AとC②
さーて、どうしたもんかね。この状況。
数時間が経過して、俺たちは予定よりも早くドイツ支部に戻ってた。
理由はひとつ。すべてシーナ・サクラのせい。
「それで? シーナくん。きみは彼、グラディオスクルーである、パイロットのエース・ノギ副隊長に向かって、スパナを振り上げて殺害しようとした───と、複数の目撃情報がある。そして数日間に渡るストーキング行為。これが仮に事実だとすれば大問題だ。我々はきみに厳罰を与えなければならない。なにか申し開きはあるかね?」
ドイツ支部の支部長、ドルテは口調こそ穏やかであるが、雰囲気は穏やかとはかけ離れている。
目の前に立つシーナという女は、ガクリと項垂れつつ、閉口していたのだが、覚悟を決めたのか、やがて消え入りそうな声で「すべて事実です」と述べた。逃げられないと悟ったらしい。
「………クランド艦長、申し訳ない。すべて私の、部下に対する教育不足が招いた結果と言える」
「………これは私でもフォローできないな。判断はドルテに任せる。こちらは被害が無かったのが、唯一の幸いだったな」
ドルテとクランドは、顔を見合わせると、重苦しい空気を保ったまま、暴走した結果殺害未遂を起こそうとしたひとりの女を吊し上げようとしていた。
それは当然っちゃ、当然だよな。許せば双方に示しがつかない。
シーナは厳罰と聞いて、ビクッと体を震わせる。
銃殺刑は免れる………はず。俺を殺せば間違いなく確定していたが、未遂だからな。
良くて減俸。最悪懲戒免職。さらに慰謝料上乗せとか?
それについては移動中に、じっくりとユリンとシェリーとヒナが言い聞かせていた。
おっかなかったねぇ。初日、俺をサンドしたように、シーナを間に挟んで最後列に並んで座ったユリンとシェリーのチクチクネチネチとした精神攻撃。ヒナの満面の笑みによる脅迫。容赦のない制裁。
シーナは無言のまま震えていた。俺でも多分、ガタガタと震えると思う。
車を降りてからも、後続車から降りたソータたちの敵意剥き出しの視線。「エー先輩を殺そうとする奴は俺がぶっ殺す」と、最推しであるコウから突き放すように言われたことが、相当ショックだったらしい。
魂が抜けた抜け殻みたいなシーナが連行された支部長室で行われた吊し上げ大会。で、今に至る。
「では、シーナ・サクラを除籍し、追放という───」
「お待ちください。ドルテ支部長」
「なにかね? エース副隊長。も、もしや………彼女はまだなにかしていたというのかね!?」
「あー、いえ。そういうことではなくてですね」
目を伏せて床を凝視していたシーナが、ゆっくりと顔を上げる。
ここでシーナを失うのは、もったいない気がしてならなかった。
ビーツに知られれば利用されるかもしれない。ならば、いっそのこと近くに置いておいた方が、都合がいいのだ。
「申し訳ありません。この会議が始まる前に申し上げるべきでした。実は私と彼女は初対面なのですが、以前より繋がりがあったのです」
「う、うん? 繋がり………?」
「はい。私は以前より、今は滅んでしまった日本という島国に興味がありまして。その文化に触れるうちに、その国の歌を歌いたいと憧れるようになりました。そこで日本語を教えてくれる教師を募ったところ、彼女───シーナ・サクラがオンラインで教えてくれたのです。国どころか空を超えた繋がりがあったのです」
「ふ、ふむ。日本語、ねぇ。それで………今、なにか関係があるというのかい?」
「はい。………恥ずべきことなのですが、私の情けない痴態を知られてしまいました。シーナは純粋無垢たる、アブノーマルなど知らない聖女のような一面を持っています。私に日本語を教えてくれた最、その思想を守るよう言われていたのですが、破ってしまいまして。それについて激怒したのです。彼女は私を、彼女なりの方法で修正しようとしたのかもしれません」
「つまり………きみは」
「はい。私は彼女が無罪であることを主張します」
「え、エース!? きみはなにを言っている!?」
俺の判断に、ドルテだけでなくクランドも驚いて、座っていた椅子から腰を浮かせた。
シーナもまた、驚いて俺を見ている。
「このなかで唯一の被害者は私です。その私が許すと申し上げました。ここは穏便に済ますのも手かと」
「いや、しかし。きみを襲ったことが問題なのだぞ? この支部の者が異なる所属のものに暴行するだけで大問題となる。逆も然りだ。穏便に済ますなど」
「まだ本部に通達していないのでしょう? なら、おふたりが黙っていれば隠蔽できると思います。暴行など最初からなかった。所属が異なる者同士の、少しだけ過激になってしまったコミュニケーションとなった。ゆえに厳重注意。これで丸く収まると思うのですが? それに、聞けば艦長とドルテ支部長は旧知の仲。こんな些細な問題で、ふたりの間に軋轢が生じるなど馬鹿らしいことがあっていいはずがない。なら、ここは私の顔に免じて、どうかひとつ」
俺は頭を下げて静かに懇願した。
確かに無理を言っている自覚はあるが、難題でもない。クランドとドルテが示し合わせて、報告を有耶無耶にして隠蔽してしまえばいい。本部も、そこまで暇じゃないだろうしな。そんな詳しくはチェックしないだろう。
「エース副隊長。きみは、本当にそれでいいのかな?」
「ええ。かつての恩師が、同年代だったとは知りませんでしたし。私も旧交を温めたいのです。その機会をいただけませんか? ドルテ支部長」
「………ふぅむ」
ドルテを籠絡するには、もう時間の問題だろう。
残るはいつもどおりクランドなのだが、
「待て。エース。きみと彼女が、同年代であろうがかつての恩師と生徒だったことは理解した。ならば、その証拠を見せることはできるかね? 日本語を学んだのだろう? 彼女と会話したまえ」
「なんだ。そんなことですか。いいですよ。ちなみにクランド艦長は、日本語がご堪能なのですか?」
「いや、そこまではわからん。ゆえにハルモニに翻訳させる」
危ねえ。下手に色々なことを話すところだった。ハルモニを通じて、クランドに色々知られてしまうと面倒だ。
ではなにを喋るべきかと迷った末───
「そういえばシーナ。整備士になったんだってな。ドイツ支部のガリウスFはどうだ? こっちは大気圏内装備にしたいんだけど、色々大変なんだよな」
「………宇宙空間とはわけが違うからな。推進器にしてもそうだろ」
「まぁな」
日本語に切り替えてシーナと会話する。
クランドは腕の端末をドルテにも見せて、翻訳された内容を確認している。
「ねぇ。ハルモニって?」
今度はシーナから質問。
「グラディオスに搭載してる高性能AIのことだ。艦内でも限られたひとしか使えない」
「あんたは使えるの?」
「一応な」
「ふーん。ずるい」
ずるいって。
「ま、そういうわけだから。仲直りしてくれないか? お前の機嫌を損なわせたことは謝る」
「………ハァ。まさかこんな形で助けられるとは思わなかった。いいよ。私も、ごめん。あんたの事情を理解してなかったし、冷静でもなかった」
手を差し伸べる。左手だ。するとシーナも手を伸ばして、仲直りの握手に応じてくれる。
数秒の握手を終えると、俺たちはクランドとドルテに向き直る。
「いかがです? ちゃんと翻訳できましたか?」
世界標準語で尋ねる。
「………問題ない。きみたちが和解したともある。………だがな、エース。今回のような特例が、何回も通るとは思わないことだ」
「私も同感だ。しかし、私たちの仲も案じてくれたことは、感謝する。………クランド。彼はいつもこうなのかい?」
「まさか。いつもはもっと酷い」
「ハハ。きみも苦労するね」
どうやら、シーナは無罪放免となったらしい。
同席していたソータたちは納得のいかない顔をしていたが、強引に押し通した。
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