シーナ・サクラ③
やはり、そう来るか。
仮に私がこのオスの立場だったとしても、捕縛を選ぶ。正体不明の不審者からの接触だ。いかにオフとはいえ、護衛もいるのに、それを振り切ったのはなんらかの理由があってのことだろうが、私にとっては好都合だった。
なんとしても聞き出す。こいつがなにか秘密を握っているのには違いないのだから。
エース・ノギ。それがグラディオスの学徒兵どもへの調査で知れた、イレギュラーの名前。
そんな名前、スタッフロールにはなかった。
メスキャラはどうでもいい。オスキャラならひとりたりとも見逃さない。それがこの私の記憶。第1話から第26話までの声優も見逃さず、キャラクターの名称も忘れなかった。
なら、精々───整備士AからDとかの、どれか。
つまり元はモブキャラだった。
そういえば、作中で一言セリフがあればいい方のモブキャラに、こんな髪をした奴がいた気がする。メインキャラクターの影に隠れてしまうせいで、どうも印象が薄かった。
「捕まえてどうするのさ。まさか、あんた3人も女作っておきながら、まだ足りないってわけ?」
「勘違いしてるようだから、断言しとく。俺はお前に興味はない」
「そりゃ偶然ね。私もだよ」
「そりゃ好都合。でもな、全部が好都合とはいかないんだ。グラディオスって色々あって、不安定なところがあってな。敵も増えた。お前がそれに関係しているという可能性だってあるからな。調べないと気が済まない」
敵が増えた?
このモブ、なにをほざいている?
敵といえばアンノウンだ。「天破のグラディオス」の第1クールは、総じて敵はアンノウンだけだった。
人間が敵になるのは第2クールからだろ。
それなのに敵が増えた? 私を敵に関連するものと考えているのなら、原作に準じていない。辻褄が合わない。矛盾。この魅力のないモブオスは、矛盾している。
「じゃあなにか? 調べるために、私を裸に剥くのか?」
「必要があれば………そうするよっ」
「うっ!?」
速い───なんだこいつ。滅茶苦茶速いぞ!?
その初動は目の当たりにできても、そこから繰り出される次の一手には反応が遅れた。
たった一歩で私との距離を詰め、右手を繰り出す。
私はインドア派だが、整備士をするには体力が要る。軍に所属してからは基礎体力作りも必須で、走り込みや、対人戦を想定した模擬戦も何十回とやらされた。
しかしこいつの動きはなんだ? 無造作に右手を突き出した。揃えもしない五指。威力も速度も重視しない、不完全な抜き手。左腕でガードすると、まるで鉄パイプで殴られたような激痛が走る。
「おっと。ごめんな、怪我したかな。女を傷付けるつもりはなかったんだ」
「白々しいな………つっ。私を裸に剥こうとしてるくせに」
「おい。誤解を招くような言い方をするのはやめろ。お前、俺を見てたならわかるだろ? 俺には相手がいるんだって」
「3人のメスに同時に手を出したクズ」
「うぅ………あ」
こいつ、案外メンタルが弱いのか?
図星をついてやると、かなり効いたらしい。ショックを受けて目を伏せた。その隙を見逃さず、私は踵を返す。
「あーもう。面倒くせぇな。待てよ。気概を加えるつもりはないんだって。話し合って解決できるなら、それに越したことはない。俺はお前が、本当の敵か、そうじゃないのか知りたいだけなんだよ」
「信用できるかヴァーカッ!! 痴漢野郎が話し合いで解決しようとした試しがあるかってんだ!」
「そりゃ、ごもっともなんだろうけど。ハァ。おい。逃げたら追うぞ? 捕まえちまうぞ? いいんだな? 手加減しねぇからな?」
「うっせブァアアカ! こちとら、私の聖域を穢したテメェをボコしに来てんだ! おい、無傷で帰れると思うなよ!」
………ちょっと強引であったのは、認める。
もしかしたら話し合いができるかもしれないと。でも、それは私がこのモブオスに抱えている耐え難い激昂を、一時的に保留するということだ。そんなこと、できるはずがない。
私の、オスキャラ同士による淫靡にして美しい理想郷を穢し、ノーマルカップリングだらけにした挙句、自分はハーレム空間を築きやがったド阿呆をボコボコにしてやらないと、気が済まないのだ。
絶対に泣かせてやる。泣かせて、許しを乞わせるのだ。跪かせ、屈服させ、今すぐ私の聖域のために従事すると誓わせてやる。
勝機はあった。
もしここがサフラビオロスであったなら違ってくるが、ここはシーナ・サクラの地元。地の利はこちらにある。
地元民を舐めるなよと叫んで、頭を踏んづけてやるのだ。
勝利のための勇気ある撤退。これは敗走ではない。いくら左腕が痛むからビビッてもいない。
予想どおり、モブオスは私を追いかける。状況がわかっているのか? 逃せば不利になるだけなのに、やる気のない足取り───ぅおおおいおいおいっ!? いきなりギア上げんなって! 突然本気になって走りやがって! 無駄に足が速ぇし!
「ちょ、調子乗ってんじゃねぇよ! クソが!」
私は護身用に隠し持っていたスパナで、建物から伸びているパイプを殴る。建物の構造を把握するなんてお手のものだ。水道管に直撃し。破損したそこから冷水が噴出───あれ? 止まってる? なんでぇ?
その後、何度壊しても、あのモブオスは不思議な力で阻止しやがった。
パルクールなんてやったことがないけど、動画は何回か見たことがあったし、その真似事をしてみるのだが、あいつはその上をいく。
いったい、どんな鍛え方をしたらあんな機動力が身につくのだと戦慄した。
何度も振り返る。モブオスは一定の距離を保って私を見守っているようだった。まるで「諦めな」とでも言いたげな表情。ふざけやがって。舐めんじゃねぇ。前世でも肉体労働派で、体力はあったんだ。
シーナ・サクラに転生し、前世で患った腰痛と腱鞘炎と、眼精疲労と視力低下に悩まされた20代後半に差し掛かったボロボロの体から解放され、華の10代に戻れたというのに。あっちだってまだ10代くらいだろうに、なんなんだこの差は。男と女では筋力の差が出てしまうのはわかっているけど、軍人になったからには、それなりに鍛えているつもりだった。
その期間は私の方が長いはず。ソータきゅんたちが軍属になって、半年も経っていないのだ。ならあいつだって条件が一致しているはずなのに。
「あ、おい! 止まれ!」
「ゼッ、ヒュッ………止まれって、言われて、誰が止まるか………」
「馬鹿! 違う! 上だ!」
「は?」
いつしか、私は自分で気付かないくらい、過疎化したところに来てしまったらしい。なにが地元民を舐めるな、だよ。
経年劣化した建造物の壁が、一部剥がれ落ちそうだったのだ。それが私がガンガンとあれこれ叩いて遮蔽物を作ろうと躍起になっていたせいで、衝撃が伝わって、ついに剥がれ落ちた。
瓦礫が、1メートルもなかったが、かなりの重量があるそれが私の頭上に迫る。
「伏せろ!」
モブオスが、急に私の背後にいた。一呼吸で追いついた。今まで本気ではなかったのか。
差し出される右腕が、瓦礫に触れる。そんなことをすれば骨が砕けるどころではない───と思っていたのだが。
「お、お前………それ、なに?」
「義手だけど。ああ………人工皮膚が破れちまった。子指も曲がって………おやっさんにぶっ殺されるかもしれないなぁ」
モブオスは右腕で瓦礫を押し退けた。傷はあったが、裂けた皮膚からは銀色の機械が露出していて、私はつい息を呑む。
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