虹彩卿
退屈な時間とは裏腹に、ただ一人の人間だけは
僕に受容と愛を施してくれる。
姉だ。
僕の姉。
今更何を言うでもないが、僕は姉を愛している。
昔はよく、公園を駆け回った。
ブランコも押してもらった。
あの優しく揺れるブランコが好きだった。
それが無い。
ぽっかりと僕と、姉の間に虚空を作ったのは
運命という光だ。
姉の手に触れると微かに、姉の目尻が緩んだ。
手で握っているのは、風が吹いたら折れてしまうかのような軟弱な手だった。
姉の体積が減って行くのを感じた。
姉は僕に絆創膏を貼ってくれた。
最後に残ったひとつの林檎を僕に譲ってくれた。
姉自身は僕を、否定しなかった。
比べもしなかった。
だから僕も姉を比べなかった。
あぁ、欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい
姉が欲しい。
僕は姉の心に触れた。
彼女の瞳は一瞬震えた。
それは畏怖だったか、驚きか、愛か。
今となってはどうでも良かった。
でも、指先が冷えた。
秒針が動く、一瞬だけ世界がズレた。
それなのに、意外にも姉は僕に委ねた。
さっきまで冷えていた指が嘘のように
僕に温もりを与えた。
少し痩せた腰も、滑るようなくびれも。
へその横と、背中にあるホクロも。
僕しか知らない姉の姿。
もう誰にも触れられたくなかった。
僕のものだからだ。
病院の安蛍光灯は、貴女の影を映さないが
僕とひとつになる事でやっと貴女が存在する。
本当に本当に、僕らは愛し合っていた。
誰にも取られたくなかった。
姉は僕だからだ。
なら、取られる前にと僕は衝動と焦りを握り締めた。
いつ、部屋が静かになったかは覚えていない。
それ程に愛し合っていたからだ。
握った掌も、汗ばんだ首筋も、僕の好きな瞳も。
時と同時に、遠くなって行った。
もうこれで一生離れないでいれる。
僕をずっと見つめていて欲しい。
お姉ちゃん。
今は軽くなってしまったお姉ちゃんは
僕の掌にすっと収まる大きさまでになってしまった。
僕は、手を伸ばした。
ただ、ずうっと一緒にいるため。
布はやけに軽く、サラサラと僕の指を触れる。
僕はそれを落とさないよう、両の手で支えた。
闇だけがそれを包み、僕に運命が刺した。
僕は姉だ。
もうひとりじゃない。
家に着く頃には、布に染み付いた匂いが
僕を真っ直ぐにした。




