再起動A01
雑踏のなかにいた。
ドイツ支部が防衛する市街地の、主だった主要道路の片隅に佇む少年がいた。
ドイツ支部は連合軍のなかでも、アメリカと比肩するほどの防衛力を誇り、原住民が多く収容でき、そして多くの避難民を受け入れることができた。
避難民を受け入れれば、様々な問題が発生する。生産と供給、思想と政治、人種に宗教、不満やデモ───数えればキリがない。
しかしベルリンに位置するドイツ支部は、その困難を乗り越えて、独自の経済を発展させた。
縮小させてしまった部分もある。観光業は廃れたが、それでもドイツの文化と歴史を維持しつつ、自然との共存を果たし、そして人類をここまで衰退させた仇敵に対し、高い防衛率を可能とする戦力を整えた。
軍はいつでも門戸を開き、雇用率を高めて経済的に困窮するはずの避難民を援助している。その代わりに仕事内容は肉体労働であり、命の補償はできないが、支部長が人権を尊重する人物であるため、周囲のまだ残存している支部と比較すれば、まだ勤めていてやり甲斐のある仕事だと思えるだろう。
戦力を整えれば、次は維持するための生産。農業と畜産にも注力し、そちらにも雇用を高めるべく議会が取り計らった。人間は息さえできれば生きていける生命体ではない。食べなければ死ぬ。日々の活力であるそれは、バリエーションに富めば、それだけモチベーションの維持に直結する。
より良い産業を高めるためには水も必要だ。浄水にも力を入れている。
ドイツはベルリンという首都に縮小してしまった国土となったが、それでも人々は力強く生きている。
少年は、その様を見て呆然として………
《こっち………こっちだよ………》
聞いた覚えのない少女の声を、耳以外で捉えるのだった。
少年は呆然としながら、東へ視線を向けて一歩を踏み出す。目の前にはベルリンに流れる川があると知りながら───
「はい、ストップ」
「え?」
「もう4月だけどさ。水温が高いわけじゃないのに、なに水浴びしようとしてんだ? 危ないだろ、ソータ」
「エー先輩………」
呆然としながら入水しようとするソータの腕を掴んで止める。
原作では車に轢かれそうになる。クラクションで我に返って足を止め、轢かれずに済むのだが。
その原作にあったとおり、ソータの前を車が通る。俺が止めたので歩道には出ず、クラクションを鳴らされずに済んだ。
その後、ソータはまた呆然としながら東を見て、新しいオープニングテーマに突入。
それはもう素晴らしい女性ボーカルのロックで、俺好みの重低音と激しいドラムと、ギターとバイオリンが主旋律を奏でる、熱い魂を込めた逸品。できるならもう一度聞きたいと願ったところ、ハルモニを使って生成することに成功。現在、新たに仲間に加えた、ちょっとだけ過激なところがある頭のおかしい女と共有。感涙して布教を始めた。第1クールのオープニングテーマとエンディングテーマ、挿入歌の生成も依頼されていて、やることが増えて少しだけ後悔している。
おっと、思考が逸れた。今はソータに集中しなければ。
「どうした? ソータはいつもボーッとしてるけど、今回は輪にかけて呆然としてたじゃないか。休暇依頼も昨日いきなり出したみたいだな。クランド艦長が偶然通りかかったから受理されたみたいだけど、いつもそうはならないって説教が俺のところに来たぞ。出航前日に休暇取るなんて、普通あり得ないんだからな?」
「え、えっと………ごめん。エー先輩」
「いいけどさ。お前にも思うところがあったんだろ?」
「………うん」
「なら、せめてそういう時はこいつを連れ出せって。な?」
「あ………アイリ」
少しだけ表情が曇るソータ。でも、ナーバスになることは許さない。特効薬はすでに処方済み。
俺はこの「天破のグラディオス」の世界に転生し、エース・ノギとなった時点で、ソータを幸せにすると決めている。そのファンにして、汗さえ舐められる変態ソムリエの権化たる俺が、ソータの笑顔を守れないなど、あり得ないのだ。
手招きすると、建物の陰からひとりの少女が現れる。
1年にも満たないが、数ヶ月で半端なく強引かつこじ付けみたいな梃入れの末、両思いにしてみせたアイリだ。
アイリは驚くソータに近寄ると、優しく抱擁する。
「あ、アイっ………」
「誘ってくれてもよかったんじゃないの?」
「う、ん。ごめん」
「もう」
アイリは少しだけ拗ねていたが、言い訳せずに素直に謝ったソータに機嫌を直してくれたようだ。一方でソータも、アイリの温もりと感触に安心したのか、往来のある道のど真ん中でアイリの腰に腕を回す。
うんうん。こうでなくちゃ。なんて尊い光景なことか。
俺の理想郷が、今ここに。ソータとアイリのカップルを最推ししている俺にとっちゃ、眼福どころじゃないね。寿命伸びそう。
けれども、そろそろ終わりの時間だ。ひとの往路の妨げにもなっている。残念だ。もっと見ていたかった。「邪魔だ」と罵倒し唾を吐こう輩がいれば殴り倒していた。なんなら鋼鉄の右手で。
「ほらお前たち。あとで俺の部屋を貸して、好きなだけラブラブチュッチュさせてやるから。帰るぞ。ソータも休暇は終わり。いいな?」
「え、エー先輩っ!」
「セクハラですっ!」
今さらなにを言ってやがるのやら。俺がちょっと指摘しただけで真っ赤になっちゃって、可愛いなぁこいつら。
それでいて、以前ならパッと離れたのだけど、密着状態は解かないと。いいね、ずっと抱き合わせていたい。
「ふーん? いいんだ? 元学生のなかで、自室を持ってるの俺だけだし。人員が増えたことで、下手すると現場に誰かが入ってくるかもしれないし。ほら、更衣室とかさ。それなのにプライベートな空間でイチャイチャラブラブしたくないと? ふーん? へーん? ほーん?」
「え、エー先輩の意地悪」
「ソータは素直だなぁ。あれれ? アイリの反応がないぞぉ? もしかして、夜の駅前とかで抱き合って、公衆の面前でキスしないと死んじゃう病なのか?」
「なに言ってるんですか? エー先輩。意味がわかりません」
おっと、前世の経験でものを語ってしまった。駅ところか、鉄道なんてもう機能してないもんな。ベルリンにも駅の跡地があるが、再活用されたりしているだけだった。
そりゃあソータにもアイリにも理解されることはないか。
「じゃ、選ばせてやるよ。このまま大勢に見られてるところでディープなキッスをする? それともグラディオスの公共の施設でディープばキッスをする? それとも誰も来ることはないだろう俺の部屋でディープなキッスをする? さぁ、どれだ? アイリ」
「………え、エー先輩の、部屋」
「だよなぁ! ほら、なら急いで帰るぞ。心配すんなって。3時間くらいは貸してやるからな」
ソータとアイリをジープに乗せる。ドイツ支部から借りてきたものだ。俺もこの数ヶ月、与えられた任務をこなすだけでなく、自動車の免許を取ってみた。前世では取得済みだったし、ガリウスの操縦と比較すれば難しいこともない。2週間で取ってみせた。ドイツ支部に専用のカリキュラムがあったので利用した。
使用者は外来の一般人もいて有料なのだが、軍人は無料で受けられる。その代わりスパルタ教官にしごかれる。マニュアル車なだけあってそれなりに難しかったが、タキオンに比べれば癖もない。
「ところでソータ。なんだって、あんなところでボーッとしてたんだ?」
ソータは1日中、あそこで呆然と過ごすのだ。しかしこうして連れ戻すことで原作とは流れも大きく異なる。
車内でソータに尋ねてみた。実は、その答えを俺は知っているのだが、確認も兼ねたかったのだ。
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