反撃のグラディオスA10
クランドの演説が終わると、1時間後に作戦が開始すると通達があった。
果てない戦いの終わり───ではないものの、第1クールの締めである最後の戦いだ。
無抵抗同然だったグラディオスの最後の抵抗は、クスドによって勝率が底上げされ、絶望の象徴たるEタイプが2体揃っていても反抗を志せるほどに士気が回復するまでに至る。
各セクションのクルーたちが慌てて走り回り、オペレーターたちが忙しなく指示を出す。
今頃、ブリッジではクランドがクスドと最後のシミュレーションをしているはずだ。
一方で俺は、まだ整備士見習いである立場であるにも関わらず、パイロットとして優先的に休憩を与えられている。最後の休憩だ。一旦部屋に戻り、軽食をして、インスタントコーヒーで昂る精神を落ち着ける。
艦内はノーマルスーツの着用義務が発生したが、居住区だけはヘルメットを取ることが許されている。食堂は解放されたが、食事はどれも持ち運び、破いた包装紙をそのままゴミ箱に捨てるという一方的なものだ。つまり、酸素の供給を一定の場所に制限している。食事と仮眠ができる空間で限定されていた。
「エー先輩、やっぱりここにいたね」
出撃まで30分。
呆けていればすぐにでも経過してしまう時間。そこに現れたのはヒナだった。
「食事は済んだか?」
「うん」
「シェリーとユリンは? 一緒じゃないのか?」
「ふたりとも、カイドウさんに呼び出されてた。応急の装備の調整が済んでないって。ちなみに私は賢いので、艦長の演説が始まる前に済ませたのでフリーでーす。………まぁ、偶然だったんだけどね。ふたりとも。恨めしそうに私を睨んでたなぁ」
「出撃前に声をかけるよ。………ふう」
ヒナが来たとあっては、もう椅子に座っていられない。
最後にするはずもないが、地球に降下する前の最後の時間だ。ギリギリまで堪能するべく、ベッドに移動する。
するとヒナもなにかを察する───はずもない。むしろ察したのは俺だ。ヒナはすでにベッドに移動している。俺が誘われた。さながら食虫植物に誘導された小虫のように。
深く腰を下ろす。壁に背を預けて、手足を投げ出した。これがいつものフォーム。
ただ。ノーマルスーツ同士では密着しても得られるものは少ない。留め具などを外して、上半身を解放した。インナーシャツのみとなる。ヒナもすでにそうしていて、招集がかかればすぐに着用できるよう、袖を腰の前で結んでいた。
「えへへー。えっちなことできなくて残念だねぇ、エー先輩」
「お前………戦いどころじゃなくなるだろ。それに今は、このくらいでいいよ」
「ん。そうだね」
ヒナと体温を共有するように密着する。俺の前に座ったヒナを抱き寄せ、肩から頸までのラインに唇をつけ、鼻で吸い込む。似非紳士の皮を被った変態ソムリエの所業。シャワーなんて浴びる余裕すらない。甘い芳香剤とは別に汗の匂いがするが、それはそれで落ち着く。
「ヒナ」
「んー?」
「地球に降りたら、なにしたい?」
「ちゃんとデートしたい」
「わかった。ふたりきりで行こうな。………いや、あのふたりが放っておいてはくれないか」
「そうだよー。エー先輩がはっきりしないから。いつまで経っても、私がエー先輩を独占できなくなっちゃったじゃん」
「悪い。そうだな。俺がちゃんとして、はっきりとヒナの気持ちに応えていれば………こうはならなかったのかもしれない。俺、ヒナのことが好きだったんだ。でもビーツみたくなるのが怖くて………そしたら、あんなになって………みんなに助けてもらう代わりに、こんな………クズ野郎になっちまった」
「後悔してる?」
「半分」
「………もう半分は?」
「ヒナだけじゃなくて、シェリーとユリンに感謝してる。いや、感謝の方が大きいよ。罪悪感を感じるなんて、ヒナたちに失礼だ」
「本当にねー」
これが最後になるからかもしれないからか、ヒナの言動に容赦がなくなる。でもそれくらい言われないとな。俺が背負う罪はこんなもので消えはしないが。
ただ、辛辣になったとしても、ヒナは俺から離れようとしなかった。
俺がヒナに甘えさせてもらっているように、ヒナも俺に甘えたいのかもしれない。それはすぐに行動に出た。
俺の腕のなかで反転し、対面して胸のなかに収まった。今度は抱き合う体勢となる。
「………生きられるよね。私たち」
「ヒナを、みんなを犠牲にするもんかよ。みんな守る」
「エー先輩もいなくなっちゃ、いやだよ?」
「いなくならないよ。やることが山積みだ」
「私のために生きてくれる?」
「もちろん」
「よかった」
ヒナは安心したように、息を長く細く吐いた。
俺もリラックスできた。本来ならヒナは第6話で犠牲となって、ここにいないはずなのだ。それが今、生きて俺の腕のなかにいる。
これを幸せと呼ばずなんと言うのか。
それから俺たちはしばらく抱き合い、身動ぎはすれども、一度も顔を見合わせずにいた。わかっているのだ。顔を見てしまえば、互いが互いを求めてしまうことを。
これから始まる戦いに向けて体力を消耗できない。その代わりにお互いの体から伝わる体温で、充電しているような感覚だ。
「エー先輩」
「ん?」
「私ね。前から聞きたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「エー先輩ってさ………もしかして、なんでも知ってたり、するのかなって」
「え」
心臓が跳ねる。
ヒナの言わんとしていることが、わかってしまう。
それはきっと、クランドやカイドウに向けられた未来視の能力についてと同じ内容だろう。
「なんていうか、少し………変に聞こえたら、ごめんなんだけど、少し………エー先輩の行動ってさ、極端に………誰かをダイレクトに助けたり、間接的に助けたりするから。怪我をする時はいつもそう。エー先輩は、これから起こることを全部知ってるみたい。………私がDタイプに狙われた時なんてさ、ビームシールドを使ったよね? でもビームシールドって便利なようだけど、Dタイプ以外にあまり使えないというか………じゃあ、なんでエー先輩はあの時必死になってビームシールドを作ってたのかって考えるとさ。私があの時、もしかしたら………死んじゃうかもしれないって、知ってたみたいな………ごめん。自分でもなにが言いたいのか、わからないや。なんでもないよエー先輩。未来を知ってたって、エー先輩はエー先輩だから………」
俺の首に腕を回して、より深く密着するヒナ。
俺は彼女に、なんて答えてやればいいのか、わからなかった。
その後、脳内チップに設定した15分前のタイマーが時間を報せ、ヒナと離れる。
ノーマルスーツを着直して、ヘルメットを被る寸前、ヒナの顎に指を添えて手繰り寄せ、深い口付けを交わした。ヒナも喜んで受け入れてくれた。
時間にすれば短いが、それが再会の誓いになったと思う。
「大好きだよ。エー先輩」
「俺もだよ、ヒナ」
ハンガーに向かうと不服そうなシェリーとユリンがいたので、抱きしめる。すでに隔壁が開いているからバイザーを上げることはできないが、再会を約束して、俺たちは各々のポジションへ向かった。
「大変だねぇ。女が3人もいるとよぉ」
ヒナたちを見送る俺の隣にカイドウが立つ。
「そういえば俺が廃人になりかけた時、ヒナたちに肉体的な関係を推奨したのがレイシアさん以外に、もうひとりいるんですよね。誰だと思います?」
「さーて、最後の勝負だぜ! 気合い入れていけよテメェらぁ!」
カイドウは逃げ出した。もう、今後はこのネタでいじってはこないだろう。
苦笑しながらタキオンのコクピットへ跳躍する。
「ふぅ。………ハルモニ」
『イェス。メカニック・エース』
「………勝つぞ。相棒」
『イェス。私も全力を尽くします。ご武運を』
義手をスロットに挿入する前に、ハルモニと短い会話を交わす。
その10分後、各所から準備完了の報告が上がり、グラディオスは待避壕としていた廃コロニーの港から出港する。
第1クールの最後の戦いの、始まりだ。
次回は13時頃に更新します!
ついに次回から本格的な戦闘が始まります!
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