終焉の譜A03
模擬戦後、タキオンを牽引して帰投すると、パイロットたちがエースを担ぎ上げてメディカルルームに連行する。これでエースはメディカルルームの連日使用率のトップを更新するだろう。
メディカルルームでは、カイドウからコンソールの使用を教わったレイシアが、天使と鬼が混在したような極悪な笑顔で待っている。シドウは過去、まだ幼い頃にあの笑顔をしたレイシアから地獄を体験したので、近寄りたくはなかった。率先して力仕事に加わるハーモンとコウ、それからヒナ、シェリー、ユリンの隊列にエースを託し、遠目で見送った。
それから整備士たちに今日の模擬戦で感じたことを報告。ペイント弾塗れにはならなかったが、特殊なトップコートは剥がさなければならない。水溶性ということもあり、水とブラシで落ちる。ただ10メートルと12メートルを超える機体だ。電動ブラシも使うが、それなりの人員と時間が要る。
「よし。レイシアの説教から逃れるためだ。今日は愛機の掃除を手伝うとするかな。いいだろ、親父」
「いや。それは部下に任せる。俺とお前はクランドに呼び出されてんだ。行くぞ」
「………なるほど。それは仕方ないか。済まない、七号機を頼んだぞ。会議がすぐ終われば清掃に参加する。俺の部下たちもあれでは、しばらく訓練に身が入らんだろうからな」
「へい。シドウ少尉」
エースがまたメディカルルームに収容されたとあってはハンガーも穏やかではなくなる。その空気をどうにかしようと、シドウは笑いを誘う提案をしてみた。
カイドウは素直に驚いた。士官学校時代は喧嘩もしたが、今は堅物で真面目が取り柄のガチガチのエリートとなった息子が、いつの間にそんなユニークなことを言えるような成長をしたのだろうと。いや、きっと副隊長の影響だ。今の文言、特にレイシアの説教から逃げたいと言う辺り、エースにそっくりだ。
ハンガーにわずかながら笑いが広がる。若干だが空気が和らいだ。カイドウも微笑したが、クランドからの呼び出しを伝えると、シドウはすぐ応じる。
カイドウとシドウは更衣室に向かい、軽く汗を拭ってから軍服に着替えて艦長室へ足を運ぶ。
カイドウはいつものとおりノックもせず入ろうとするので、シドウが先にノックした。
「失礼します。シドウ・ミチザネ、カイドウ・ミチザネであります」
「入りたまえ」
「ハッ」
堅苦しい形式やマナーを嫌うカイドウが「うげぇ」と難色を示すが、シドウは無視した。
クランドの許可を得て艦長室に入室。
「お呼びでしょうか」
部屋の中央まで歩き、敬礼。カイドウはそんなこともせず、まるで自室のように気ままに歩き回った。
「うむ。まずは演習ご苦労。今日はそのことできみたちを呼んだ。………カイドウ。まだ勤務時間中だぞ。堂々とスコッチを出すな」
「堅ぇこと言うなよ。………ま、今日くらいはな。シドウ。お前もやれ。エースが戻ってきた祝いだ。奴はまだ飲めねぇ。お前が代わりに飲んでおけ」
「い、いや。俺は………」
本来なら、勤務時間中の飲酒は避ける。というか艦内は飲酒禁止だったはず。クランドとカイドウはたまに飲んでいるとは聞いたことがあるが、誘われるのが初めてだったこともあり、狼狽してしまう。
父親ではなくクランドに許可を求めるという謎の構図が完成するが、クランドはどこか観念しており、肩をすくめるとグラスを3つ用意した。
「少尉。艦長室において盗聴の危険は限りなくゼロに等しい。ハルモニは我々を裏切らない。どこかの副隊長が覗きにくる可能性は否めないが、まだ目も覚めないだろう。祝いというなら、少尉が盃を受ければいい。代理としてな」
「艦長が仰るなら。では、僭越ながら私があいつの分の酒を受けます」
「親父の命令は従えねぇってか。可愛げのねぇ。まぁいいか。結果としてはなにも変わらねえ」
ペンタリアルで補給科に内密で購入してもらったスコッチの栓を開けるカイドウは、デスクに並べられたクリスタルグラスにそれを注ぐ。ただし、少量のみを。さすがのカイドウも夕飯もまだ食べていないのに深酒をやるはずがなかった。
「では………帰ってきた副隊長に」
「タキオンで早速無茶しやがったバカタレに」
「え、えっと………勇猛果敢な部下に」
「おいシドウ。そこはクソガキとか言っとけや」
「じゃあ、女3人と肉体関係を持ったクズに」
「うわ、酷ぇ」
「えげつない評価だな」
「こ、これは父が言えとっ」
「いや、俺もそこまで言えたぁ言ってねぇよ」
「シドウ少尉。本人の前では言わないようにな。特にパイロットの女性3人にもだ。きみの命が危うい」
「くっ………!」
いつもこのミーティングに参加することのないシドウが、早速クランドとカイドウのオモチャになる。
シドウは悔しがりながらも、幼少の頃を思い出した。レイシアとのことにからかわれ、むきになっていたあの頃を。クランドとカイドウは、あの頃と同じ表情をしていた。
ひとしきり笑って乾杯。酒を飲むというよりも舐める。少量の酒だ。一気に飲んでしまうのは違う。シドウもわかっていた。
「このメーカーもうめぇな。ペンタリアルも良いもん入荷してんじゃねぇか」
「芳醇な香りだ。さて、仕事に戻ろう。掛けたまえ」
事前に出しておいた椅子への着席を促すと、カイドウとシドウはそこに座る。
「シドウ少尉。早速だが報告を。率直に答えてほしい。きみから見て、タキオンはどうだった?」
酒の余韻を楽しむことなく、瞬時に思考を切り替えるクランド。カイドウも同じ表情を浮かべ、シドウを見た。
「………率直に申し上げるなら、即戦力にはなります」
グラスを膝の上に置き、数十分前の模擬戦を最初から思い出すシドウ。
「即戦力、か。主戦力にはならないと?」
「それは今後の成長次第です。そもそもエース・ノギの肉体の急成長は認めます。パイロットとしての体になってきた。精神力で言えば、私以上でしょう。異端でもあります。しかし技量と経験、そしてもっとも欠如しているものがあります。それは整備主任が一番理解していることでしょうが」
「………まぁ、な。実際、どうしたもんかって首を傾げてるところよ」
苦渋の種は尽きない。それがシドウとカイドウの出した答えだった。
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熱が下がらない………
花粉症だと思ったんです。くしゃみが酷くて、それでいて薄着で寝ていたからでしょうか。
本日もかなりタイムスケジュール的に遅れが生じています。せっかく定着していただいた皆様にはご迷惑とご不便をおかけします。
さて、いつ治ることやら。
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