ライツは車内に倒れ込んだ警官を突き飛ばすとアクセルを踏み込む。バンが勢いよく発進した。
サリアが短機関銃を構えて、停車している警察車両にそれぞれ2発ずつ射撃する。
警官は慌てて追いかけようとしたが、警察車両は全てサリアの射撃でエンジンを破壊されており動かない。
走り去るバンに回転式拳銃を構えた警官もいたが、精度の低い拳銃では狙いが外れて民間車両に当たるリスクが高く撃つことはできなかった。
彼らは車載無線機で応援と救急車を要請したが、もう手遅れだった。




