合同作戦②
「いえ、一度も戦闘が発生しませんでしたし。遠慮させていただきます。給油だけで結構です」
社交に優れているわけではないが、精一杯の穏やかな言葉を選んで、笑顔で対応する。
「ならば、お食事はいかがですかな? 給油もすぐに済むわけではありませんし。是非とも、あの噂に名高いグラディオスクルーであるあなたをご招待したく」
俺をここから離すのが目的ってか。
これは、俺ではなく輸送機の上にいるタキオンが目的だな。
輸送機の上に固定しているタキオンは、カイドウらが被せてくれたカバーによって覆われて、外部からは見えなくしている状態にある。
俺を連れ出せば、手を出し放題だ。
防衛がうまくいかず、士気も下がった支部は、外から来たなにも知らないカモを狙って、かなりガメついことをするとか。
具体的にはなにをどうするとは言えないが、例えば───カバーを外して、タキオンの一部を分解して売り払うとか? あとはデータを抜き取るとか。
そういうのが企業に売れるらしい。
事前にカイドウから教わっておいてよかった。なにも知らないままだったら、食事に招待されていると聞けば、善意を無駄にしたくない一心で応じて、機体を好きにさせていたかもしれない。
「せっかくですが、それもご遠慮させてください。生憎、食事なら機内で済ませましたので」
これは本当だ。輸送機のなかには搭乗員が数日に渡り生活できるよう、必需品が揃っている。
電子レンジをはじめとしたインスタント食。飲料水。消臭剤。他にはベッドやトイレとか。ホテル気分で泊まれるのだ。
「で、でしたら………なにか、ちょっとしたことでもお手伝いできればと………」
「お気持ちだけ頂戴しておきます。しかし、特務ですので。私がこの場を離れるわけにはいかないんです。どうかご理解ください」
一応、タキオン含め、輸送機の状態は脳内チップで観察している。誰かが給油口以外に触ればわかるように。また、これも今になってわかったのだが、あえて悪路にすることで、外から来た機体にダメージを負わせて修理を余儀なくさせるなどの時間稼ぎをする目的があったのだろう。しかしこちらは高性能AIがついている。悪路だろうが瞬時に計算して、ランディングギアにダメージのない着陸を成功させてくれた。
「………そうですか。わかりました給油が済んだらとっとと行ってください」
急に早口で捲し立てやがる。
さすがにオルコットから発注された特務だけあって、支障を出すわけにも、遅延してもならない。ハンガリー支部が原因とあっては、これまで行った妨害行為について言及されるかもしれない。アンドリューの判断は、そういう意味では優れていたし、早かった。
俺から搾り取れるものがないと知るや、大勢を退去させて、必要最低限の人員だけを残す。
だが、これで手抜かれても困る。監視カメラで作業員たちの仕事を、注意深く観察するようにハルモニに指示を出した。
給油はつつがなく行われ、作業員たちの手抜かりもなく、滑走路へと輸送機を走らせた。
ハンガリー支部からの管制官からの指示は要約すれば『あ、出るの? あっそ。勝手にすればー?』という杜撰なものだ。人員が冷え切っている。あとでチクってやろう。
輸送機が再び空を飛ぶ。
また大きく迂回して、ついに───飛び経ってから24時間が経過した。
「たった1日で、とんでもないくらいの数の国境を越えたなぁ」
ハンガリーから出ると、クロアチアに入り、ボスニアに入る。ボスニアを出るとまたクロアチアに入り、アドリア海を渡る。そしてついにイタリアに到着した。
ここまで1回も戦闘が行われなかったのが奇跡のようにも思える。
「ハルモニ。雲の下を飛ぼう。イタリアに入っても、空路ならすぐだろ。目標とするポイントを目視しておきたい」
『イェス。メカニック・エース』
イタリアに入ったなら、特務が本格的に始まる。いったいなにが待ち受けているかは知らないが、敵陣に呼び寄せるくらいだ。戦闘があってもおかしくはない。
気が緩んでいるわけではないが、幾分かラフな格好をしていたので、気を引き締める意味でもパイロットスーツに着替える。いざ戦闘が開始された時、空調で温められた機内でジャージ姿というのも緊張感に欠ける。
簡易的な更衣室でパイロットスーツに袖を通し、操縦席に戻る。
その頃にはアドリア海を抜けて、イタリアの国土の上にいた。
「………酷ぇな」
過去、幾度となく戦争があっただろうこの地は、山が辛うじて原型を止めているだけで、それまでの長い時間で構築した人々の営みの形跡が、歴史を感じさせる文化ごと消し飛んでいた。
眼下に広がる風景はどこも瓦礫。熱源探索もしてみたが、人間の生体反応はない。野生動物くらいだろう。
『メカニック・エース。この山脈を抜けた先にあるのがイタリア支部跡地となります』
「うん。………ハルモニ。世界地図をプロット。それと、4ヶ月前にEタイプに強襲され、逃げ込んだ廃コロニーから見た地球の、あの赤い光の記録画像があったな。それも出してくれ」
『イェス』
腕の端末から出現した投影される立体モニターがふたつ現れる。
そのふたつのモニターにある画像のひとつを修正。
廃コロニーの外から俯瞰した地球の、あの赤い光があった時の画像と同じように、世界地図を歪めて同じ形状にすると、重ねて照らし合わせる。
「………やっぱ、あの赤い光はローマだったか」
『99パーセント一致しております』
「そんなところにわざわざ呼び出して、まさか赤い光の正体を探れとか言われないだろうな? ………ッア!?」
その時だった。
ビクンと体が跳ねる。もしここに誰かいたなら、心配されるくらいの尋常ではない反応が体に発生した。
頭のなかに熱した鉄でも差し込まれたかのような衝撃。しかしそれは物理的なものではなく、強引に俺の脳内チップのプロテクトを突破し、強制的に波長を繋げたかのような、特殊めいた現象だった。
これは覚えがある。過去、何度かそれを受けて、体が覚えていた。
《なにをしている馬鹿が! 高度を上げるか下げるか、それか旋回して一旦退け! 巻き込まれるぞ!》
「こ、の………こ、え………」
『脳内チップに侵入されました。拒否することができません!』
「がっ………ハル………降下………」
『イェス。メカニック・エース!』
頭のなかに無断で入ってきた不届き者を追い出すこともできず、ただこのままでは危ないというイメージが鮮烈に伝わったためか、俺はやむなく輸送機を降下させることで墜落を免れようと試みた。
強制着陸に指定した場所は、山脈の終わりにして頂上だった。この輸送機はスラスターを逆噴射することで、数秒ならホバリングできる。ゆっくりと減速し、停止すると山脈の終わりの頂上付近に、ランディングギアとは別にあるアームを輸送機の下部から出現させ、不安定な斜面で、若干傾きながらも着陸を成功させたのだった。
「くそ………嫌な予感しかしねぇ………嘘だろ。なんだこりゃ」
俺は操縦席から見た光景に唖然とした。
イタリア支部のあるローマは廃棄されて長いと聞くが、まさかここまでとは思いもしなかったからでもある。
瓦礫なんてなかった。
ローマの街は、巨大なクレーターによって消し飛んでいたのである。
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