みんな大好きB02
全員の視線が、この違和感を作り出した原因たるひとりに集中する。
あのシドウだって停止した。ソータ、ハーモン、コウといった男子たちも。
ユリンは興味深そうな目をしている。シェリーは意外そうな顔を。アイリだけは「あちゃー」という顔を。
「あ、あの………ヒナ?」
『はい。なにか御用でしょうか? ノギ先輩?』
「なんか………いつもと比べて、変な呼び方じゃ」
『いいえ? 以前からこんな感じだったじゃないですか。変なノギ先輩』
変なのはヒナだ。明らかに変だ。
というか、かなり怖いんだけど。
ヤベェ。俺、なにかしたか!?
「ヒナさん? もしかして、怒ってらっしゃる?」
『いいえ? 全然』
笑顔がガチで怖い。なんなんだ。この底知れない威圧感。
ゼロ距離でいつもはじゃれてくるはずなのに、今は2メートルほどの距離がある。
ニコニコする笑顔は口を開いているはずなのに、今は閉じて、端を吊り上げているだけ。
目も細められているが、いつもより大きく開かれている。
敵機にロックオンされた際のアラートが脳内でずっとループしているような「今すぐ頭を下げないと死ぬ」みたいな恐怖が込み上げる。
『じゃ、私先に行くね。また後でね』
『お、おう………』
『すぐ行く………』
あのハーモンとコウでさえ硬直している。
無造作に手を伸ばしたら殴られそうな威圧感に、ふたりは自発的に左右に跳んで道を開ける。
全員でヒナが去るまで見送る。その背中が隔壁の向こうに消えた瞬間───
『お前っ、こんな時になにをしている! 隊が一丸になろうとしている肝心な時に!』
シドウから叱られた。理不尽なくらいな文言だ。
『いや………エー先輩があいつになにをしようが笑って許すんだろうなと思ってたっすけど、あんなになるまで怒るなんて………マジでなにしたんすか? エー先輩』
「いや、なにもしてねぇ………なんだよみんな。そんな目すんなって! いや、マジでなにもしてねぇから! おい! お前たちもだ! 軽蔑するような目をすんな! 俺だって人間なんだぞ!? 傷付くぞ! これは誤解だ! 冤罪だ!」
ハーモンでさえ驚きながら具体を尋ねるが、本当に覚えがないので否定すると、途端にドッグから突き刺すような視線が俺に集中する。学徒兵だけではない。ヒナは整備士たちとも交流があって、気に入られていたから、あそこまで怒ることをしたならば、と大人たちまで非難の目を突き付けてきた。
『エー先輩。悪いことは言わない。すぐに謝った方がいい』
『そうだよ。俺たちも協力するから。エー先輩が誰かと仲悪くなるのは見たくないし。副艦長は別だけど。そうだ。なんならこの前みたくロッカーに、んげっ!?』
『待ってソータ。それはここで言っちゃダメ』
コウは罪が重くならないよう提案をし、ソータは危うくロッカーでのイチャラブ事件を暴露しようとしたところでアイリがネックロックで黙らせる。
しかし、誰しもが「謝れ」と理不尽かつ身に覚えのない罪を疑うなかで、アイリだけは唯一言葉を続けた。
『エー先輩、本当にヒナが怒ってる理由に覚えがないんですよね?』
「あ、ああ。ヒナに嫌われるようなことなんて、一度もしたことがない! レイシアさんに誓ってもいい!」
ある意味で艦長よりも上位な存在であるレイシアの名を挙げて宣誓することで、強引ではあるが全員の信頼を回復しようとする。
しかし、それでも咎める目を向けるアイリだけは、首を縦に振ることはなかった。
『本当になにもしてないと?』
「ああ。体の接触なんて厳禁! セクハラ、ダメ、絶対! キェェエエエエエ!」
「うるさ………叫ばなくていいです。お触りはしてないんですね。じゃあ………最近、なにか話しました?』
アイリ主導の尋問で、俺の罪の有無を明白にするイベントかな?
けど残念だったな。俺に罪などない。きっと、ヒナの勘違いだ。
「なにも喋ってないな。忙しかったし」
胸を張る。これでなにもしていないという事実が証明されるはずだ。
『ハァ………それですよ。問題にして、答えはそこにあります』
「ふえ?」
『無自覚なんですか? ………ヒナも可愛そうに』
………おいおいおい。
なんか、嫌な流れになってきたぞ?
ほれ見てみ? アイリの尋問で俺に謎の罪状が突きつけられると「やっぱりあいつが悪人なんだ」と整備士と学徒兵が敵意剥き出しの視線を再び集中させる。
こんな針の筵みたくなるのは、サフラビオロスを大破させて以来だな。
………サフラビオロスを大破?
………うん? なんか………なにかが引っかかるような?
『エー先輩。ヒナと最後に喋ったの、いつですか? ミーティングや戦闘以外で』
「………え?」
『本当にヒナが、なにも思ってないと思ってるんですか? レイシアさん、なんて言ってましたっけ?』
「………ぁ」
俺の脳内で、レイシアの声が再生される。
───ついさっきなんて、ヒナちゃんが散々愚痴ってたんだから。
───お腹周りとか気になるだろうし、声をかけてあげたら?
───鈍いねぇ。それにおバカさん。
───あのねぇ、夜中に抜け出してエースくんのところに行くと思う?
───エースくんのベッドで寝ちゃったんでしょ?
───早期解決を期待します。
───誕生日を祝ってもらえなかったって泣いてたし。
このなかで唯一の馬鹿が確定しました。
はい。その正体こそ、俺でした。
じーっとみんなが俺を見ている。
理不尽とか、冤罪とか、色々考えて回避しようとしてたのだけど、全部正論だった。
悪いのは、全部俺でした。
俺はヒナに声をかけるつもりでいたんだ。
でもいつも忙しくて、ビームシールドのこととかあって、ジャケットのこともあって、怒涛の勢いでハーモンとコウとシェリーを説得して、デーテルをこらしめた。
そんなイベントが盛りだくさんの激務のなかで、すっかりとヒナに向けるべきである注意を忘れてしまっていた。
最悪だ。
なにが最悪って、女の子に会わなければとだけは覚えていて、ヒナではなくシェリーを選んでしまったこととか。
「あ、あああいいいいい、りりり、や、やばばばば」
「エー先輩。壊れてないで、しっかりしないと本当に嫌われますよ?」
「あばばばばばば」
俺は奇声を発しながら走り出す。
ヒナに謝るために。
ハルモニを使って居場所を特定。面会しようとしたが、断固拒否。
1時間ほど粘ったが、効果はなく、俺はドッグに戻ってイリスに盛大に呆れられた。
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