転生者を知る敵①
暗雲の裂け目が、小さな氷が浮かび、そして消滅していく水たまりに陽光を差し込ませる。
その水たまりの上に、俺とビーツの、灰色のタキオンと、漆黒のタキオンが空中で停止しながら様子を見ていた。
あれから36時間。ついにこの時が来た。
「水温上昇。………来るぞ」
『もう後戻りはできない。ここで奴を殺す』
覚悟を言葉に。
そして生存すると誓い、迫ろうとする敵を、なんとしても迎撃するのだ。
万全に仕上げたタキオン。異なるチューン。異なる装備。異なる配色。
しかし統合せし緊張。そして───裂帛の気合い。闘志。
パイロット───いや、もっと原始的な、なにか。
そのすべてを鎧として、盾として、剣として。
俺たちは未知なる敵に、リベンジマッチを挑もうとしている。
隣り合わせのタキオン。
本来なら敵同士。しかし今は味方。俺の前世を知る奴ほど怖いものはないが、今だけは妙な信頼感がある。
そのすべてを出し切るのだ。
イタリアとドイツ。地図で見れば近いが、距離としては遠い。
もし仮に、あの敵が飛翔能力を得てしまったとしたら。
グラディオスも危ない。
させない。
絶対にさせない。
俺が守るんだ。いつも俺はみんなに守られてばかりだった。
だから今日こそ、今日に限っては、俺はみんなを守る盾となり、脅威を退ける剣となる。
『水温上昇。50度を突破。メカニック・エース。オールウェポンズフリー。ご武運を』
「ああ。サポート頼むぜ。ハルモニ』
『イェス』
俺のタキオンの装備の安全装置が次々と解除されていく。
『70度を突破。あと数秒ってところだな』
「とんだ瞬間湯沸かし器だな」
『アンノウンとほぼ同等の熱量だ。………なに?』
「マジか。こんな時に」
俺とビーツのタキオンのレーダーが、同時に警鐘を鳴らす。
こんな時に限って、アンノウンが接近しつつあったのだ。まるで狙っているようなタイミングだった。
「どうするよ。分担するか?」
『いや………違う。アンノウンは俺たちを見ていない』
ビーツは早速未来予想を使ったのだろう。脳内チップを2個搭載しているだけあって、スペックとキャパシティの違いを見せつけられる。
東から飛来したアンノウン5体。すべてCタイプ。タキオンなら問題なく倒せる相手だが、ビーツの言動にあるように、敵は俺たちを見ていなかった。
すべてが俺たちの下を素通りし、なんと自殺行為に等しく、入水したのだ。
いったい、それになんの意味があるのだろう。俺は息を呑んで見守っていた。
『………余計なことを』
ビーツが舌打ちする。
沸騰寸前の水たまりにダイブした凄まじい熱量のせいで、水たまりが一気に熱される。ゴボゴボと激しく気泡を弾けさせ、水位も下がり、水蒸気がまるで地獄の釜茹での刑を思わせる勢いで立つ。
「アンノウンは………やっぱりあの赤いのを攻撃してやがる」
『共通点の多い生物の分際で、殺し合いか。………勝敗など目に見えているが』
そのとおり。勝敗など最初から決まっていた。
アンノウンがいかにあの赤い光に向けて攻撃を放とうが、倒せるはずがない。
そして沸騰しているとはいえ、水中だ。アンノウンの動きが著しく低下していく。
『これは………っ』
「あいつの仕業か!」
入水した5体のCタイプが、一瞬でロストする。
水中で激しく暴れ回った影響で、沈殿していた泥を巻き上げ、煙幕がごとく水中に漂う。タキオンのメインカメラでは捉えられない。サーモグラフィーに切り替えると、いつの間にかアンノウンCタイプ5体が消えていた。
『食った………アンノウンさえ同化するのか』
「こんなタイプの敵、いなかったか?」
『現状、Iタイプがそれに該当するだろう。だがあの丸く膨れたような造形では………来る!』
水位が凄まじい勢いで減る。まるで巨人が飲み込んでいるような。
やはりアンノウンCタイプの姿はない。代わりにそこにあったなんかに、俺たちは息を呑み、そして───
『あり、えない………』
「赤いタキオン………!?」
クレーターの底で屹立していた異物に、俺たちは戦慄せずにはいられなかった。
その威容。ルビーのように輝く赤い装甲。細部こそ異なるが、俺とビーツのタキオンの中間のような造形。胸に備え、一部背部に突出しているレイライトリアクターのようななにか。
間違いなく、それは第3とも言える、原作にはないはずの、存在するはずのないタキオンだった。
『転、生………者………』
「っ!?」
また声を発する。男性でも女性でもない声音。その声に恐怖せずにはいられない。
息が詰まりそうになるほどのプレッシャーに呑まれ、神経接続型のガリウスであると忘れ、スロットルレバーをギュッときつく握りしめてしまう。
その時だった。
『うぉぉおおおおおおおああああああああああ!』
恐怖を捻じ伏せるかのような怒号。絶叫にも等しい大声。ビーツだ。漆黒のタキオンが宙を駆る。
「ま、待てビーツ!」
『呑気にしている場合か! よりにもよってタキオンだぞ! 俺たちが今乗っている機体が、どれほどのものかを忘れたわけではないだろう! こいつがタキオンを模しているだけで、本来のスペックを学習していないとするなら、今がチャンスだ! 学習される前に殺せ!』
「クソッ………!」
俺もビーツに続く。
咄嗟のことゆえ、装備をマニュピレーターに握らせる暇もない。右腕のヒートナイフのみを展開した。
『死ねぇえええええええ!』
ビーツの漆黒のタキオンがロングソードを突き出す。まだピクリとも動かない赤いタキオンを串刺しにするつもりだ。
俺はビーツの背後から飛び出し、追い抜いた。赤いタキオンの背後から仕掛けるために。
12メートル以上の巨体が残像を残すほど加速する。
ロングソードが赤いタキオンの胸を、ヒートナイフが赤いタキオンの背中を捉え───られなかった。
「マジか………」
『嘘だろ』
学習が早すぎる。いや、もうすでに学習済みだったのか。
赤いタキオンが消えた。こちらのタキオンとほぼ同格な加速で、俺たちの包囲網から脱したのだ。
もう何度目か忘れた驚愕。絶望もわずかに。
『逃すな………ぐっ!?』
「うっ!?」
ゴォ! と突風が2機のタキオンの間をすり抜ける。それが赤いタキオンによる飛翔であると理解するまで2秒。
すでに覚醒を終えた赤いタキオンに対し、俺たちも全力で挑まなければならず、ビーツとなにを言うでもなく、2機が猛烈な加速で赤いタキオンを追行した。
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