所詮は子供B09
完全に抵抗する余力さえ尽きたのだろう。デーテルは俺にされるがまま、後ろからホールドされたまま、プラーンと吊り下げられた。
胡乱げな瞳がすべてを物語る。自らの乾杯を。自分の策に溺れた策士の末路だ。
「デーテル副隊長殿。今後とも、良き関係を築いていきましょうね? 俺は常に見ていますよ」
「私は副艦長なのだぞ………誰よりも権力を持った………それが、なぜ………」
「うっせぇな。キスすんぞ?」
「ひぃぃいいいいっ!」
顔を寄せて強めに脅迫すると、ついにデーテルは心が折れたらしい。
解放すると俺たちを振り返ることなく、また手足を使ってバタバタと逃げていく。ただし、死角から飛び出してしまったせいで監視カメラにバッチリと虫ケラじみた敗走姿が納まってしまっただろう。
「………ぁぁああ。疲れた………」
本当はこんなことをするつもりはなかった。
もしここにシェリーがいたら、休憩を装って接触し、ある程度の距離を保って軽めな挨拶をするはずだったのに、盛った副艦長が馬鹿をやらかしたから、数分前に意識を失ったばかりだった体に鞭打って酷使する羽目になった。
ベンチにどかりと腰を下ろす。
やたらと重い頭の疲労を緩和できないかと、眉間辺りを指圧してみた。
「お疲れみたいですね。その、えっと………副隊長」
「んあ………実際に出撃して戦う、お前たちほどじゃないさ」
シェリーは控え気味に声をかけて心配してくれた。
指圧をやめて、横を見る。ベンチが軽く揺れた。シェリーが隣に座っていた。
「助けてくれて、ありがとうございます。副隊長」
「よしてくれ。俺は副隊長なんて器じゃないよ。それに、俺は隊員だからとかじゃなくて、後輩が困ってそうだから助けたんだ。無事でよかったよ。シェリー」
シェリーはデーテルを前にした時や、コウを相手にした時とは違う、どこか大人しげな表情をしていた。
ただ、その目元───眉間にあるしわは取れていない。本数は減っているけど。
シェリー・ダルシャナ。パイロット科1年生。筆記試験の成績は上位。実技も上位。ただしいずれもトップではない。最高学年になってもこの成績をキープできれば、サフラビオロスでは職に困ることはない。
ただ彼女のアイデンティティというか、偏見を持たれそうな表情のせいで多くの誤解を招かれがちだった。
表情というよりも、顔付きだ。
三白眼を尖らせて、眉間にしわを寄せてしまう。真顔でもこうなってしまい、周囲からは「怖そう」という印象を持たれてしまうのだ。
ファンのなかでも偏見を持っている者も多く「シェリーはドSだ」とか「睨まれて罵倒されたい」とか「罵倒されながら踏まれたい」とか、己の欲求に正直な者たちが性癖をまたその日も歪めていく。
「あ、ありがとう、ございます。エー先輩」
「おっ。ついにお前もエー先輩って呼んでくれるようになったか。嬉しいね」
本当に嬉しい誤算だ。
シェリーとはこれから仲良くなり、互いのことを知っていこうと考えたが、デーテルの一件で必要とされているであろう時間を短縮できた。
じゃあデーテルのお陰か。
いつか地球に降りた時、ゴキブリを探して差し入れしてやろう。
だって飼いたいって言ってたし。なに。日本にでも降りればすぐだ。あの害虫の生命力は半端ないからな。
廃墟で噴霧タイプの殺虫剤でも炊けば、すぐに出てくるだろう。デーテルもきっと喜ぶ。そうに違いない。
「けど、代償にしたものが大きすぎるな。やっぱ最悪な手触りだったよ。おえ………俺はなにが嬉しくて、野郎の胸を揉んだんだろうな。うわ。まだ感触が残ってて気持ち悪い」
「な、なら………口直し? じゃないか。手直しに、触ります?」
「は?」
なに言ってんだこいつ。と伏せていた視線を上げる。シェリーと視線が合う。でもすぐ反らす。少しだけ下に。
シェリーはデーテルを追い詰めるべく、自らジャージのファスナーを下ろして胸元を少し晒した。
そこにはヒナほどではないが、アイリほどのサイズの───やめろ。そんなことを考えて、傑作たるアニメを煩悩で穢すんじゃねぇ!
「少しだけなら、いいですよ。その、お礼ってことで」
「なら、少しだけ」
「っ………」
シェリーが、俺が伸ばした右手の指先に注目する。
デーテルの時とは違って、嫌がってはいない。少しだけ緊張しているが、受け入れようとしているような?
けど、俺は生粋にして筋金入りのファン。
推し活の申し子。
なら、やることはひとつ。
「………え?」
シェリーは俺がジャージに触れると、目を閉じて顎を上げる。可愛い。
しかし胸元から聞こえた音が、予想していた衣擦れとは異なったためか、すぐに目を開いて驚いた。
デーテルを陥れるために大胆に開き、下着や谷間が露出していた胸元のファスナーが首元まで上げられていたのだから。
目的を果たしたため、すぐ金具から手を離す。
「残念だけど、やめておくよ」
本っっっ当に、残念なんだけどな!!
前世では月に一度、歳が近い異性から話しかけられればいい方だったさ。まさに春がいつまで経っても来ない暗澹たる時代だった。
転生してから春の気配や足音が近づくのはわかるが、救済対象に安易に触れていいわけが、ないだろうッ!!
クソが!
なにがやめておくよ、だ。紳士ぶりやがって!
血涙が流せるなら、今すぐ流してやらぁ!
「シェリー。自分を安売りするのはやめろ。お前、あの馬鹿に迫られて、平常心を失くしてるんだ。まずは冷静になりな?」
「………驚いた。こんなひとがいるんだ」
「え?」
「あ、ごめんなさい。………エー先輩もやっぱり、こんな目付きしてる女なんて、嫌いですよね」
シェリーは俯いてしまう。
俺の行為は正解であって、失着を招いていた。
「私、実は………親が離婚してるんです。こんな顔してるから」
知っている。
これは第2クールで語られた。
「小さい頃からこんな顔してた私の目付きが気に入らなかったパパは、怒鳴って、ついには殴ってきて………ママが庇ってくれて、離婚したけど………ついには治らなくて。笑顔だって下手だし。去年、ママも新しい男を作って、出てってしまって………」
世の中にはどうしようもないこともある。
俺は安易に、それはシェリーのせいではないとは言えなかった。それはシェリーが欲しがっているようで、本当は求めてはいない、50点ほどの、言われたら歪な笑顔しかされない回答だ。
作中では100点満点の回答が出たが、あくまで同性からの答え。
シェリーは泣いて喜んだ。だから今、俺が彼女が本心から求め、そして俺の本心を伝えようと思う。
「うん。………大変だったんだな。その目付きで勘違いされることも多かっただろ」
「先輩からいじめられたり。さっきの副艦長みたいなことされたりも。ギリギリで逃げたけど」
「立派だよ。シェリー。よくそれで、真っ当に生きてきたな」
「そんな。こんな目付きしてる私が真っ当だなんて」
「それに、俺は悪くないと思う。………うん。かっこいいじゃないか。俺なんてこんな顔だし。よくだらしないって言われるんだぜ?」
「変な慰めはしないでください。悲しくなります」
「慰めなんかじゃない。さっきのお前の顔………えっと、触ってみます? って言った時。可愛かった」
「ッゥエ!?」
あ、ヤベェ。
遠回しで回りくどくとも同義な言葉を選ぼうとしたが、ついストレートに言ってしまった。
そう。正解は「可愛い」だ。
アイリたち女性からそう言われて、泣いて喜んだシェリーだが、俺からその言葉が飛び出すと、なんか壊れた人形みたいな奇声を発して、ベンチから飛び上がった。
4回目!
次回は15時を予定しております。デーテルへのお仕置きは書いていて楽しかったです!
今日はAIイラストで「うっせぇなキスすんぞ?」のシーンでも書きたいですね。
作者からのお願いです。
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