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幸福の基準

作者: P4rn0s
掲載日:2025/10/06

スマホを持って、毎日ネットを見て、冷蔵庫には卵と牛乳があって、夜になればコンビニの明かりがつく街で暮らしていて、それでも「貧しい」と言う人たちがいる。

その声を聞くたび、僕は少しだけ苛立ってしまう。

いや、「少しだけ」なんて控えめな言葉じゃ足りない。正直に言えば、腹が立つのだ。


SNSを開けば「日本人の生活はもう限界だ」とか「こんな国で子どもを育てられない」とか、そんな言葉が毎日流れてくる。

その投稿をしている人のプロフィール写真には、最新のスマホで撮ったフィルター付きのカフェラテが並んでいる。

疲れたと言いながら旅行にも行くし、嫌いな仕事を続けながらも、たまに高級なチョコを食べて「これが幸せ」とつぶやく。

それが悪いわけじゃない。むしろ、それが人間らしいと思う。

でも「もう終わりだ」「この国は地獄だ」と、まるで被害者のように言うのは、なんだか違う気がしてならない。


僕はかつて、本当の貧しさを見たことがある。

夜中にゴミ捨て場で残飯を探していた男の子。

スーパーの試食コーナーで何度も列に並び直していた親子。

あれを「貧しい」と言うのだと思っていた。

彼らはスマホを持っていなかった。

SNSに「苦しい」と書き込む場所も持っていなかった。

ただ静かに、今日を生き延びるために呼吸をしていた。


だから、誰かが「生活が苦しい」と言うたび、僕は条件反射のように思ってしまう。


何と比べて?


君の苦しさは、どこに線を引いているんだ?

スマホを握りしめながら、電気の通った部屋で、Wi-Fiに繋がったまま、世界中の不満と比べているその姿を、どうしても美化できない。


もちろん、分かってはいる。

相対的な貧困という言葉も。

精神的な余裕のなさも。

誰もが同じ苦しみ方をするわけじゃないことも。

それでも、だ。

僕はどうしても腑に落ちない。

冷たい床に寝ていた時、財布の中に硬貨が1枚しかなかった時、電気が止まって真っ暗な部屋で蝋燭を灯した夜。

その時、僕は「日本の生活は苦しい」とは思わなかった。

ただ、「自分が情けない」とだけ思った。

それでも、自分の足で立とうとした。


今、そこそこの部屋に住んで、朝にはちゃんと温かいご飯を食べている。

それでもたまに、SNSを見ていると妙に虚しくなる。

皆が「不幸だ」と言えば言うほど、僕の中の幸福が少しずつ削られていく気がする。

「幸せ」を口にした瞬間、それは軽んじられる。

「幸せなんて幻想だ」「上級国民の戯言だ」と。

まるで、幸福を感じることが罪のようだ。


そうして人々は、「不幸の奪い合い」を始める。

誰が一番苦しいか。

誰が一番報われないか。

誰が一番怒っていいのか。

それを競うように、不幸を飾り立てて投稿する。

まるで、貧しさが勲章みたいに。


僕はもう、そういう戦いから降りたいと思っている。

苦しみを誇るよりも、ささやかな幸福を拾いたい。

安いスーパーの唐揚げ弁当がうまかったとか、駅前の子どもが笑ってたとか、そういう些細なことのほうがずっと本物のように思える。

誰かが「それで満足してるの?」と笑ってもいい。

満足してるんだから、仕方がない。


貧しさは、物の量じゃない。

感じ方の深さでもない。

それは、比べ続ける心の病だ。

スマホの中の誰かと自分を比べて、「足りない」と思うたび、人は勝手に貧しくなる。

そして、自分で作り出したその貧しさを「社会のせい」にして、悲劇を語る。


でも、もういいんじゃないかと思う。

今日、僕たちは生きている。

屋根の下で、飯を食って、夜には電気を消して眠れる。

それ以上を望んでいいけれど、それ以下を忘れてはいけない。


もし誰かが「この国はもう終わりだ」と言うなら、僕は静かに言い返したい。

終わっていない。

君がスマホを持って、その指で言葉を打てている限り、まだ始まってすらいない。


そして、僕は小さな声で言うだろう。

「どうせ生きるなら、もう少し感謝して生きてみよう」と。

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