共同作戦⑥
ドイツ支部を飛び立ってから4日が経過した。あと数時間で5日目だ。
あの赤い物体に遭遇して3日目の夜。
今のところ、進捗はない。目立った変化も、強襲される気配もない。
海水を注いでは止めて、蒸発する速度を記録。少しでも熱を奪えればと思ったが、著しい変化はない。
俺とビーツは、常に共に行動しているわけではなかった。そんなことできるはずがない。身の毛がよだつ。
ビーツはキャンプで。俺は輸送機のなかで過ごした。
クレーターにはビーツが設置したカメラが何台もあり、直接現場に赴かずとも現地を知ることができる。俺も脳内チップを介して映像を見ることができた。
「めーし。めーし。今日の夕飯は昨日と変わってチキンカレー」
ずっと孤独な空間だからか、俺は無意識で鼻歌を口ずさむ。耐熱容器にライスとカレーを盛り付け、電子レンジで温める。こう、毎日がレンチン飯というのも飽きてきた。そろそろ新鮮な青ものが食べたい気分。
「ハァ………食欲、落ちたかな」
《それだけ馬鹿みたいに食っておきながら、食欲が落ちたとか正気か?》
「………おいクソ上司。業務的な連絡以外、話しかけるなって言ったのお前だろ? ついにヴォケたか? 健忘症?」
《話がある。入れろ》
「これから飯なんだ。なんでお前の面みながら食わないといけないんだよ。24時間待って出直しな」
《命令だ》
「………チッ」
本当はビーツを入れたくはなかったが、こうも脳内チップを介して声が脳に響くと、不快感がある。それを心得ているビーツは、断ったところで嫌がらせを継続するだろう。
ならばこちらが妥協するしかない。カレーを一気に貪り、飲み込んでからハッチを開けた。ビーツの顔を見ながら食事をすることだけは避けたかった。
「狭い空間だな。お前もテントを張ればいいものを」
謂わば、ドイツ支部からの借り物とはいえ、今はここは俺のプライベートな空間というわけだ。
土足で上がり込んだ───特に搭乗する時は靴を脱ぐわけでもないが───ビーツは、珍しく食べ物を片手に、早速俺が苛立つワードを並べやがる。
「せっかくいい感じの個室なんだ。ドイツ支部からの借り物だしな。汚しはしないけど、使わないともったいないだろ。外はまだ寒いし」
夜間は氷点下まで冷え込むというのに、わざわざ外にテントを張って風邪をひいたら元も子もない。
ビーツもそれをわかっているだろうに。今さらなにをほざいてんだこいつ。という目で睨んでやった。
「まぁそれは個人の指向だな。強制するつもりはない」
「わざわざそんなこと言いに来たの? お前」
「そんな暇はない。………それにしても、よく食べる………いや、よく食べられるな。お前」
「あ?」
「大盛りのカレーか。よく喉を通る」
「食事は基本だろ」
「………まさかお前、体に異常はないというのか? あり得んだろう。特に脳内チップを搭載していれば。多欲になることなど………」
………なんだか、ビーツの言いたいことが少しだけわかった気がする。
そういえば、こいつも俺と同じなんだ。
経緯こそ異れど、脳内チップを脳に移植している。それもこいつはふたつ。それが差となって、如実なスペックの違いとして現れている。
だからこそ、聞いておく必要があった。
「最近………眠れないんだ。よく寝れて最低3時間。そっちは?」
「………30分だ。なんだ、睡眠は同じか。つまり、お前もこちら側に足を踏み入れているということだな」
やはり………そうか。
ビーツもまた、脳内チップの呪いに蝕まれている。
だからこそ、こいつは聞きに来たのだ。
きっかけとなったのはビーツと再会したあの日。戦闘後、俺がビーツのキャンプからインスタントコーヒーを許可を得て拝借した時のこと。
ビーツはコーヒーが嫌いではないと言ったが、飲む気にはならないと言った。
その症状は俺も覚えがある。
脳内チップの呪いだ。脳内チップによって思考さえも機械化され、合理的なものへ統合され、嗜好さえも無駄と称し、やがて肉体さえも機械化されたと錯覚し、睡眠と食事を摂らなくなる。
ビーツは今まさに、その呪いに蝕まれているのだ。
「そういえば、今回はアリスランドの愛人ども連れ込んでいないんだな」
「………ああ」
「確かに、こんな危険な環境に連れ出せば、いつ死ぬかわからないもんな」
「………ああ」
随分と素直になったな。こいつ。こんなまともに会話できるとは思わなかった。
「で? そんなんでお前、戦えるの?」
「心配には及ばない。あと1戦交えるくらいの余力は残してある」
「ふーん」
やはりだ。
思考が機械化されども、それを解消するために性欲を解放していやがった。
それでもまだ足りないということは───そこが脳内チップの数と関係があるということだ。
俺は1個で、ビーツは2個。
2個移植すればスーパーコンピューターなみの性能を発揮できると豪語したが、その反動で性欲を解放しても、三大欲求のふたつがうまく戻らない。諸刃の剣とはこのことだ。
「お前も性欲を解放した………ということか? やはりヒナ………いや、シェリーか?」
「誰が言うかよ」
「そうかふたりともか。いや………まだいるな? ………チッ。ユリンか」
「おい。俺はまだなにも言ってねぇぞ」
「顔に書いてある。そして今の反応を見れば明らかだ」
「………誘導尋問かよ」
「相変わらず、お前はわかりやすい」
嫌味な奴ぅっ!
最後の反応がいけなかったか。取り繕うような言動は避けたつもりだったが、露骨さが出てしまったか。
「ユリンまでお前に惚れるか。いずれ本編どおり、こちらに引き込もうと思っていたのだがな」
「………させるかよ」
「まったく………相変わらずだな、お前は。交友関係は男だけだと自供していた割には、女の目線を不思議なくらいに集める。知っているか? 小此木。お前、1年の女子からそれなりに人気があったんだぞ」
「え? は?」
「俺と話している新入生の女が、楽しげにしていると思いきや、お前が来ると誰もが目線でお前を追いかける。理由は簡単だ。お前が無意識で適切な距離を保ち、困っているようならそれとなく助け、自慢話など一度もせず、相手の話を聞いて、ともに笑ったり、ともに怒ったりしていたからだ。俺は前世でも多くの繋がりを作ったが、新入生だけはなぜか食えなくてな。気付けば俺から離れていく。………屈辱的だったよ」
………なんだろう。この既視感。
益々、俺はビーツのことを、前世のことを知っている気がした。
田舎の小、中、高校生の時ではない。東京での大学生生活の頃。
後輩といえばサークル活動。
そこでも、こんな感じで女遊びが激しい奴がいた。
そいつの名前は───
「もしかして、お前く───っ!」
「なんだ!?」
俺とビーツは同時に反応した。
地響き、地震が同時に襲ってきた。
原因を調べる。原因などひとつしかない。クレーターの監視カメラへ、脳内チップを介して意識を飛ばす。
「なん、だと!?」
「おいビーツ! なんであの赤い物体が、海水で冷えてるのに動けてるんだよ! それよか………供給される海水も止まってんぞ!」
監視カメラでは、クレーターの底からわずかではあったが赤い光が見えた。最大レベルの警戒。そして最悪なことに、それをさせないために供給しているはずの海水が停止していたこと。
冷却を促すための方法が止まってしまっては、あのタキオンであっても阻止できなかった謎の物体が、活動を再開してしまう。
なんとかして回避を───
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