所詮は子供A05
「な、なにを笑って………おい貴様! その手になにを隠している!?」
「え? 別に、なにも。ほら」
「む? う」
指摘すると、振り返ったゴキブリが左手を広げてみせる。
確かに上向きに揃えられた五指や、手のひらにはなにもない。軽く角度を変えてみるも、角度によって可視できる類のペイントを施してもいないようだ。
「………なぜこのガキどもは笑っている?」
「意識が低いだけです。デーテル副艦長殿の魅力を学習していないからでもあります。さぁ、ご覧になってくださいデーテル副艦長殿。今からこのクソ生意気なガキどもを調教しますからね!」
笑顔を浮かべて悪童を睨むゴキブリ。
それから、たまらず腹を抱える勢いで爆笑しているハーモンの胸倉を掴んで怒鳴った。
「なにいつまでも笑ってやがるバカヤロウッ! 幼稚園児でもマシな反応するぞ!」
「す、すんませ………うす。もう大丈夫っす。ハーモン副官、サイコウっす」
「よし。………ソータ! ちゃんとしろ! ハーモン副艦長殿の御前だぞ!」
「ごめんね………ふひ」
「笑うなバカヤロウッ!」
「ふひひ………ごめ………でも、ダメ………」
「罰として走ってろ! ヒナ! 笑うのをやめないとソータと一緒に走らせるそバカヤロウ!」
「さ、サーッ! も、もう笑いません………ふふ」
「ヒナァ!」
「サーッ!」
………とりあえずは嘲笑は止んだか。
しかし、なんだ。この空気は。
私がドッグを訪れた時よりも、若干浮ついているような。なにかに期待しているような?
「お前たちはなにもわかっていない! デーテル副艦長殿は常に! 冷静で! 知的で! 思慮深く! おくゆかしく! 尊敬を集め! 誰からも尊敬される! 超ド級空前絶後のスーパーエリートなんだぞ! そうですよねデーテル副艦長殿!」
途中から意味不明だったが、おおよそそのとおりだ。首肯で示す。
「その経歴は前例がないくらいだ! 士官学校では常に主席! 彼女がいたことはない! 卒業後は日々邁進し! 主席であったことを鼻にかけ! 研鑽を重ね、最年少でこれほどの宇宙戦艦の副艦長の座に就任し、俺たちがここに来る前に与えられた数々の任務を達成に導いた功労者である! そんなデーテル副艦長殿を敬愛しないでどうする! 俺たちがこの方から学ぶことは多いんだぞ!」
「す、すげ………ブッフォッ」
「ハァァァァアアアマァァアアアアン! 笑ってんじゃ、ねぇええええええ!!」
「ずんまぜん、ずんまぜん………」
なぜか、どこかおかしくなかったか? 2ヶ所ほど。
しかし、なんだこのゴキブリ。
私は、この男に私の経歴を明かしたことなどないのに。
なぜ見てきたような口調で流暢に語れる?
「特に! その思慮深さはグラディオス随一! その優しさに包まれたなら、きっと女は惚れる! 男は掘れる! そうでしょう? デーテル副艦長殿」
「ああ、そのとおりだ。私はとても優しい。間違ったことは言っていないぞ貴さ───」
「つまり! それだけの優しさを形成できるほどの包容力も持ち合わせる完璧超人というわけだ! 今も! デーテル副艦長殿から直接肯定をいただいた! ありがたいことだな! 俺たちは幸せだな! なぁ、コウ!」
「ああ。とても、ありがたい」
コウなる悪童め。なにをニタァと笑っている。ゴキブリの主張を聞いていないのか?
これだから民間人は。
所詮は子供。まったく。穢らわしい。
それからゴキブリは左右に歩きながら主張を進める。常に左手を連中の眼前に突きつけて。
しかし、なぜ不規則に親指を動かす? 奴の手はなにも持っていないはずなのに。
「いいかガキども! デーテル副艦長殿の優しさは、この宇宙よりも広い! 俺たちが敬愛し、尊敬を絶やさなければ! 必ずその恩恵を授かれる! こんな幸福があるか? ねぇだろ!? 今ここで、デーテル副艦長殿と同じ空気吸ってるだけでも興奮するぜ、俺は! 逆に俺が吐いた息を吸ってもらってるって考えただけでも股ぐらがいきり勃つね! なんならディープなキスでもしてやりたいくらいだ!」
こいつはなにを言っている?
ちょっと気持ち悪いんだが。
このゴキブリが登場してから、空気が一変した。
なんの要因かはわからないが、周囲を見てみると、整備士どもがなにかを期待している目を向けていることに気付いた。
私の美談を聞きたいなら聞かせてやってもいい。穢らわしい学徒兵にもだ。
そうか。多少の気色悪ささえ我慢すれば、このゴキブリがすべてを良い方向に運んでくれるということか。
「───つまり、そうであるからして、デーテル副艦長殿は偉いんだ! 俺たちがミスをしてもカバーしてくれる、神様みたいなひとなんだよ! 総員、理解したならデーテル副艦長殿に、敬礼っ」
「うむ。感心感心。従順な忠犬になれば、貴様ら虫ケラも安泰だ。私に従え。そうすればすべてがうまくいく! はっはっは! あーっはっはっは!」
こんなにも笑ってしまったのは初めてだ。
軍の家系だった両親は、私が幼い頃から厳しく躾けてくださった。すべてを教えてくださった。
素晴らしき英才教育の賜物だ。
汚らしい民間人など家畜も同然。私たち軍の人間こそが頂点に君臨するべきだという、感涙したあの主張が、目の前で現実となった。
なんと気分がいいことか。
思わず大笑いしてしまうもの仕方ないな。
きっと、民間人をいつも顎で使っていた父上も、このような心境だったのだろう。そんな父上は私が幼いころ、ナイフが胸に突き立つという事故で亡くなった。母も同じような事故で亡くなった。
きっと、司令室で見える一等輝く星の向こうで、私の栄転を見守ってくださっているに違いない。
踵を返し、一歩を踏み出す。指揮所に赴き、本日の執務に取り掛かるのだ。
「あーっはっはっは! ぁぁああっはっはっはンヴォォオ!?」
なんというっ………失態!
踏み出した先にあった、なぜかはわからぬが床に広がっていたガリウス用のオイルを踏んで、ひっくり返ってしまった。ゴミクズどもに見せられる姿ではない。
しかし不幸中の幸いで、ドッグは無重力空間だ。例え頭と足の位置が反転してしまっても、もう反転すれば元に戻る。
よし、この軌道のまま、なんとか頭を起こして───
「デーテル副艦長殿っ! 危なぁあぁぁあああああああいッ!!」
「は?」
気付けば、眼前にあのゴキブリが右腕を伸ばし、私に猛烈に突撃していた。
茶番回です。エース劇場と申します。
次回は19時頃に更新します。そしてなんと、もう1話書けたので21時頃にも更新できそうです!
作者からのお願いです。
この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!
誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!




