終焉の譜A04
それは諸刃の剣でもある。タキオンとはそういう機体であり、パイロットを消耗品のように追い込んでいく。
カイドウはもちろん、それを承知で開発に専念した。それが仕事であり、なにより信頼する元弟子の願いでもあったからだ。
「彼は───それも承知で搭乗したのか」
「多分な。厄介なもんだぜ。システムは完成した。それでいて、こっちからあまり手の出し様がねぇ。そりゃ、エースからなんらかの要求がありゃ別だが………エースはそれを、あまりしたがらねぇ」
「マイナーチェンジを望まないと?」
「ああ。スペックを下げるような要求は絶対しねぇ。むしろ改善、俺たちにすりゃ改悪に等しい、悪魔の所業をさせるだろうよ。奴の寿命を削る勢いでな」
「ますます理解に苦しむ。寿命を縮める? 彼は………エース・ノギはたった17歳の子供だぞ!? 我々、覚悟の上で市民の壁となることを望んだ軍人ならまだしも、年端のいかぬ少年が、その覚悟を完了させていただと………!?」
ここにる全員が恐怖した。
エースというイレギュラーに。
自分たちにも17歳という少年時代はあった。戦争真っ只中の。犠牲が当然伴う消耗戦時代。市民を守るために設立した連合軍。国境、人種、性別、年齢の壁を超え、アンノウンという脅威を退けるために組織された軍に所属し、全人類を守る英雄となるべく志願したその時代。
誰もがこの戦争を終わらせることを夢に見て、復讐を誓い、将来を語らった時代。
だが、結局のところ、子供に覚悟をさせるなど到底不可能なのだ。それは自分たちがよく知っている。
同期たちが紙切れのように宙を舞い、四肢がちぎれて臓腑を撒き散らし、肉と血が蒸発する。まさに地獄。それを歩むと決めたはずが、いざ目の前にすると吐き気を催し、足がすくみ、気が遠のく。
クランドも、カイドウも、シドウも、誰だってその覚えがあるのだ。
17歳だった自分になにができる?
精々「死にたくない」と喚きながら戦場を潜り抜けたくらいだ。
一人前の兵士になるための通過儀礼とも呼べるそれを、エースは今もなお歩きながら、自分たちとは異なる結果を量産する。
泣き喚きもする。怪我を負う。だが決して「死にたくはない」と叫ばない。「絶対に守る」と叫ぶ。
それが自分にできるだろうか?
いや、絶対にできない。断言できる。
「なにがそこまでエース・ノギを駆り立てる? ………ハルモニ」
自分たちでは到底出せる回答ではない。そこで高性能AIに頼る他なかった。
『イェス。キャプテン・クランド』
「エース・ノギの心理状態を、簡潔に述べよ」
『イェス。………メカニック・エースの心理状態は、ドクター・レイシアのレポートを参考とするに、急激な成長をやむなくした子供とも呼べますが、心理状態がそれとは釣り合いません。まるで成人のそれ以上の、達観とも呼べない、しかしなにか核心を持った者の動きをしていると考えられます』
「………私は簡潔にとプロンプトしたはずだ。やり直せ」
『イェス。………なにもかもがイレギュラーです。然るに、模範解答を理解した試験で、その数式の改善に取り組む受験者とも呼べます』
「………結果に満足することはない。その経緯の改善をすることで、より良きなにかを得ようとしている? ………ではタキオンは」
『メカニック・エースはタキオンに搭乗することで、より高度にして高次元な数式を求めることでしょう。なお、それにより生産されるであろう結果は未知数』
「高性能AIであってしても予測できない未来か。その器を得たエース・ノギは、いったい………どこへ向かうというのだ?」
クランドは本格的に参った。スコッチを舐めるだけでなく、飲み干すくらいに。デスクに肘を突き、手の平で顔を覆う。片手でグラスを突き出すと、無言でカイドウがおかわりを注いだ。
「シドウ少尉との模擬戦で、タキオンのリミッターが働き、機能停止したと言ったな」
クランドはチェイサーさえ挟まず、ストレスに酒をぶつけられずにはいられなかった。
「ああ。脳内チップの処理限界を突破しやがった」
「なぜ、そうなった?」
「シドウとの模擬戦で、極限の緊張と興奮を覚えたエースの脳が活性し、脳内チップに作用した。特にシドウの七号機に追従した頃からそうだ。技量と経験を脳内チップで埋めやがった。補填したとも言えるかな。分析結果を見りゃ、エースは脳内チップをフルで行使したらしい。タキオンの性能も併用すりゃ、シドウの動きが止まって見えるだけじゃねぇ。未来予想だってできらぁ。数秒先くらいは見える。たった数秒先つったってな、シドウたちパイロットからすりゃ、俺たちの1秒なんざ、こいつらからすりゃ10秒にも等しいぜ? コンマ秒単位で判断してるからな。未来予想こそ諸刃の剣だ。シドウは何秒も貼り付かれて引き剥がせやしなかった。………エースの野郎の無茶がここでも働いた。分単位で行使すりゃ、そりゃパンクするだろうぜ。時間と肉体は無限じゃねぇ。才能、体力だってそうだ。………けどあいつ、禁止したところでやめねぇだろうよ。実戦に出すべきじゃねぇ。そんなこたぁ、わかってる。けどな、あいつは間違いなく………シドウには悪いが、ソータに並ぶパイロットになるだろうよ。タキオンにこれ以上のリミッターをかけても自分で外すだろうぜ。かといって、死ぬつもりもねぇときた。なぁ、クランド。俺たちは………マジで、エースをどうしたいんだろうな?」
酒のせいもあって饒舌になるカイドウ。延々と愚痴と悩みを述べる。
シドウは、これほどまで弱気になった父親を見たことがなかった。
「様子を見るべきなのだろう。だが………」
「ああ。んなことしてりゃ、あいつ………いつか全身が機械になってても不思議じゃねぇ」
「止めるべきなのだろうな」
「止められりゃ楽なのにな」
「止められる自信はあるか?」
「止められない自信しかねぇよ」
「私もだ。遺憾ながら」
「クソ。俺もだよチクショウ」
いつしか、クランドとカイドウは暴飲する勢いでスコッチを飲んでいた。言い終わるごとに飲み干している。発言の途中で相手のグラスに並々と注いでいた。
それを傍から見ていたシドウは置いていかれていたが、やっとクリスタルグラスに注がれた少量のスコッチを飲み終わる頃には、酒瓶が空になっていた。
ハイペースで飲み続けるふたり。もう顔も赤い。勤務時間中に飲酒した末に酩酊するなど、言語道断だ。そして自分も、酒が抜けるまで七号機に乗れない。隊長としても、パイロットとしても失格だ。
「………例え、そうであったとしても」
「うん?」
「あん?」
ふたりほどではないが、頬を赤らめたシドウが呟くと、クランドとカイドウはシドウを振り返る。
「奴が………エースが滅びるのを黙って見ている私たちではないはずです。いざとなったら、体を張って守る。それが大人のあるべき姿なのではないでしょうか?」
泥酔こそしていないが、少し酔っている自覚はある。だからだろうか。普段なら絶対に言いそうもない、尻が痒くなりそうな青臭い台詞を述べてしまう。
するとカイドウはニマッと笑う。
「だな。そのとおりだぜシドウ。お前も大人になったんだな」
「だからと言って、レイシアはやらん。私を倒してから持っていけ」
「ふたりとも飲みすぎです。今、水を用意しますのでお待ちください」
「おいシドウ。レイシアを、絶対に………幸せに、すると、誓え………」
「………そんなもの、子供の頃から誓っていますよ」
「………なら、いい」
今、とんでもない会話になったのだが、シドウは気付いていない。酔っているからだろう。
口走ったクランドも、眠たげにしている。しかしカイドウだけはしっかりと聞いていて、シドウが背を向けているのでニヤニヤと笑っていた。
孫を抱ける日は、そう遠くないと確信したからかもしれない。
リアクションありがとうございます!
今年の風邪は長引きますねぇ。いつものペースを維持できません………
今週末は大波乱でした。
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